二十三.
「いろいろと辛い思いをさせたな。すまなかった」
久しぶりの訪れを迎えた蓮は、そう言って詫びる操に瞳を上げた。
哀しみを湛えた黒燿が濡れたように煌き、己を映すのを、操はしばし見つめた。
「蓮……」
少しおもやつれしたその様が、また愛しくてならなかった。
抱き締めたいという思いを胸に、操はただ蓮の髪を撫でる。
「今宵は何もせぬ。ゆっくり眠るがいい」
そんな操に蓮が小さく首を傾げた。
「孤が言うとおかしいか?」
操にじっと視線を留めていた蓮が、おもむろに手を伸ばした。
操の頬にそっと触れながら、さらに見つめる。
やがてその双眸に涙が溢れた。
「どうした? 辛い仕打ちを思い出したか?」
丁氏の招いた宴か、それとも自分の惨い仕打ちだろうかと、操の心は痛んだ。
蓮は首を振った。
辛いのではなかった。
ただ哀しい……
哀しくて、哀しくて、胸が張裂けそうだった。
どうしてだろう……
突然哀しいという思いが心の中になだれ込んで来て、わけの解らないまま蓮にとめどない涙を流させる。
行かないで……
華奢な腕が伸ばされた。
受け止めると、操の指に縋るように蓮のそれが絡んだ。
操はそっと蓮を胸に抱いた。
せめてひと晩こうしていようと思う。
その涙が乾くように――
包み込むぬくもりに頬を寄せ、蓮はいつしかその腕の中で眠りに就いていた。
蓮は夢を見ていた。
広大な河の真ん中に、きらきらと輝くものがある。
なんだろう?
岸からそれを眺めていると、後ろから男が声を掛けた。
取っておいで。
少し怖くてためらう蓮に、その人は重ねて言った。
ここで見ているから、心配しないで行っておいで。
背を包む暖かな想いに押され、蓮は河へと足を踏み出した。
蓮が歩みを進めるたびに、なめらかな水面に小さな水の紋が広がっては消えた。
ようやくそこに辿り着くと、眩い光を放つ宝珠があった。
なんて綺麗……
そっと掬い上げ、蓮は嬉びを胸に振り返る。
だが、蓮の求めた姿は、岸辺の何処にもなかった。
突然足元がぐらりと崩れ、蓮は暗い水の中へと墜ちて行った。