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三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
124/138

百二十三.

「何を申す……」

 思いも掛けないそれに操は凍りついた。

 お願い。

 蓮の(くちびる)は懇願を伝え、透き通るような瞳が操を見つめる。

「だめだ。(からだ)(さわ)る」

 蓮の華奢な肩は、こうしていても(つら)そうに吐息を刻む。

 蒼褪(あおざ)めた頬に血の気の引いたまなざし。

 とても情交に耐えられる容体ではなかった。

 無理をすれば命を縮めるどころか、このままという事もあるやもしれぬ。

 そんな思いに操は震えた。

 お願い……

 これが最後だからと、言葉にはしないが蓮の(かお)には在った。

 腕の中で息絶えるのなら、それも本望だと言うのだろう。

 その決意を前に、さすがの操も心が揺れる。

「……いや、出来ぬ。(わし)には出来ぬ……」

 首を振る。

 腕が蓮を()き寄せ、強く抱いた。

「孤はそなたを失いとうないのだ。解ってくれ」

 蓮はしばらくその胸で泣いていた。

 嗚咽ももらさず、ただひっそりと。


 諦めなければならない全て。

 覚悟しなければならない全て。

 手放さなければならない全て。

 それらを自らへ言い聞かせるのに、蓮にはそれだけの時間が必要だった。


 ようよう涙を拭い、貌を上げた蓮は、そっと操の手を取った。

『ごめんなさい』

「何を謝る」

 謝る必要などないのだと強く首を振り、それから操は(うなず)いた。

『代わりに欲しい物があるの』

「かまわぬぞ。言ってくれ」

 蓮が物をねだるなど珍しい事だった。

 細い指がそっと操の単衣(ひとえぎぬ)を示した。

「この(ひとえ)を?」

 訊き返す操にこくりと蓮が(うなず)く。

「もっと良い(ころも)でもかまわぬのだぞ?」

 綾でも錦でも、蓮が望むなら届けよう。

 そう思う操に蓮は首を振り、再び禅を示す。

「そうか。これが良いのか」

 操はすっと立ち上がると一度牀を離れた。

 (きぬ)の滑る音が(かす)かに響き、(とばり)の中に戻った手には肌を覆っていた単衣が在った。

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