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三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
21/138

二十.

「よう参られました」

 拝を持って礼を尽くす蓮を、(あで)やかな笑みで彼女は迎えた。

 その周りに美しく装った女達が集い、華やかな席だった。

「体調が良くないと聞きましたが、まだ顔色が優れぬようですね」

 その言葉に、蓮は小さく頭を下げた。

「ああ。そなたは口がきけぬのでしたね。なにかと(かしま)しい女達にくらべて静かで、あの人もおよろしいのでしょう」

 ほほ…と女達が笑う。

「いっそ蓮ではなく、梔と名乗られたらよろしいのに」

山梔(くちなし)は香りの良い花ですが、強すぎては鼻に付きますわね」

「そういえば、華やかすぎる八重は実を結ばぬ徒花だとか」

「ほんに、誰ぞのようですこと」

 宴内に嘲笑(わらい)声が満ちる。

 蓮はただ(うつむ)いているしかなかった。

 ――美しい子。

 少年を眺める視線に、羨望と嫉妬の思いが絡む。

 抜けるような肌に、(つや)めいた黒髪。遠慮がちに伏せた瞳は愁いて揺らめき、愛らしい(くちびる)は、まさに桃花と人は(たと)えよう。

 控えめな装いも、華やかな席に見劣るどころか、(かえ)ってその美を際立たせていた。決して華美ではないが(ひん)が良く、少年に良く似合っているそれらの装束も、全て夫が選び与えた物だと思うと心が波立った。

「まずは、ささなど召されよ」

 気を取り直した夫人が蓮に席を勧めた。

 女達の値踏みするような、好奇と嫉妬の入り混じった容赦ない視線も、意地の悪い笑いも、冷たく刺し込まれる言葉も、蓮はじっと耐えた。

 促されて弾き終えた曲が、望まれたそれでありながら、場に似つかわしくないと言われても、ただ静かに頭を垂れた。

 だが、不意に駆込んで来た幼い操の子供達が、生母の卞夫人に(まと)わりついた時、蓮はその狼狽(ろうばい)を隠せなかった。

 (あふ)れる羨望に思わず脣が震え、周囲に悟られまいと差し俯く。

「いかがされた?」

 (いぶか)しる声に首を振ったものの、込み上げて来るそれをこらえることが出来ず、蓮は席を立った。

 自分を(とが)める声が聞こえた気がしたが、蓮は全てを振り払うようにその場を逃げ出した。


 日が暮れ始めてようやく室へ戻って来た蓮の姿に、婆は胸を締めつけられる思いだった。

 涙こそ(こぼ)していなかったが、そのまなざしは泣き腫らされて真っ赤に潤んでいる。

 庭の片隅かどこかで独り泣いて来たのではなかろうか。

 婆はそう思ったが、何があったのか、問う事さえ出来なかった。

 だが、理由(ワケ)あって中座して来たのではと思い、さりげなく尋ねると、蓮ははっとしたように(かお)を上げた。

 挨拶もせずに逃げ帰るのは明らかな非礼だった。

 どう謝れば良いのだろう……

 貌に浮かんだ思いを察し、婆は笑みを作ってそれに(こた)えた。

「良い良い。婆が()り成しておくから心配するな」

 そんな事に気を回す蓮が哀れで、人知れず婆は涙を拭った。

 蓮はその夜、闇の中でひっそりと泣いていた。

 牀の上の小さな背が痛ましく、婆は操の不在を苛立たしくさえ思う。

 蓮はその日からすっかりと塞ぎ込んでしまい、夜もぼんやりと月を眺める姿が目についた。

 早く孟徳様が戻られぬだろうか。

 婆はその帰りを待ちわびて、自らも月を仰いだ。

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