百二十三.
「何を申す……」
思いも掛けないそれに操は凍りついた。
お願い。
蓮の脣は懇願を伝え、透き通るような瞳が操を見つめる。
「だめだ。躰に障る」
蓮の華奢な肩は、こうしていても辛そうに吐息を刻む。
蒼褪めた頬に血の気の引いたまなざし。
とても情交に耐えられる容体ではなかった。
無理をすれば命を縮めるどころか、このままという事もあるやもしれぬ。
そんな思いに操は震えた。
お願い……
これが最後だからと、言葉にはしないが蓮の貌には在った。
腕の中で息絶えるのなら、それも本望だと言うのだろう。
その決意を前に、さすがの操も心が揺れる。
「……いや、出来ぬ。孤には出来ぬ……」
首を振る。
腕が蓮を掻き寄せ、強く抱いた。
「孤はそなたを失いとうないのだ。解ってくれ」
蓮はしばらくその胸で泣いていた。
嗚咽ももらさず、ただひっそりと。
諦めなければならない全て。
覚悟しなければならない全て。
手放さなければならない全て。
それらを自らへ言い聞かせるのに、蓮にはそれだけの時間が必要だった。
ようよう涙を拭い、貌を上げた蓮は、そっと操の手を取った。
『ごめんなさい』
「何を謝る」
謝る必要などないのだと強く首を振り、それから操は頷いた。
『代わりに欲しい物があるの』
「かまわぬぞ。言ってくれ」
蓮が物をねだるなど珍しい事だった。
細い指がそっと操の単衣を示した。
「この禅を?」
訊き返す操にこくりと蓮が肯く。
「もっと良い衣でもかまわぬのだぞ?」
綾でも錦でも、蓮が望むなら届けよう。
そう思う操に蓮は首を振り、再び禅を示す。
「そうか。これが良いのか」
操はすっと立ち上がると一度牀を離れた。
衣の滑る音が微かに響き、帳の中に戻った手には肌を覆っていた単衣が在った。




