十七.
蓮は牀の上で膝を抱え、あの日の事を思い返していた。
曹孟徳が言った言葉である。
“お前は従順に振舞いながらも決してその心は開かぬ。仲穎もさぞかし焦がれただろうな”
確かに董卓も時折同じような事を言い、癇癪を起こすように蓮を責めた。
“なぜ心を開かぬ”
“なぜ我がものにならぬのだ!”
だが、蓮にはなぜそう言われるのかが解らなかった。
蓮は、董卓に逆らう事など出来なかった。躰を自由にされるのは、その男のモノだからだと、半ば諦めもあって思っていた。
董卓はその加虐性から、様々な方法で蓮を苛んだが、蓮から董卓自身を懇願される事を何よりも好んだ。それも、果てまで悶えさせ、悦がらせて、どうにもならなくなった蓮が哭いて求めるのを楽しむのだ。
そのためなら彼は手段を選ばなかった。道具や薬を使われた事も、縛り上げられた事もある。
苦しむ事を察して、最初から、あるいは途中から求めてみても、董卓は決して許さなかった。ギリギリの状態で蓮が心底求めなければ、与えないのである。
絶え絶えの蓮に董卓は己のそれを示し、乗れと言った。蓮に自ら受け入れろと言うのである。
ためらいながらその巨体に跨り、そそり立つ彼自身にゆっくりと躰を沈める蓮を、董卓はそれこそ舌なめずりするように眺めた。
男の性を受け入れるために幼いころから施されてはいても、それでも受け入れる時は苦しい。そして、泣いて縋るほど追い詰められた躰は、それを捕らえただけで恥ずかしいほどに達してしまう。
波が来るたびに蓮は躰を震わせ、腰を進める事をためらった。
董卓はそれを急かしもせず、むしろ愉しんでいた。
時には意地悪く手を添えては、蓮を悦がらせ哭かせ悶えさせる。
董卓を全て受け入れるころには、どうしようもないほどに昇り詰めていて、彼に最後のためらいを引き寄せられ、あるいは突き上げられて、蓮は頂きを極めた。
その後はもう董卓のなすがままだった。
陶錯と狂乱の中で我を忘れ、蓮は自分を悦しみ尽くす男に縋り、抱かれた。
蓮はこうして磨かれて行った徒花だった。
他にも多くの男に抱かれて来たが、董卓ほど蓮を苛んだ者はなかった。
あの男に逢うまでは……。
そっと牀から降りると、躰の奥を鈍い疼きが走った。
もうあれから幾日も経っているのに、未だに頭が重く、躰がだるかった。
ゆっくりと歩を進めて窓際に寄る。
射し込む陽光が眩しかった。
まだ春を待ちわびていたころ、早咲きの梅がほころぶのを、彼に連れられて眺めた事があった。
目を細め、花を愛でながら詩を吟ずるその横顔を、甘い香りに包まれて蓮は見つめた。
「蓮。美しいな」
向けられたまなざしに頷くと
「お前の事だよ」
と、彼は笑った。
何の事かと思う蓮を腕に抱き、曹孟徳は言った。
「お前は花の中の花だ」
その包み込むような腕のぬくもりと、今の凍てつくような心持ちは、同じ男が与えたものだった。
蓮には曹操と謂う男が良く解らなかった。
ひどく優しいかと思えば冷たい表情を見せ、甘く睦言を交わすような夜があれば、陵辱するように蓮を抱く。
蓮は曹操が嫌いではなかった。
彼が、今まで蓮を抱いて来た男達と違う事は、漠然とではあるが解っていた。
今の暮らしは、戦乱の中で放浪していた時分には、思い描く事さえ出来なかったほどに穏やかである。
感謝の気持ちもあり、出来るだけその意に添おうと、蓮なりに努めて来たつもりだった。
ずっと弾いていなかった琴を手に取ったのも、彼が望んだからである。
曹操が喜ぶと蓮は嬉かった。
酒を片手にゆったりと音曲に身を任せ、うち寛ぐ姿をもっと見たいと思った。
彼は蓮を褒める。
文字を覚えたと、蓮の仕事が行き届いていると、怒った貌が好いと。
蓮には、何もかも初めてのことばかりだった。
でも……
双眸に涙が滲む。
蓮は、それと同じくらい曹操を怒らせた。
彼の怒る理由が解らなくて、蓮はいつも泣きたくなる。
怒らせないようにと従えば従うほど、あの人は眉間を寄せるのだ。
どうしてなんだろう……
涙が零れる。
蓮に理解出来るのは、自分がダメなんだという事だけだった。
蓮は哀しくてたまらなかった。
今までにも辛い思いはたくさんあったが、彼に苛まれるのは殊更こたえた。
――どうしたらいいの?
蓮はその答えを得る術を知らない。
どうして良いのか解らなくて、ただ涙を零すばかりだった。