百二十七.
通された室で蓮は婆に支えられ、ようよう牀から躰を起こした。
「ご容体が悪いのなら、無理をなさらずと良いのです」
その様子に慌てて彧は手を添える。
蓮は蒼褪めた貌でほのかに笑うと、肩で息を吐きながら礼を取った。
『牀のままの失礼をお許しください』
「何を仰るのです。さあ、お楽になさって」
小さな背を支え、積み重ねた夜具へともたれさせる。すでに横になっているのも呼吸が辛いようだ。蓮は、薄い胸を大きく揺らして、喘ぐように息を継いだ。
「私はご病状の障りになりたくなくて、お伺いしたつもりなのです。お辛いのなら、そう仰っていただいてかまわなかったのに」
彧は訪問の順を踏んで先触れを遣わした。
儀礼通りに相手の都合を訊ねさせたのは、蓮の病状を配慮しての事であった。容体が悪ければ改めるつもりだったのに、使者はふたつ返事を持ち帰った。
「蓮は、尚書令殿はご多忙な中のお勤めであろうから、ご配慮いただくのは申し訳ないと言うてな」
抗議の視線を受けた婆が、言い訳がましく口にした。
蓮は、彧の訪問を、君に頼まれての事だと思っているのだろう。瞳で申し訳なさそうに頭を下げる。
『曹司空に、蓮は元気だと伝えてください』
記された文字に彧は戸惑う。
『大事な戦の最中であることは、蓮にも判ります。戦場では何が災いするかはわからない。どうか、御心を乱すような事をお知らせしないで』
蓮は小さな手をすり合わせ、懇願を示した。
『偽りの報告など出来ない方なのは承知しています。大丈夫。蓮はちゃんと元気になるから』
にこりと蒼白い貌で笑い、蓮は続けた。
『あの人を心配させたくないの』
見つめる瞳が涙を湛え、揺れていた。
「私は……」
彧は言い掛けた言葉を一度切り、小さく溜め息をついた。
「私はこんな時にどう返したら良いのか解らない。気の利いた言葉ひとつ出て来ない己が、嫌になる」
首を振り、蓮に苦笑う。
「奉孝ならこんな時、キミになんと言うのだろうね」
寂しそうに笑うまなざしを、蓮の瞳が受け止めた。
「長居をしてはお躰に障りましょう。私はこれにてお暇致します」
退出しようとする彧の衣を蓮が引いた。
不思議に思いながら、求められるままに掌を差し出す。
『また来てくれる?』
「え?」
思い掛けないそれに、彧は小さく首を傾げた。
『お願いだから、また蓮に逢いに来て』
「戦場の事は、お話出来ませんよ」
言ってから、他に言いようもあるだろうと自分で思う。
なぜか、この少年の前では巧く振舞えなかった。
蓮はそんな彧にこくりと頷くと、待ってるね。と愛らしい脣で言葉を象取った。