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三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
121/138

百二十.

 翌日。

 公務を終えた操が室を訪れると、あちらこちらに荷を広げて、蓮は何やら行っていた。

「何の騒ぎだ?」

『家移りをするから整理しているのよ』

「家移りだと?」

『昨日話したように寮へ移るの』

 あれはそういう意味だったのかと、思わず絶句する。

 いつものように一時的なものだとばかり話を聞いていたのだ。

「どういう意味だ。ここへはもう戻らぬつもりか」

 蓮は少し言葉を探すように視線を伏せた。

『遊びに来ても良いでしょう?』

 そう記してにこりと(かお)を上げる。

 その笑みは、血の気が引いたように蒼白かった。

「そんな事を申さずと、ここはそなたの室だ。このままにして置けば良いではないか」

『操の室に泊めてよ』

 ちょっと(くちびる)(とが)らせて、そんな事を言う。

 決意は固いのだ。

 おそらくは、自分の最期も考えているのだろう。

 蓮は寮を(つい)住処(すみか)に選んだのだ。

「それはかまわぬが、こんなに急がずとも……」

 操はまだ蓮を引き留める言葉を探している。

 小鳥が飛び立つように、この(やしき)からいなくなるとは思わなかった。

『操はいつ戦に行くの?』

 その問いに操は言葉に詰まる。

 今度の戦は想定の内のものだ。

 準備も着々と進められているし、後は期日を選んで号を発するだけである。

 それももう、間もなくのことだった。

『戦に行く前に逢いに来てくれる?』

「当たり前だ。戦が終われば真っ先にそなたのもとへ駆け戻ろう」

 蓮はひとつ(うなず)くと笑った。

 その瞳から涙が(こぼ)れ落ちる。

 慌ててそれを拭うと、蓮は傍らに在る品々を示した。

『せっかく操が贈ってくれた物を無駄にしたくないの。誰かに使ってもらっていい?』

「そなたの物だ。好きにするといい」

 ありがとう。

 蓮は微笑(ほほえ)み荷を造る。

 蓮の持ち物とはこれほど少なかったかと思うほど、それは極僅かだった。

 もう戻ることはない。

 そう思って後にした室には、蓮の暮らしていた痕跡が何ひとつ残っていなかった。

 住む者のいなくなったがらんとした空間が寂しくて、操は二度とその扉を開けなかった。

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