十二.
蓮と謂う存在は、知れば知るほど操にとって大きなものとなって行った。
少年は人に侍ることに慣れているのだろう。召されれば当然のように更衣を手伝い、器用に髪も梳く。ひっそりと空気のように傍らにいながら、こちらの心を読んだように手を添える蓮は、うち寛ぎたい自室にこそ必要な存在だった。
婆は、蓮を操の私室に置くことには強く反対した。今まで通り蓮の室へ足を運べと言う。他の寵姫達との諍いを懸念していた。
蓮に寵を争う気などあるものか。
操は笑ったが、むしろ争う気概があるほうがマシだと婆は言う。
こんな邸の片隅にいてさえ、寵童への険は届くのだ。操の側に置けばどうなるか。ただの僮僕と言うには、蓮の容貌は際立ち過ぎているのだ。
婆の強い反対に、一度は諦めた操だが、自室の極近くへと少年の寝所を移してしまった。当然訪いは頻繁となり、蓮は請われるがままに所用を片付けに操の室に出入りする。
婆はそれを怒り、別邸へと下がった。姦しい奥となど、かかわりたくないと言うのである。
だが、操に懇願されて、結局その月のうちに戻っている。
蓮には飢えても渇いても黙って座しているようなところがあり、躰の不調さえ訴えない。自分の意を誰かに伝える事が欠落しているのだ。
肯いたり、小さく首を振る程度の意思表示は見せるが、全ては投げかけられた事柄に対しての反応であり、自発的なそれは皆無に等しい。
唖者ゆえだろうと操は文字を教えたのだが、あまり変化はなかった。
「仕方ないさ。そう育てられているのだもの」
婆は言う。
蓮は運命を甘受するかのように、ただ静かに今の状況をも受け入れた。
ずっと、そうすることを強いられて来たのだろう。
蓮は諦めるか、元から望まぬ事しか知らなかった。
「どうしたものかな」
さすがの操も思案に耽り、ひっそりと溜め息をつくのだった。