表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
118/138

百十七.

 操……

 蓮はそっとその人が座していた場所を指で辿(たど)り、僅かに残るぬくもりを求めた。

 書き掛けの書。彼の筆跡。使っていた筆。

 ぎっしりと書の詰まった書架。

 (かす)かに残る香の薫り。

 そして、愛しい人の匂い……。

 この室で過ごした時間を懐かしむ。

 蓮はひとつひとつの思い出を辿りながらしばらく辺りを眺めていたが、やがてゆっくりと立ち上がり、室の扉を開いた。

 目の前に広がる庭。

 操はここで自由に過ごす事を許してくれた。

 蓮には何もかもが物珍しくて、ふらふらと歩き回っては良く笑われた。

 最初は迷子になりそうだったけれど、今ではちゃんと何処(どこ)に何が在るのか覚えている。

 ぼんやりしていても奥に迷い込んだり、表に出てしまう事もなかったし、誰にも見つからずにひっそりと過ごす事だって出来た。

 この樹の枝は心地良くて、腰掛けていると包み込んでくれた。

 操が樹に登っても良いと言うから上がってみたら、下で阿婆が倒れそうなほど心配して、しきりに降りて来いと呼んだ。

 それ以来蓮は、この奥の樹にしか登らない。

 あの茂みは暖かで、少しくらい風が吹いても蓮を(まも)ってくれた。

 池の鯉は蓮を見つけると、物珍しそうに近寄って来る。

 蓮はその泳ぐ姿を飽きもせず眺めた。

 悲しい事があると、椿の根元にしゃがみこんで泣いた。

 蓮はいつも泣いてばかりで、操や阿婆に心配ばかり掛けていた。

 たくさんたくさん感謝しているのに、蓮はあの人達に哀しみだけを残してしまうのだろうか。

 急速に傾いて行く夕陽(せきよう)の中で、蓮は(こぼ)れる涙を何度も拭う。

 大地は植物を(はぐく)み、水には魚が泳ぐ。

 では、蓮は何処から生まれて来たのだろう。

 そして、何処へ(かえ)れば良いのだろう。

 最近、そんな事を良く考える。

 独りきりで行けるのかしら?

 耐えきれないほどの不安に押しつぶされそうになって、蓮は空を見上げた。

 この間哥哥が話してくれた、広くて青い海に思いを()せる。

 幻でも良い。海の宮を見れたらいいな。

 ふと、そんな事を思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