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百十五.
楼を辞した嘉が回廊を歩いていると、庭先からリ…ンと幽かな鈴の音が響いた。
ふと足を止めてその先を眺めると、月明かりにほんのりと少年の姿が浮かんでいた。
「蓮。どうした」
とっくに室へ戻っていると思っていたのに、こんな所で何をしていたのだろうか。
歩みを向ける嘉に、蓮は腰掛けていた庭石からふわりと飛び降りると、自らも嘉のもとへと近寄って来た。
「なんだい? 私を待っていたのかい?」
蓮は小さく頷くと、すっと何かを差し出した。
不思議に思いながら受け止めるために掌を広げると、そこに小振りの鈴が転がった。
「鈴? 私にくれるのか?」
蓮はこくりと頷き、哥哥と嘉を呼んだ。
そのまましばらく嘉を見つめる。
操をお願い。
脣でそう告げると、ふわりと蓮は歩を進めた。
嘉の横を、光を受けた白い影が通り抜けて行く。
庭をほの白く照らす月光がそう見せているのか、蓮にはまるで重さを感じなかった。
なんだか幻を見ているようで、嘉は呼び止める事も忘れて、白く浮かび上がる小さな背を見送った。