二十五.
表の方からざわざわとした気配が伝わって来る。
何を立ち騒いでいるのか。
不快を覚えた操は、筆を置いて立ち上がった。
室を出ると、家扶のひとりが駆け付けたところだった。
「いかがした?」
「それが……」
言い掛け、回廊へと視線を走らせる。
そこにはすでに、喧騒が歩を進めていた。
止める家人を脇に退け、婆が操への距離を縮めた。
婆の手に引かれたその姿に、操は一瞬眼を疑った。
――蓮?
思いも掛けない訪問者に驚く操の前で、美しく着飾った蓮が艶やかに微笑んだ。
「いったい、何があったと申すのだ?」
人目もあるのでとにかく室へ入れると、操は傍らの婆に眦を吊り上げた。
「その方が附いておりながら、何たる事だ。くれぐれもと頼み置いたであろう」
そこに蓮が割って入った。
“私は” 蓮が自らを指す。
“あなたと” 優雅な手が操を示した。
“添いたい” 両の指が添えられた。
はらはらとその双眸から涙が零れ落ちた。
「主公はこの者に、恋しい相手があらば添わせてやろうと仰せだ。蓮は曹孟徳と謂う御仁が恋しい。添わせて欲しいと申しております」
蓮の気持ちを代弁し、婆が腰を屈めた。
「そなた……」
蓮は涙に濡れた瞳で操を見つめ、すらりと腕を伸ばした。
それを抱き止め、操は腕に力を込める。
「馬鹿者が。せっかく籠から出してやろうと言うに」
蓮が首を振った。
自分は籠の鳥ではない。そう言っているのだろうか。
あるいは、敢えて恋と謂う籠に、捕らわれようとでも言うのか。
見事な細工の簪が、シャラ…と音を立てて揺れた。
「孤はな、こんな事をさせるために、そなたにこれを贈ったのではないぞ」
聰い操には、なぜ蓮が着飾って現れたのかも、問う必要などないのだろう。
ふわりと蓮を抱き上げる。
奥の間への扉を開け、婆が導く。
通り過ぎるふたりに深々と頭を垂れ、婆はかたりとその扉を閉めた。