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三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
11/138

十.

 賑やかに立ち騒ぐ気配で蓮は目を覚ました。

 その様子が気になって牀を降りると、鈍い痛みが足を()えさせる。

 昨夜の乱暴な交わりがよみがえり、蓮は小さく首を振った。

 意識を取り戻した時、蓮は男の腕に抱かれたまま、輌に揺られていた。

 彼は、蓮が気がついた事を知りながら、声をかけることも腕を解き放つこともせず、ただ無言のままに道を進めた。

 意識のない間にどれくらい揺られていたのかは解らなかったが、輌は間もなくこの寮へと附けられた。

 ここへ着いた後も、男は蓮を牀へ伸べるや再び(からだ)へと押し入って来た。

 その荒々しい交わりに、何度も高みへと突き上げられ、蓮は再び昏倒した。

 だが、目覚めてみると躰は綺麗に清められ、きちんと(ころも)に包まれて蓮は牀に在った。

 陽の射し込む扉をそっと押し開ける。

 洪水のような光にくらくらと目が回り、思わず瞳を閉じた。

 ばしゃばしゃと水の跳ねる音がする。

 ゆっくりと開いた瞳に、飛び散る水滴の(きらめ)きが(あふ)れた。

 その中心に、陽光を受けた、あの男がいた。

「そっちだ、そっちだ。それ行ったぞ!」

 数人の男達が池の中で立ち騒いでいた。

 笑いざわめきながら何かを追っている。

 ただ蓮には、何をしているのかは解らなかった。

「そら蓮。大きいぞ!」

 不意にそう言って、曹孟徳が振り返った。

 突然名を呼ばれ、蓮は驚く。自分がここにいる事を、振り返りもせずにあの男は知ったのだろうか。

 近付いて来たその手が(かざ)す物に、蓮は視線を上げた。

「生きた魚を見るのは初めてか?」

 瞳を見開いて見つめる蓮に、男がずいと魚を近付けた。

 ぱしりと音を立ててそれが跳ね、思わず瞳を(またた)く。

 そんな蓮に、彼は声を立てて笑った。


主公(との)、大物が()れましたな」

「おう。(くりや)の者に言い付けてな、この坊ちゃんが食べてくださるような美味(うま)い料理を頼むと」

 魚を渡しながらそんな事を言う。

 ――食べる?

 蓮にはそれさえ驚きだった。

 常に邸の奥深くにあった蓮は、世の中の事を何も知らないのだ。

 呆然(ぼうぜん)と魚を見送る腕を、男が(つか)んだ。

 水辺まで連れて行き、転がっていた棒を拾い上げる。

「良いか、魚とはこう書く」

「そこにあるのは池だ」

 続けて描かれたそれを、しげしげと眺める。

「水。触れてみよ」

 彼に促され、蓮はそっと水面に指を伸ばした。

 ――冷たい!

 思いも掛けない水温に手を引っ込める。

「はは、冷たかったか」

 笑いながら棒を動かし、彼はそれを文字に刻んだ。

 だって、さっきまでこの人達は……

 蓮は不思議でならなかった。なぜ、この冷たい水に、笑いざわめきながら(たわむ)れていたのだろうと。

「おいおい。お前には無理だ」

 突然池へと歩を進めた蓮を、操が抱き上げる。

 ――意外と好奇心旺盛だな。

 思い掛けない少年の姿もまた、愛しかった。

「主公、湯殿の仕度が整うております」

「おう、そうか。皆、風邪をひくなよ」

「なあに、今日は暖かいですきに。おひさまもサンサンだあ」

 (まぶ)しそうに見上げる視線を、蓮の瞳が追った。

 操はそれを察し、蓮の(てのひら)に陽と書いた。

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