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三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
105/138

百四.

 操が再び寮を訪れたのは、夜も()けてからの事だった。

「遅くにすまぬな」

 婆の出迎えを受け、(ねぎら)う。

「なんの。おいでになると思うていたよ」

「婆はさすがだな」

 本当は操は、ここへ来る時間など取れなかった。

 慌ただしく(おと)なうよりも、少し落ち着いてからゆっくり見舞おうと、半ば自分に言い聞かせてもいたのだが、夜が深まるにつれ想いが(つの)ってしまい、周囲の者を蹴散らし馬を駆かった。

「蓮はどうだ」

「泣き疲れて、やっと眠ったところだよ」

「泣いて、いたか」

「もう府へ帰りたくて仕方が無いのだよ。蓮は孟徳様に逢いたい、逢いたいと泣いていたが、逢えば離れたくない。(そば)にいれば今度は抱いて欲しいと泣くだろう。キリが無いよ」

 婆は操の足元を照らしながら小さく笑う。

 ほの暗い(あか)りのせいなのか、その顔が少し寂しそうに(ほむら)に映った。

「……孟徳様。もう少し、蓮の傍に居てやってはくれまいか」

「うん?」

「すまぬな。無理は重々承知なのだ。承知の上でこんな事を言う婆は、卑怯だな」

「……蓮は、それほど悪いのか?」

 婆は首を振ると、ついと顔を背けた。

「思った以上に進んでいる。このまま行けば、冬は厳しいかもしれぬと……」

 操は絶句して立ち尽くす。

 嗚咽と共に婆の膝が崩れた。

「婆は孟徳様に()びねばならぬ。蓮が病を隠したのは婆のせいだ。婆が孟徳様を遠ざけてしもうたから、あんなに蓮は悪うなってしまったのだ。何もかも婆のせいだ」

 (ねや)で無理をさせるなとの婆の諫言(かんげん)は、結果として操を蓮から遠ざけた。

 共に過ごせば想いは募る。自然、他の愛妾と過ごす夜が増えた。

 蓮は何も言わなかったが、その理由がどこにあるのか解っていたようだ。

 操と離されたくない一心で病状を隠し、それが病の悪化を招いたのだと婆は思い、自分を責めているのだ。

「婆。それは前に詫びてもらったではないか。その時に申したであろう? 婆のせいではないのだ」

 操とて同じように自分を責めた。

 病の予兆を見逃して来たのではないか。もっと早く変調に気付いていれば、何かしらの治療を受けさせてやれたかもしれない。

 しかし、それとて素人の、ある意味願望に過ぎない事を操は()った。

 蓮の病がいつからとの断定は難しい。

 幼いころから要因を持っている場合も、いつの間にか発症して徐々に進む事も、熱病の後に突然悪くする者もあるそうだ。

 進み具合も様々で、ゆっくりと時を刻むそれも、やはり急激に進んで行く場合もあるらしい。

 ただ確かなのは、蓮のそれは一過性のものではなかった。

 早かろうと遅かろうと成り行きを見守るしかない。

 進行性のそれに下された言葉は、奈落だった。

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