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三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
132/138

百三十一.

「……蓮の気持ちを解らぬと言うておるのではないぞ。だが、冷たい河にそなたを沈めるなどと、そんな事、とても婆には出来ぬ。ましてや、孟徳様がお許しになるはずがあるまい」

『蓮が死んでも、操に知らせてはダメよ』

「蓮……」

『蓮がこの先悪くなっても、操には決して知らせないで』

「そなたが戦場(いくさば)の孟徳様を案じて言うておるのは解る。だが、孟徳様の身にもなってみやれ。死に目にも逢えぬ。形見も(のこ)さぬではあんまりではないか。その上(むくろ)を河に沈めたなどと、どれほど哀しまれよう」

『……蓮がここに居ると、あの人を(とど)めてしまうの。操にはもっと大きな事がある。いつまでも蓮に捕らわれて、ここに居てはいけないの。操が哀しむくらいなら、いっそ蓮の記憶を消してしまってかまわない。忘れられるのはとても(つら)いけど、操が哀しむのはもっと嫌なの』

 蓮の瞳から、こらえていた涙が(こぼ)れた。

『ごめんね。ごめんね。たくさん優しくしてくれたのに、こんな嫌な事頼んで。大好きなあなたに辛い思いをさせるのは、身を切られるようにせつない。でも、翠媽にしか頼めないの。だって、蓮には他に誰もいないのだもの……』

 手を取ったまま泣き崩れる蓮に、翠は言葉を失した。

「……蓮。……おお、蓮。そのように泣くな。のお、泣いてくれるな……」

 背を撫でる婆の声もまた、涙で(にじ)んでいた。

 それに(うなず)きながら、蓮は頬を拭う。

『泣いたりしてごめんね。蓮が泣いたらダメよね』

 涙を残したまま笑う。

『こんな事言ったけれど、諦めてしまったわけではないのよ。蓮はちゃんとがんばるから。ただ、阿婆に聞いておいて欲しかったの。もしもって、言ったでしょう?』

 翠の瞳を(のぞ)き込む。

『心に留めて、くれるよね?』

 そんな蓮に、仕方なく婆は笑った。

「そなたにそこまで言われては、婆は拒めぬわい。だがな、それも孟徳様が戻られるまでだぞ?」

『操には言わないでよ。操が怒ると怖いもの』

 小さく身を縮める。

「怒られるを承知で言ったか。蓮は困った子だな」

 目を細めながら、婆は蓮の頭を優しく撫でた。

「疲れたのであろう。少し休んだが良い」

 (かお)に浮かぶそれを察し、夜具(やぐ)を掛け直す。

 蓮は蒼褪(あおざ)めた頬で小さく頷くと、そっと手を差し伸べた。

 握って欲しいのが解り、婆はしばらくその手を取って傍らに付き添った。

 操……。

 やがて眠りに落ちて行った蓮の(くちびる)が小さく(つぶや)いた。

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