百三十二.
蓮の容体は小康を保っているように見えたものの、寒さが厳しくなるにつれ、少しずつ悪くなって行った。
呼び掛ければ瞳を開けて僅かに笑うが、自ら何かを示そうとすることは、近頃ではほとんど見られなくなっていた。
「蓮。奉孝殿からの文だよ。ほれ、見えるかえ?」
変わらず、定期的に近況を知らせるその文を、婆が蓮の前に広げた。
蓮は微かに頷いて、文字をなぞるようにその筆蹟に触れる。
「戦は連戦連勝。孟徳様もお元気と書かれておるぞ」
婆が告げる内容に蓮は微笑み、吐息をつきながら瞳を閉じた。
それが、蓮の見せた最後の反応だった。
知らせを受けた彧も、急ぎ寮へと駆けつけた。
「蓮殿の容体は?」
真っ先に問われたそれに、婆は泣き腫らした瞳で首を振った。
「昨日から熱が下がらず、意識がはっきりしないのです。後はもう、本人の体力次第だと……」
代わって応えた丁も、目頭を押さえて顔を背けた。
彧は言葉を失くしてただ牀の傍らに立ち尽くす。
苦しそうに息を揺らして、蓮の脣が何かを呟いた。
「なんと、言っているのです?」
彧の問いに、丁はようやく曹公を…と口にして嗚咽を掌で覆った。
――主公を?
彧は蓮の小さな吐息を見つめる。
曹……? いや、主公の御名か……
「尚書令殿、後生だ。孟徳様に使いを遣っておくれ。蓮は決して知らせるなと言うたけれど、婆はもう我慢がならぬ。蓮はこれほど呼んでいるのだもの。どうか孟徳様と逢わせてやっておくれ。今すぐ、孟徳様を連れて帰っておくれ」
膝に取り縋る婆を受け止めながら、彧はその身が真っ暗な何処かへ墜ちて行くような気がした。