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8話~13話

 ※8「嫁さんと好きな食べ物」


 うちの嫁さんは甘党だ。日曜は猫の姿に戻ってしまうので、土曜の夜にはひとつ、甘いものを食べている。

「嫁さん、普段は結構なんでも食べるよな。味噌汁にネギなんかも入れてるし」

「はいな。ニンゲンの時は身体の構造がヒトに代わるから、平気です」

「得だよなぁ。人間と猫の時で、それぞれ美味いもんが食えるんだから」

「んー……けど逆に、猫の時に甘いものが食べたくなった時は、すごく、すごーく我慢してるんですよ? だから旦那さん、日曜日は美味しいものを食べちゃダメですよ?」

「俺は甘いの苦手だから、大丈夫だろ」

「それはそれで、勿体ないです。アイスもケーキも、本当に美味しいのに」

 土曜日の夜。『白くま』のカップアイスを、幸せそうに堪能していた嫁さんだった。俺はその向かいの席で、甘さ控えめのコーヒーゼリーを食べていた。


 日曜。正午ちょうどに宅配が来た。

「こんちは、お届け物でぇす。ハンコお願いしやす。――はい、どうもありやしたー」

 適当に認め印を押して、荷物を受け取った。宛先は実家からだった。

「んー、中身は……」

 俺の実家はケーキ屋をやっている。週末は客が増えるので、定休日は月曜だ。うちの嫁さんが日曜は猫になってしまうので、この点は都合が良かったりする。主に家族付き合い的な意味で。

「にゃあ~?」

 嫁さんが玄関の方にやってきた。

「ん、こっちの実家からの荷物。今回は、えーと……プリンだな」

「にゃにゃあ!?」

 嫁さんの目がキラリと光る。俺のふくらはぎに身体を寄せて、上体を伸ばしてくる。

「にゃあ! うにゃあ~っ!」

 うちの両親は昔から、甘いのが苦手な俺と妹に対し「作り甲斐がない子供たちよ!」と嘆くことが多かった。なので甘党の嫁さんをすごく気に入っている。そして日曜は顔を合わせられないぶん、こうやって、たまに冷凍の効く菓子を送ってくれるのだ。

「うにゃーっ!」

 訴える嫁さん。プリーズ、ギブミー、プリン。プリーズ! 戦時の子供さながらの必死さよ。

「ダメだ。月曜までガマンだ。乳製品は腹を壊すんだから」

「うにゃあ~ん!」

 足元にまとわりつく嫁さんを無視する。宅配物をさっさと冷蔵庫の中に閉まった。


 ※9「日曜日の過ごし方」


 日曜は頭が冴える。子供の頃、実家の両親が忙しそうに働いているのを見てきたせいか、自分もなんとなく〝日曜は仕事をする日だ〟という認識がある。

 日曜はできる限り自分のペースを維持したい。朝七時ちょうどに目を覚まし、軽く顔をあらって着替えたら、ホットケーキを二枚だけ焼き、そのまま仕事部屋に移動する。

 机に座って絵を描き続ける。最近はデジタルがほとんどだ。正午までに一区切りをつけて、昼食はトースター一枚に、ブラックコーヒーを一杯だけ飲む。後片付けまでの雑用を含めて、一時間以内に抑える。

 日曜は新聞やニュースを見ない。ネットもやらない。携帯は電源を切る。

 表札には『来客の方は、後日にまた改めて起こしください』と掛けている。両親にも、日曜に電話をかけたり荷物を送ってくる場合は、必ず正午にしてくれと伝えているぐらいだ。

 十三時には仕事に戻る。イヤホンで決まったローテーションの音楽を聞きながら、集中力が切れるまで、ぶっ通しでイラストを描き続ける。

 それが自分のペースだった。日曜だけは必ず同じことをすると決めていた。


 この仕事を続ける限り、生涯一人で生きていくのだと悟っていた。日曜はむしろ、一人でないと耐えられない。面倒な性格だという自覚はあるし、変えられないことも分かっていた。

 実際、外部とは必要最小限の交流のみを行って、机に座ってひたすら絵を描き続けた。そんな人生に満足していたが、ある時に小さな偶然が重なって、見合いの席に赴くことになった。そこで今の嫁さんと出会ったのだ。

「――わたし、日曜は猫になるんですよ。なにも出来ず、寝転がるだけの、ぐーたらです」

 嫁さんは、出会った当初から言った。俺もまた、遠慮のない言葉を返した。

「いいんじゃないですか。俺も日曜は人と顔を合わせたくない。正直助かりますよ。日曜だけは、自分の生活リズムを崩したくない。他人に一切構わず、仕事をしていたいんですよ」

