一.
月の端に、ひっそりと空気を揺らすような幽かな鈴の音が響いた。
かの人のままに澄んだ音色を聞く者は、この現し世に幾人在ろうか。
託された想いが掌に映ゆる。
もう思い描くしかないそのおもざしが儚く揺れた。
戀
広大な邸の回廊に、操は何気ない様子で歩を進めていた。
配された荘厳は邸の主をそのまま思わせる馬鹿馬鹿しさだが、そこに妙な威圧感が漂う。その奥に秘められたものが、ひどく不気味に思えた。ここに立ち、触れてみなければ判らない気配だった。
実際操はまだ、あの男を量り兼ねていた。
ふと流した視線の先に、踞る小さな影が在った。
歩みを向けた操はその身を気遣い、傍らに片膝を着いた。
「いかがした?」
この邸に住まう者であろうか。まだ幼いその姿に心が緩む。
操の呼び掛けに、童は少し驚いた様子でおもてを向けた。
しばし、操を見つめる。
それは、艶やかなかんばせだった。ほの暗い中に浮かぶ、抜けるような白さに、零れる玲瓏な瞳。愛らしい口元が、花がほころぶようにそこにあった。
「気分でも悪いか?」
童は小さく首を振り、身を起こそうとした。
つと、息を詰め、華奢な肩口を押さえる。
それでもふらりと立ち上がる童に、操はそっと手を添えた。
痛みのためか、多少蒼褪めたおももちで、再び童は操を見つめた。
誰だろうと思っているのだろうか。
確かに操は、胡乱な侵入者だった。
「宴の客だよ。迷子なのさ」
ふふと笑う。
童は心持ち首を傾げてそんな操を見上げていたが、ふと、何かを察したように、回廊の彼方へと視線を転じた。
操の問う素振りを察し、掌でそれを押し止める。
そのままで。
声には出さず仕草で操を留めると、童はふわりと歩を進めた。
衣に焚き染められた香であろうか。衣擦れの音に雅にそれが薫る。
だが、そこに含まれる微かな違和に操は気がついた。
おそらくは、押さえた肩先かどこかに傷を負っているのだろう。まだ新しい血の香りは、赤く開いた傷口を容易に想像させた。
操が童を呼び止めようとした時である。回廊の向こうから、ざわざわと人の気配が伝わって来た。