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三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
131/138

百三十.

「おや。起きていたね」

 婆が(とばり)から顔を(のぞ)かせた。

 蓮はこくりと(うなず)き、にこりと笑う。

「気分が良いようだな。そんなら(からだ)でも()いてやろう」

 (きびす)を返そうとするのを蓮が引き止める。

 婆はそれを受け留め、そっと(てのひら)に包み込んだ。

 血の気の引いた蓮の指先は凍るように冷たく、蒼く沈んでいた。


 阿婆(おばあちゃん)

 小さく(くちびる)を動かし、蓮が呼んだ。

「うん? なんぞ話でもあるのかえ?」

 可愛らしく(あご)を引く蓮に、婆は、どっこらしょ。と(つぶや)きながら腰を降ろした。

『お願いがあるの。とっても大事な話。これから蓮の話す事を良く聞いて』

 その真剣なまなざしに、少々戸惑いを覚えながらも婆は(うなず)く。

『蓮が死んだら……』

 (つづ)られた文字に、思わず婆は手を引いた。

「縁起でもない。そんな話なら婆は聞かぬ」

 蓮は首を振り、強引に婆の手を取った。

『大事な話なの。阿婆にしか頼めないの。お願いだから、話を聞いて』

 (にじ)む涙に、婆は浮かせていた腰を牀へと戻した。

「……そんなら、万が一の話としてだぞ?」

 蓮はひとつ頷くと、再び文字を綴った。

『それなら、もし蓮が死んだら……』

「一度で良いわい。まったく、縁起でもない」

 ぶつぶつと呟く婆に小さく笑い、続ける。

『蓮の物は何も残さないで欲しいの。(ころも)夜具(やぐ)も全て処分して。髪のひと房も、操には(のご)さないで』

 何を言い始めたのかと、婆は蓮を見つめた。

「……それは、形見を遺さぬと言うことかえ?」

(そう)。使える物は誰かにあげてもかまわないけれど、形見として渡してはダメ。そして、操には何も遺さないでください』

 どういうことだろうかと婆は首を傾げる。

『それから、蓮の(むくろ)は何もしなくて良いから、そのまま河に沈めて』

「何を言うておるのだ。そんな埋葬など、婆は聞いた事がないぞ」

『操がね、命は繋がっているって教えてくれたの。命を食べてみんな生きているけれど、それは命を受け継ぐ事だって。他の命を奪って生きているのだから、その分まで一生懸命生きなければならないって。蓮の躰は魚に食べられて、きっとその魚がまた誰かを育んでくれる。蓮はそうやって受け継がれて行きたいの。そして魂はね、そのまま河を下って海を見に行くんだ。操が教えくれたんだよ。あの大きな河をずーっとずーっと下って行くと、大きな大きな海があるんだって。蓮はまだそれを見た事がないから、きっと見に行くんだ。もしかしたら、海の大きな魚になれるかもしれない。そうしたら、阿婆のお話ししてくれた海の宮殿を探しに行くの』

 にこりと蓮は、透き通るような笑みを(こぼ)した。

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