「私も家で動かず、じーっとしてたいですねぇ」

 お互い、自分の意志ではなく、強制でこの場に連れてこられていた。早くこの場を切りあげて帰ろうとしていた。しかし、

「〝日曜日の過ごし方〟については、意見が合いますね」

「本当に。方向性は違うも、ピッタリですね」

 要は『俺の、私の、ジャマをするな』ということだった。

 周囲にいた人間と――そしてヒトに化けた連中は、みな引きつった笑みを浮かべていた。

 俺たちは、そういう二人だ。愛情はなく、後から遅れてやってきた。

 今では、結婚して良かったなと思っている。本当だ。ウソじゃないですよ。



 ※10「日曜日のコーヒー」


 今日もまた、いつもの時間にトースターを一枚だけ焼いた。

 ミルを使ってコーヒーを豆からひいて、それから、猫用のツナ缶をひとつ開ける。

「いただきます」

「にゃあ」

 テレビも点けない。ただ静かな居間で、少しだけ空腹を満たし、同時に眠気を取る。嫁さんも食事中はスマホを弄らず黙々と食事する。白い毛並と二股に分かれた尻尾が揺れる。

「…………」

 なんとなく視線がいく。いつもの時間に、ほんのりと別の感情が浮かぶ。

「たまには、食後のデザートでも食べるかな」

「にゃ?」

「せっかく、実家から贈ってもらったしな。まぁたまには、いいだろ」

「………ふぅうう~」

 金の瞳が、あきらかに妬ましそうに、俺を見つめていた。

「嫁さんもどうよ、一口。お願いしますと言えば、一口ぐらいならいいんだが?」

「しゃああっ!」

 びしっ、びしっ、びしっ。割と本気の猫パンチが飛んできた。さらにご立腹であったのか、手元のタブレットを使い、高速でツイートを打ち込みはじめた。世界広しといえど、肉球で高速ブラインドタッチをする猫は他にいまい。まさに妖怪の所業だった。


「嫁様が可愛すぎて生きるのがツラい」「世間の男はもっと嫁様を大事にしよう」

「明日は嫁様に美味しいものをご馳走せねば!」「家事の一切は僕に任せてください!」

「趣味は、風呂掃除とトイレ掃除です」

「トイレ掃除の世界選手権があれば、優勝する自信があります」

「トイレ掃除が嫌いな男子がいるとか。信じられませんねぇ……」

「嫁様は、月曜日は仕事から帰ってきたら、なにもせず、ゆっくりすべき」

「だいたい、僕は今日まで嫁様を蔑ろにしすぎていたのです。猛省」


 ツイートが、ものすごい勢いでリツイートされる。お気に入り登録数が増えていく。

「嫁さん。ネットを使って俺の印象操作をしないでくれるか。また外で同業者からいろいろ言われるじゃないか」

「にやぁああ~♪」

 嫁さんが嬉しそうに大口を開いた。プリンを突っ込んでやった。



 ※11「嫁さんとブログの絵日記」

 

 いつもの日曜の昼。トーストを一枚かじっていて、ふと思いだした。

「そうだ。嫁さん、ちょっといいかな」

「にゃ?」

「昨日さ、ブログ用の四コマ更新したんだよ。良かったらチェックしてくれ」

 それは嫁さんと結婚する前から、仕事の間に書いてきたものだ。漫画は単なる趣味の範囲だったが、これを始めてからアクセスが増えた。漫画のページから仕事歴を辿り、絵描きの依頼が来たこともある。

「にゃにゃあ♪」

 了解です。猫の嫁さんが、手元のタブレットを操作する。お気に入りに登録した一覧から、管理者用のページにリンクして、一時ファイル欄の漫画に目をとおしていく。

「にゃあにゃあ♪」

「そうそう。土曜にさ。二人で映画見に行った時の話」

 作者は俺。編集者はうちの嫁さんだ。ブログの漫画は彼女の許可がないと、掲載の許可がおりない。勝手にアップした結果、ケンカの火種になってこともある。

「にゃ~」

 デジタルで描いた漫画を嫁さんが目を通していく。映画館の席に『マグロ』と『猫』が座っている。四コマのオチは、お互いの〝着目点のすれ違い〟だ。

『旦那さん』

 嫁さんが、これまた器用に、USBで繋がったキーボードをぽちぽち叩いた。

「なに? どっか気になる?」

『はい。ちょっと、猫のおなか、ですぎじゃないですかね。この曲線の辺りが……』

「気になるの、そこかよ!?」

 マンガのオチと、自分のセリフがピッタリ被った。

『だってだって、私のお腹、こんなにぷっくりしてませんもん!』

 ほらぁ。と、力強く腹を見せてくる嫁さんを見て、俺は素直に従った。

「……わかった。じゃあもうちょい、スリムにしとくわ……」

『お願いしますね』

 デフォルメされた絵に、スリムもデブも無いと思うのだが。普段からクライアントの意味不明な横暴に慣れている『マグロ』は、死んだ魚の目になってうなずくのだった。

 そして『俺』は、仕事の合間、一銭にもならぬ漫画を、コツコツ描くのである。


 ――『日曜日のうちの嫁』更新しました。



 ※12「嫁さんとブログ②」

 

