二十.
「よう参られました」
拝を持って礼を尽くす蓮を、艶やかな笑みで彼女は迎えた。
その周りに美しく装った女達が集い、華やかな席だった。
「体調が良くないと聞きましたが、まだ顔色が優れぬようですね」
その言葉に、蓮は小さく頭を下げた。
「ああ。そなたは口がきけぬのでしたね。なにかと姦しい女達にくらべて静かで、あの人もおよろしいのでしょう」
ほほ…と女達が笑う。
「いっそ蓮ではなく、梔と名乗られたらよろしいのに」
「山梔は香りの良い花ですが、強すぎては鼻に付きますわね」
「そういえば、華やかすぎる八重は実を結ばぬ徒花だとか」
「ほんに、誰ぞのようですこと」
宴内に嘲笑声が満ちる。
蓮はただ俯いているしかなかった。
――美しい子。
少年を眺める視線に、羨望と嫉妬の思いが絡む。
抜けるような肌に、艶めいた黒髪。遠慮がちに伏せた瞳は愁いて揺らめき、愛らしい脣は、まさに桃花と人は喩えよう。
控えめな装いも、華やかな席に見劣るどころか、却ってその美を際立たせていた。決して華美ではないが品が良く、少年に良く似合っているそれらの装束も、全て夫が選び与えた物だと思うと心が波立った。
「まずは、ささなど召されよ」
気を取り直した夫人が蓮に席を勧めた。
女達の値踏みするような、好奇と嫉妬の入り混じった容赦ない視線も、意地の悪い笑いも、冷たく刺し込まれる言葉も、蓮はじっと耐えた。
促されて弾き終えた曲が、望まれたそれでありながら、場に似つかわしくないと言われても、ただ静かに頭を垂れた。
だが、不意に駆込んで来た幼い操の子供達が、生母の卞夫人に纏わりついた時、蓮はその狼狽を隠せなかった。
溢れる羨望に思わず脣が震え、周囲に悟られまいと差し俯く。
「いかがされた?」
訝しる声に首を振ったものの、込み上げて来るそれをこらえることが出来ず、蓮は席を立った。
自分を咎める声が聞こえた気がしたが、蓮は全てを振り払うようにその場を逃げ出した。
日が暮れ始めてようやく室へ戻って来た蓮の姿に、婆は胸を締めつけられる思いだった。
涙こそ零していなかったが、そのまなざしは泣き腫らされて真っ赤に潤んでいる。
庭の片隅かどこかで独り泣いて来たのではなかろうか。
婆はそう思ったが、何があったのか、問う事さえ出来なかった。
だが、理由あって中座して来たのではと思い、さりげなく尋ねると、蓮ははっとしたように貌を上げた。
挨拶もせずに逃げ帰るのは明らかな非礼だった。
どう謝れば良いのだろう……
貌に浮かんだ思いを察し、婆は笑みを作ってそれに応えた。
「良い良い。婆が執り成しておくから心配するな」
そんな事に気を回す蓮が哀れで、人知れず婆は涙を拭った。
蓮はその夜、闇の中でひっそりと泣いていた。
牀の上の小さな背が痛ましく、婆は操の不在を苛立たしくさえ思う。
蓮はその日からすっかりと塞ぎ込んでしまい、夜もぼんやりと月を眺める姿が目についた。
早く孟徳様が戻られぬだろうか。
婆はその帰りを待ちわびて、自らも月を仰いだ。