十八.
「まだ起き上がるのは良くない。無理をするんじゃないよ」
婆の声に慌てて蓮は涙を拭い、振り返った。
頷いたまなざしに目眩が走る。
「ほれごらん。大事にせぬと熱が上がるぞえ」
婆は蓮の手を取ると、牀へと導いた。
涙に濡れた瞳が哀れで、あれは曹孟徳の愛執だと、口を出してしまいそうだった。
蓮のためだけではない。彼の弁護もしたかったのだ。
要らぬ世話には違いないが……
婆は思い悩む。
「良いか、蓮。曹孟徳は情の人だ。あの激情に翻弄されては、お前も戸惑うばかりだろう。だが、それに立ち向かわねばならないよ」
牀に腰掛けた蓮の膝に、婆はその白い手を取って重ね、諭した。
「いいかい。嫌なら嫌で、もっと自らの意を持って、それを伝えねば。お前のような子が運命に逆らうには、相手を殺すくらいの気概を持たねばならないよ」
不意に、憎ければ自分を殺せと言った曹孟徳が蘇る。
もしかしたらそれは、今言われているのと同じ事なのだろうか?
だが、運命に逆らうとはどういう事なのだろう。
自分の意思とは?
そして、人に伝えるとはいったい……
蓮には良く解らない事ばかりだった。
じっと考え込む瞳の中に、いくつもの光が瞬いては消えた。
――そういえば。
ふと、蓮は思う。
いつから自分は、あの嫌な夢を見なくなったのだろう。