 ブログのアドレスを一つ持っている。

 掲載してるのは、近況の仕事履歴と、公開可能なイラスト。それと4コマ漫画だ。

 漫画のタイトルは『日曜のうちの嫁』

 主に『マグロ』と『猫』が、どうでもいいことを話しあっている。漫画に目を通してくれる読者は、この二匹を『デフォルメした夫婦のキャラクター』だと思い込んでいるだろう。

 実際『俺』はそうなのだが――美味そうにプリンを食べたり、机の上に座布団を敷いてスマホを弄ったり、ズブ濡れになりつつ洗濯ものを取り込んだり、風呂の湯を張った土鍋で、幸せそうに仰向けになってたゆたっている、だらしのない姿をした『猫』は、すべてありのままだ。

 ちなみに、土鍋の4コマは、非常に反響が大きかったのだが、


「――旦那さんっ! えっちなのは、ダメだって言いましたよねっ!?」


 嫁さんがキレたので、削除した。

 いや、てっきりエロというのは、夫婦の営み的なアレだと思っていたので、土鍋に浸かって頬を赤らめ「にゃあん……(はぁと)」とか言ってるのは、セーフだと思ったのだ。というか、

(日曜の嫁さんは、俺の前では、基本的に全裸なんだけどな……)

 男女の価値観。育った環境の違いによる慢心の違い。そんなことを思い知らされた。ともあれ、一度逆鱗に触れてしまったので、以降、ブログの4コマ漫画をアップする際は、嫁さんの許可を得ることが必須となったのだ。面倒くさい。

「あ、旦那さん、旦那さん」

「うん、どした?」

「見てください。読者の人からまた、お嫁さん可愛い、って言われちゃいましたぁ!」

 幸せそうな顔で「ほら、ほら」と画面を見せてくる。最初はマジギレしていたのに、最近はコレである。釈然としない。

「旦那さん、もっと漫画書きましょうよ~」

 釈然としない。

「ねぇねぇ、旦那さん、今度人気投票しましょう」

「登場人物が二名しかいないんだが?」

「いいじゃないですか! 負けた方が、勝った方にアイスを奢るというのはどうです?」

「…………嫁さん」

 あえて言おう。うちの嫁さんは、セコ――

 (この記事は削除されました)



 ※13「嫁さんとスプラトゥーンはあまり関係がない」


 振替え休日が憎い。

 世間では月曜が休みになるらしいが、フリーのイラストレーターには関係ない。俺の才能なんてものはたいしたものでなく、泳ぎ続けるマグロよろしく、回遊を止めた時点で藻屑となる。

「ふ ふにゃ みゃろ、みかならひれ♪ でり の みられらひょん♪」

「……嫁さん、月曜の昼間から、一体なんの呪文を唱えてるんだ?」

 今日は月曜日だ。隣でまったり過ごす嫁さんがいる。

「最近お気に入りの、シオカラ節です!」

「あぁ。スプラトゥーンだっけ。……歌詞あってるのか?」

「フィーリングです! めっ、めっ、めっ!」

 嫁さんのイチオシらしい。確かにポップで可愛いキャラクターだが、うっかり間違って「深きものども」を召還しないよう気をつけて頂きたい。いあ、いあ! はすたぁ!

 まぁ、タコだのイカだのは、嫁さんに任せておこう。仕事に戻る前に、さっさとメールチェックを済ませておかねばならない。

「……ん?」

 気になるメールが一件あった。開いてみると、某出版社より「当社の雑誌にて、四コマ漫画を連載して頂けませんか?」という依頼がきていた。

「マジか」

「みれきゃらへりゃ?」

「そろそろ人間に戻ろうか」

 ぺちりと頭を撫でると「すみません、しょうきにもどりました」とか言ってきた。

「それで、どうしたの?」

「俺のブログの漫画。『日曜のうちの嫁さん』、雑誌で正式に連載しないかって話がきてる」

「わぁ。すごいじゃないですか。連載やってみたらどうですか?」

「そうだなぁ」

 4コマはそこまで手を掛けてない。本職ではないので、基本的には同じ構図で『マグロ』と『猫』が会話するだけだ。オチに困ったりすると、『マグロ』が『猫』に食われて終わる。

「私のおかげですね~」

「え、なんで?」

 漫画書いてるの俺なんだけど。

「旦那さんの4コマは『猫』の人気がダントツですから~」

 嫁さんが、きゃっと照れた顔になる。

 ちょっと腹が立ったので、今週の4コマは、腹回りを太めにすると決意した。



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