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三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
111/138

百十.

 ふたりは寄り添うように日々を過ごした。

 蓮はやはり(からだ)(つら)いのか、あまり出歩こうとしない。操の執務中は、室でひとり過ごす事も多くなった。

 蓮は操が(そば)にいるだけで満足らしく、何も言わなかった。

 ただ時折甘えて、その胸にそっと寄り掛かった。

 操はそんな蓮を腕に抱きながら、静かな声音でいろいろな話をした。

 子供のころの話。

 初めて任官した時の話。

 彼を取り巻く人々の話。

 とりとめもなく、思いつくままに操は語り、冗談混じりのそれを聞きながら蓮は笑った。

 腕にある蓮の肩は、はっきり見て取れるほど揺れている。

 安静時にも少し乱れる呼吸が、病の深さを語っていた。


 そこに、遣いの者が取次ぎを願い出た。

「なんだ?」

 不機嫌そうに操が返す。

 蓮との時間を邪魔されるのは不快だった。

「環夫人よりお言付けです。若君のご体調優れず、ご相談申し上げたいゆえ、僅かなりともお時間をと」

 操はふと、その言葉に視線を向ける。

 奥の事は卞に任せている。その采配への信頼もある。が、幼い我が子が病と聞けば、気になるのが親の情だった。

『行ってあげて』

「しかし……」

『蓮は大丈夫』

 操の心を察したように、蓮はにこりと笑った。

「……そうか。それなら様子を見て来よう。なるべく早く戻る」

 操はそれでも名残が惜しいのか、しばらく蓮を眺めていたが、やがてその腕を解き放った。


 ひとりで室へ戻って来た蓮に、婆は少し驚いたようだった。

「あれ、孟徳様はご一緒ではないのかえ?」

『若君様がご病気なの』

 文字で告げる。

「孟徳様がそう仰ったか?」

『お遣いが来た』

「なんだ。それで主公(との)を奥へやってしまったのか。蓮はお人好しよなあ」

 それは、女の使う手管ではないかと婆は思う。蓮にも解るようにわざわざ使者を立て、口上させたのだろう。若君の病は(うそ)ではなかろうが、そのやり口がイヤラシイと婆は思う。

 もっとも、婆は母親の心境に近いから、嫁達への心情はもともと良くはないのだ。

 そして、手練手管を使ってでも呼びたいほど、彼はこのところ奥と疎遠である。そばに仕える者が主人(あるじ)を思った末の行動だったかもしれない。

 躰の()かぬ事が多くなった蓮は、それを心苦しく思い、夜は奥へ行くよう何度か勧めてはいるのだが、辛い時こそ傍にいてやりたいのだと夜通し()ていた事もあった。

 離れて過ごす夜でさえ、彼はどうやら奥へは行かず、私室で書を相手にしているらしい。

 蓮が奥への気遣いを見せるのも、当然だった。

『病の時は心細いもの。蓮もひとりは寂しいから』

 蓮は知らないのだ。

 曹孟徳の和子(わこ)として何不自由なく育つその周りには、母君や乳母をはじめ、仕える者達が打ち(そろ)っており、寂しいなどという事はあるまい。

 だが、それをこの子には言えなかった。

「蓮は優しい子だな」

 今でも寂しい思いをしているのは蓮のほうだった。この子はただひとりの想い人しか頼る(すべ)がない。病を抱えて独りの夜を過ごす蓮が、婆は哀れでならなかった。

「どれ。そんなら今宵は婆が傍にいよう」

 たとえほんの僅かであったとしても、その寂寥を埋めてやる事が出来ればと婆は願う。

 横たわる蓮の傍らに座すと、そっと華奢な白い手を取る。

「何の話が良い?」

 婆の語る子供(だま)しのような(はなし)を蓮は(よろこ)んだ。

 じいと、大きな瞳で話に聞き入る姿が幼い子供のようで、婆は愛しさと共にいつも深い哀しみを覚える。

『最後はみんなが幸せになる話がいい』

「うんそうか。そうだな」

 この子がせめてと御伽(おとぎ)噺の中に幸せを求める事を、誰が(とが)められるだろうか。

 婆はそっと蓮の手を撫でながら、静かに語り始めた。

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