百三.
もう許へ着いたかな……
牀の中で操を想う。
小さな発作ではなかったが、周りの迅速な行動が蓮を救った。
病を完治させる有効な手立てはなかったが、血脈を整えてもらうにつれ少しずつ楽にはなって、この数日は置き上がれるまでに蓮は回復していた。
だが、明日にも操が許へ戻るとの知らせに、一気に床を上げたのがまずかった。
凱旋を迎えに行くつもりだったので、髪を洗うの湯を使うのと立ち騒いだあげく、蓮はすっかり疲れてしまい、夕刻から高い熱を出して臥せった。
熱はだいぶ下がったのだけれど、婆は絶対外に出さないと息巻いて、蓮を牀へと押し込める。
帰還する気配が少しでも伝わらないかと耳を澄ませてはみるが、それがここまで届くはずもなかった。
逢いたいなあ……
もう数日の辛抱だと思ってみても、寂しさのあまり涙が零れる。
それを拭い拭い夜具へ躰を丸めたところへ、馬の嘶きが聞こえたような気がした。
空耳かと思ったが、ざわざわと立ち騒ぐ気配が近付く。
――なんだろう?
身を起こした蓮のもとへ、その人が飛び込んで来た。
「蓮!」
呼ぶなり、操は蓮を胸に抱いた。
まだ軍装も解いていない。
彼が動くたびに武具が音を立て、蓮にその体温さえ伝えてくれない。
だけど……
思い掛けないそれに、涙が零れた。
「すまぬ。痛かったか?」
咄嗟の行動を詫び、それを解いた操に首を振ると、蓮は自分から腕を伸ばした。
縋りつく蓮を、操はしっかりと抱き留めてくれた。
「良かった……」
吐息をつくように呟く。
蓮の知らぬ間に知らせが行ってしまったのだろう。
どんなにもどかしい思いで戻って来てくれたのか、その一言で痛いほど伝わった。
申し訳ないと蓮は思った。
砂塵に汚れたままの頬を撫でる。
「ああ、こんなナリですまんな。一度府へ入ったものの、矢も盾もたまらず馬を返してしまったのだ。誰ぞ、追ってくるかもしれんな」
操は笑いながら蓮の涙を拭う。
「熱があるな。辛くないか?」
大丈夫だと蓮は笑った。
「そうか。それならまた出直して来るからな」
名残惜しそうに瞳を覗き込みながら、操は蓮を離した。
思わずそれを引き止める。
せめて……
操の脣に指を伸ばし、求める。
彼は察し、甘く接吻けてくれた。
「なるべく早く戻る」
そう言い置くと、操は足早に室を出て行った。