百二十二.
「――蓮。蓮……」
心持ち躰を丸めて眠る姿に婆が声を重ねる。
「良く眠っているようだ。無理に起こさずとも良い」
「孟徳様がいらしているのに起こさなかったと知れば、後で泣かれるのは婆だもの」
止める操にそう返し、婆は華奢な肩へと手を掛ける。
「蓮。孟徳様がいらしたぞ。起きや」
揺さぶる腕に、ようやく蓮は瞳を開けた。
ぼんやりと婆を見上げる。
「蓮。孟徳様だぞえ」
やっとその言葉が響いたのだろう。
婆の後ろに視線を合わせ、小さく脣を開く。
腕が求めるように伸ばされた。
「さあ」
婆の手を借りて、ようよう蓮は躰を起こした。
辛そうに揺れる背を、そっと操が抱き止める。
「熱があるな。あまり具合が良くないか」
『違うの。昨日湯を使ったから。ほらご覧て、怒られちゃった』
血の気の引いたまなざしで、室を出て行く婆の背を送りながら、蓮は笑った。
『阿婆が薬を煎じてくれたから、だいぶ楽になったよ』
「せっかく良く眠っていたのに、起こしてしまったな」
『雨が降っているから今日は来ないと思ったの。……まだ、降っているね』
「ああ。時折強く降る」
操の視線が外へと向けられる。
雨は激しく吹き付けて、扉をカタカタと鳴らした。
操……
蓮は泣きそうになって、操の胸に貌を埋めた。
「どうした。苦しいか?」
気遣う操に首を振り、蓮は懸命に涙をこらえる。
操は行ってしまうのだ。
軍を発し、遠い所へ戦に行ってしまうのだ。
こんな土砂降りの夜に無理に訪ねて来た理由は、訊かなくても解っていた。
引き止めたくても引き止められない。
その心が強く操の衣を握った。
「蓮。明日立つよ」
短く操が言った。
蓮は泣くまいとするのが精一杯で、そのまま頷く事しか出来なかった。
「貌を見せてくれ」
首を振って拒む頬を、暖かな掌が包み込んだ。
操を映した瞳から、こらえていた涙がぽろぽろと砕け散る。
――操。
「ん?」
抱いて……。
涙と共にそれが零れ落ちた。