百二十九.
蓮の所へは、時折彧が見舞いに訪れた。
彼は細々とした心遣いを見せ、自分が訪えない時にも様々な物を寮へ届けさせる。その細部まで行き届いた心配りには、さすがの婆も驚きを感じるばかりだった。
見目麗しい貴人だった。
荀家と言えば、婆の耳にさえ届く名門中の名門である。
彼が一門の中でも嫡流に近い育ちであることは、その物腰からも充分に伝わって来た。
曹家の跡取りとして大切に育てられながらも、型破りな事ばかり仕出かして、自由奔放に振舞って来た婆の若君とは随分な差であった。
それにしても、孟徳様のもとにはいろいろな者達が集ったものだ……
ふと、郭奉孝の事を思い出し、婆は笑いを零すのだった。
蓮は医局の者達ともすっかり打ち解けて、気分の良い日は談笑に興じて豊かな表情を見せた。そんな蓮に老方士は、刀自殿が阿婆なら自分は爺だろうと、改まって呼び掛ける蓮の瞳を覗き込む。
蓮は気恥ずかしいのか、もじもじと視線を伏せ、その愛らしさに周囲は笑った。
また、そのころ寮には、丁氏の出入りが見られるようになった。
彼女が夫と離縁してからも、卞氏は折に触れては邸へ招き、厚く遇していたと云う。
その心遣いに深く打たれた丁は、卞がしきりと気に懸ける蓮のもとへ、その名代を買って出たのだ。
「もはや、恥も外聞も捨てました」
彼女はそう言って婆に笑った。
蓮は思い掛けないその訪問を嬉び、病身を起こしては彼女を迎えた。
「妾が織りました」
幾度目かの訪れに、彼女は見事な染めの絹布を広げた。春の装いに、仕立ててくれるのだと言う。
ちくちくちくちく。
白い手がなめらかに動くのが物珍しくて、蓮は飽きもせずにそれを眺めて時を過ごした。