百二十五.
雨はまだざあざあと降っていた。
操の去った室には、いっそう雨音が強く響く気がする。
このまま雨が止まなければ出兵も一日延びるかしら?
ずっとずっと雨が降り続いていたら、道が閉ざされて通れないくらいになったら、戦に行かずにいてくれるかしら?
蓮の傍に……
この傍らに……
涙がいくつも頬を伝い、牀にぽろぽろと砕けた。
嘘つき。
蓮の嘘つき。
本当は行かないでって言いたかったのに。
本当は泣いて泣いて、縋りつきたかったのに。
蓮は操の名を呼びながら、耐えられずに泣き伏した。
お願いだから蓮の傍に居て。
お願いだから独りにしないで。
もう待ってるのなんて嫌だよ。
もう寂しいのは嫌だよ、操……
操……
ひとしきり泣いてから、ふと蓮は貌を上げた。
そうだ。
操が戦に行くのを止められないなら、蓮も連れて行ってもらえばいいんだ。
途中で捨てられても、置き去りにされてもかまわないから、行ける所まで附いて行くんだ。
蓮は牀から這い出すように降りると、雨の吹き付ける扉を押した。
そのまま壁に縋りつくように一歩一歩濡れた回廊を進む。
息が切れて大きく肩が揺れた。
駆けて行きたいのに、足が重くて思うように動かない。
気持ちばかりが焦って、それがさらに呼吸を乱した。
元気な時ならあっと言う間に駆け抜けた回廊を、永遠とも思える時を掛けて蓮は歩んだ。
その先に灯りが揺れる。
自分を呼ぶ声が駆け寄り、躰を支えた。
操は?
視線と脣で問う。
「孟徳様はもう行かれたぞえ」
遠くで阿婆の声がする。
闇が強くて周りが良く見えない。
それでも蓮は、操を追って行こうとした。
引き止める腕をやっと振り払ったのに、幾歩ももたずに足が崩れた。
彼を呼んで腕を伸ばす。
耳の奥に、雨の音だけが強く響いていた。