表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
12/138

十一.

 短い冬の陽が早くも傾き掛けた大地を、ふたりは馬上から眺めた。静かな眠りの季節を迎えた田畑が斜陽を受け、そこに広がっていた。

 操は治下に屯田制を引いている。戦乱で流浪する民を受け入れ、耕作放棄地を与えて収穫から税を徴収する民屯である。

足りなければ武力で奪うのが基本の世の中で、自ら生産する政策を打ち出したのは、かなり革新的な事だった。耕さねば作物は得られない。彼は常に根本を見つめていた。

 許は都と定められてから日も浅く、まだまだ開発の途中にあったが、その活気は目覚ましいものがあった。

 共に入った湯の中で、操は昨日とは打って変わった優しい仕草でゆっくりと蓮を抱いた。白い肌が湯の温度と快楽とで色付いて行く様を、時間を掛けて慈しむように。

 湯あたりを起こした蓮が牀で目覚めると、傍らで竹簡を読んでいた操が微笑(ほほえ)み、そっと額に接吻(くちづ)けた。

 まだ潤んでいる瞳を愛しそうに見つめ、伏せた(まぶた)(くちびる)を寄せる。

 蓮の(からだ)(かす)かに震えた。

「どうした? 嫌なら振り払えば良い」

 不思議そうに視線を返す蓮を笑い、操は立ち上がった。

「目覚めるのを待っていた。共に食事をしよう」

 隣室には、異国から伝わって来た卓や椅子が(しつら)えられていた。

 操は蓮を共に着かせると、卓に料理を並べさせ、自らも箸を取りながら蓮にそれを勧めた。

 なかなか食欲が回復しない蓮は、あまり気が進まなかったが、逆らう事もせず、操が促すままに少しずつだがそれらを口に運んだ。

 (くだん)の魚も饗されていたが、生きた姿を見てしまった蓮は、それを食べる事をためらった。

 箸を付けない蓮に、操は命を粗末にするなと険しい表情を浮かべた。

 魚を殺して食べるように、人は命を(むさぼ)り生き永らえる。

 人だけではない。この世のありとあらゆるものが、他の命を奪い、生かされているのだと。

「そなたが食べねば、この魚の命は無駄になる。命は食されて受け継がれて行くのだ」

 そして、命を継いだ者は懸命に生きなければならない。

 蓮には彼の言葉が衝撃だった。

 口にしている物が、どうやってもたらされるのか。

 穀物がどう育つのか。

 蓮は、何ひとつ知りはしないのだ。

 夕刻、操は蓮を連れて馬を進めた。

 操の腕の中で躰をこわばらせていた蓮も、やがて眼下に広がったその景色に息を詰め、瞳を(みは)った。

 この大地を男の腕に(から)め捕られて馬を進め、輌に押し込められて()ら揺らとさ迷ったが、自然を美しいと思った事も、それを眺める余裕さえなかった。

 そして、蓮にとっての季節とは、梅の下に張られる宴であり、雪見の酒だった。

 春夏秋冬季節に触れ、大地と共に暮らす。それが、人のあるべき姿だと彼は言う。

 まもなくこの大地は最も厳しい季節を迎える。だがそれは、新たな豊饒への休息の時なのだ。

 蓮を腕に抱きながら大地を指すその瞳は、遥か彼方へと向けられていた。


 そのまま馬で(やしき)へ戻って来た蓮は、夜半から高い熱を出して()せった。

 翌日室を訪れた婆は、(まなじり)を吊り上げ、激しい口調で操に意見した。

 無理をさせてどういうつもりだと言うのである。

「すまぬ婆。大事にしてやってくれ」

 素直に謝る操に、婆はふんと鼻を鳴らした。

「お前様がこれほど好き者だとは思わなかった。女好きなのは知っていたが」

「そう言うな、婆」

 ずけずけと言われて操は苦笑する。

「まったく。ぬしは加減という言葉を知らぬのか」

 婆はとにかく憤々である。

 操とて蓮への負担を思いやらなかったわけではない。

 だが、予想以上に蓮に魅せられた。

 そう告白し、謝る操に、婆は人知れず天を仰いだ。

 やはり()れておいでか……

 婆にはとうに解っていたのだ。操が蓮に魅せられていることなど。

 まっすぐにそれを示し、愛情で満たす道もあったはずだ。

 だが、この(ひと)()えて険しい道を採る。天下に悪名を恐れぬ、人生そのままに。

「婆。俺は董卓に嫉妬したよ」

 覇王は頬杖を着き、ぽつりと(つぶや)いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