百四.
操が再び寮を訪れたのは、夜も深けてからの事だった。
「遅くにすまぬな」
婆の出迎えを受け、労う。
「なんの。おいでになると思うていたよ」
「婆はさすがだな」
本当は操は、ここへ来る時間など取れなかった。
慌ただしく訪なうよりも、少し落ち着いてからゆっくり見舞おうと、半ば自分に言い聞かせてもいたのだが、夜が深まるにつれ想いが募ってしまい、周囲の者を蹴散らし馬を駆かった。
「蓮はどうだ」
「泣き疲れて、やっと眠ったところだよ」
「泣いて、いたか」
「もう府へ帰りたくて仕方が無いのだよ。蓮は孟徳様に逢いたい、逢いたいと泣いていたが、逢えば離れたくない。傍にいれば今度は抱いて欲しいと泣くだろう。キリが無いよ」
婆は操の足元を照らしながら小さく笑う。
ほの暗い灯りのせいなのか、その顔が少し寂しそうに炎に映った。
「……孟徳様。もう少し、蓮の傍に居てやってはくれまいか」
「うん?」
「すまぬな。無理は重々承知なのだ。承知の上でこんな事を言う婆は、卑怯だな」
「……蓮は、それほど悪いのか?」
婆は首を振ると、ついと顔を背けた。
「思った以上に進んでいる。このまま行けば、冬は厳しいかもしれぬと……」
操は絶句して立ち尽くす。
嗚咽と共に婆の膝が崩れた。
「婆は孟徳様に詫びねばならぬ。蓮が病を隠したのは婆のせいだ。婆が孟徳様を遠ざけてしもうたから、あんなに蓮は悪うなってしまったのだ。何もかも婆のせいだ」
閨で無理をさせるなとの婆の諫言は、結果として操を蓮から遠ざけた。
共に過ごせば想いは募る。自然、他の愛妾と過ごす夜が増えた。
蓮は何も言わなかったが、その理由がどこにあるのか解っていたようだ。
操と離されたくない一心で病状を隠し、それが病の悪化を招いたのだと婆は思い、自分を責めているのだ。
「婆。それは前に詫びてもらったではないか。その時に申したであろう? 婆のせいではないのだ」
操とて同じように自分を責めた。
病の予兆を見逃して来たのではないか。もっと早く変調に気付いていれば、何かしらの治療を受けさせてやれたかもしれない。
しかし、それとて素人の、ある意味願望に過ぎない事を操は識った。
蓮の病がいつからとの断定は難しい。
幼いころから要因を持っている場合も、いつの間にか発症して徐々に進む事も、熱病の後に突然悪くする者もあるそうだ。
進み具合も様々で、ゆっくりと時を刻むそれも、やはり急激に進んで行く場合もあるらしい。
ただ確かなのは、蓮のそれは一過性のものではなかった。
早かろうと遅かろうと成り行きを見守るしかない。
進行性のそれに下された言葉は、奈落だった。