凧
夢を見る少年がいた。
少年は度々、友人に夢を語った。とても誇らしげに、まるで舞台の台詞のように語った。
友人が笑う。
「叶うといいね。」
友人は優しかった。
だから少年は夢を追った。空を目指す雛鳥のように。深海を求める魚のように。友人の声援をエネルギーに、ぐんと走り出した。
「眩しいよ、君は。」
いつか、友人が少年にそう言った。少年は胸を張って答える。
「君のおかげだ。」
少年を凧にみたてるならば、彼にとって友人は『風』だった。
風を受けて凧は青空高く舞い上がる。その様子に喜びを見出した風は、なおも凧を押し上げる。
出会えて良かった、少年はいつもそう思っていた 。
遊び疲れた公園の滑り台の頂、夕暮れに溶け込むように呆然とかがんでいた友人に、いつだったか問いかけたことがある。
「出会えて良かった?」
友人は少年を見上げると、優しく微笑んだ。
「僕は、良かったと思っているけど。」
少年は更に言葉を続ける。
「僕の夢は、多分叶う。君が叶えてくれる。僕はそう信じてる。」
友人は、最後まで少年から目を逸らさなかった。
言い終えてから羞恥心に襲われた少年は、逃げるように頂から滑り降りると、今度は背を向けたまま、話す。
「滑り台から届くような『夢』なんかじゃ満足できない。もっともっと、上を目指そう。」
友人からの返事はなかった。
少しだけ不安になった少年はそっと振り返る。夕焼けの鋭い光が友人を包んでおり、結局、彼がその瞬間にどのような顔をしていたのかは伺えなかった。
翌日、とても晴れた秋の空。
少年は漂う雲を眺めて決意する。
今日が記念日。
少年の、初めての夢が叶う瞬間。
友人を誘い、いくつもの場所を探検して回った末にようやく見つけた秘密の場所にたどり着く。
「夢は、叶う。君によって。」
凧はゆっくりと空を目指す。風が吹くことを祈って。
「幸せになれると思う。今よりも、きっと。」
友人が呟く。少年は頷く。
澄んだ空だった。風が心地良い。息を潜めれば足元から人の雑踏が這い上がってくる。
「……イクヨ。」
理解をしているからこそ、少年の声はここにきて震えていた。
二つの瞳が、少年を見つめる。友人は、最後まで頑なに笑顔を崩さなかった。
「ありがとう。」
少年の言葉は青空を彩る。
風は、凧の背を押し、孤独を与えて吹き去っていった。
凧は、風を求めて地上に這いつくばる。
彼を追いやった群衆は、さっそく見世物を見つけたようだった。