百三十四.
その策に対し、荀公達は僅かに見開いたまなざしでしばし嘉を見つめ、それから静かに首を振った。
「その進言は、軍師である私の役目です」
物静かな口調でありながら、揺るがぬ芯があった。
汚れ役は自分ひとりで充分だと思っているのだろう。
決して譲らぬ気構えを頬に湛えながら、返されて来るであろう言葉を静かに待ち受けていた。
傍らの嘉が口を開こうとするのを察し、すっと操はそれを制した。
「ふたりともそう案ずるな。あいにく曹操の悪評は天下に知れ渡っていてな。いまさら城のひとつやふたつ、水に沈めたところでどうなとなるまい」
ここは自らが血に染めた因縁の土地だ。
人々の憎しみは深く、曹操と謂う侵略者を受け入れることはないだろう。
だが、それでも操はこの地を統べる。
統べてみせると思っていた。
ふたりの献策を受け入れ、操は呂布の立て籠もる城を水攻めにした。
その戦が終結を見せるのは、それから一ヶ月ほど後の事となる。
呂布は、それらしい対策も講じぬまま、ただ酒で日々を過ごし、配下の離叛を招いた。
縛されて突き出された彼の処遇に曹操は迷いを見せたが、曹軍と合流していた劉備の言葉で絞首に処したと伝えられる。
冷たい冬の風が吹きつけるなか、操はひっそりと蓮の死の知らせを受け取った。
それはとても寒い朝で、庭には真っ白な雪が降り積もっていたと云う。