百八.
蓮は少し躰を丸めるようにして牀に在った。
蒼褪めた頬に涙を残したまま、その肩が時折不規則な呼吸に揺れる。
額にはまだ微熱があった。
操は指先でそっと蓮の頬を拭うと、闇から守るように傍らへ身を伸べた。
せめて穏やかに眠れるようにと……。
朝方目覚めた蓮は、暖かな腕に包まれている事を不思議に思った。
それとも、まだ夢の中にいるのだろうか?
それならどうか醒めないで欲しい……
心地良いそれを離したくなくて、ぬくもりに身を寄せ瞳を閉じる。
そんな蓮の髪をゆっくりと撫でながら、操は穏やかなひとときを過ごした。
やがて本格的に覚醒した蓮は、自分を包み込むそれが夢ではないような気もして、怪訝そうに視線を上げた。
そんな蓮を落ち着かせるように操が囁く。
「昨日遅くに来たのだよ」
蓮は少し虚実が混同しているようで、確かめるように操に触れた。
不思議そうな蓮を笑い、そっと接吻ける。
「どうだ? 現に感じられたか?」
蓮はまだ不可解な顔つきながら、にこりと笑い、操の胸に頬を寄せた。
『蓮は操の夢を見ていたの。そうしたらここに居たから、まだ眠っているのかと思った』
「そうか。具合はどうだ。苦しくはないか?」
蓮はこくりと頷き、操の指を玩ぶ。
『起こしてくれれば良いのに……』
少し不満らしく、愛らしい脣を尖らせる。
「はは。良く眠っていたからさ」
操は愛しさのあまり蓮を抱き寄せた。
「蓮。共に府へ行くか?」
『行っても良いの?』
「そう思って輌を用意してある。慌ただしくてすまぬな。もう少しゆっくり出来れば良いのだが」
そんな操に首を振り、笑みを寄越す。
『来てくれてありがとう。蓮は嬉しい』
腕を廻して抱き着くと、その体温を味わうようにしばし頬を寄せた。
やがて躰を離した蓮の瞳は、潤んで濡れていた。
『すぐに仕度をするから待っていてね』
涙を殺して笑うと、そう記し、牀を出て行く。
操が多忙である事も、無理を通してここに来た事も、解っているのだろう。
互いを欲しながら、口に出せば相手を困らせる事も、蓮は承知していた。
おそらくは府へ戻る事もないと覚悟していたのだろう。
そんな蓮が哀しかった。
「抱いて行こう」
操は壊れ物を扱うようにそっと蓮を抱き上げると、府へ向けて輌を進めた。