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※1話から7話まで

 ※1「嫁さんと日曜日」


 嫁さんとケンカした。

 ウチの嫁さんは、日曜日に猫になる。今日は好物のツナ缶を食らわず、ずっと不機嫌そうにしている。朝からテレビ前のちゃぶ台に座って動かない。

 機嫌の悪い嫁さんには近づかないのが得策だ。特に今は側を歩いただけで「ふなああ!」と唸られ、噛みつかれたりする。

 機嫌の悪い嫁さんは放置が一番。これが最も正しい対処法だ。

「ちょうど昼かー」

 俺は隣の部屋で、納品前のイラストの仕上げを描いていた。今回はブラウザゲームのキャラクターなので、一貫してデジタルソフトを用いている。PCでソフトを立ちあげ、細部の装飾を確認しつつ、決められた枠組みに絵の一部が隠れないよう調整する。

「よし。このままいけば一時間で終わるか」

 どうせリテイクは入るのだ。

 適度に力を抜いて仕上げ、次の絵に取り掛かった方が効率が良い。データを上書き保存し、サムネを作ったところで、隣の襖が「すっ……」と開く音がした。

「にゃあ……」

 嫁さんがきた。白い毛並に金色の瞳。二股のしっぽをゆらめかせ、畳の上を近づいてくる。

 とっさにペンタブを放して向き直り、椅子に座ったまま身構えた。

「お、落ち着け嫁さん。話あおう」

 日曜の嫁さんと会話はできないが、だいたい言いたいことは分かる。俺の言葉もそのまま嫁さんに伝わるらしい。

「にゃあ」

 しかしこっちの態度は意に介さず、軽やかに跳びはねデスクの上に着地する。そして机の上で丸まった。こっちに顔は向けず、PCのモニターの方に顔をそむけ、ペンタブ用のパッドの上でふて寝する。長期戦の構えだ。

「おい、嫁さん。今はやめろって」

 仕事のジャマだ。本音を口にすると、翌週以降も長引くので、グッと堪える。

「俺が悪かったってば」

 ため息をこぼしたいのも耐え、椅子に座りなおし、嫁さんの背中に訴える。

「もうしないから。だから許してくれよ。な?」

「…………」

 反応はない。二股の尻尾も黙っている。一度こうなると嫁さんは頑固だった。

 面倒くさいんだよなぁ。とは口が裂けても言えるはずがない。



 ※2「嫁さんとアプリゲーム」


 最近人気のアプリゲーム『ねこあつめ』。

 これといった目的はなく、家にやってくる〝ねこ〟を眺めて楽しむだけだ。しかし、これが意外と楽しかった。

 俺はフリーのイラストレーターをやっている。一応、専業で食えるだけの仕事が入ってくるので、週末は家で絵を描くのが主になる。その時間、スマホを片手に〝ねこ〟を餌で釣ったり、撮った写真の図鑑を眺めたりできるわけだ。

 そして、なにを隠そう、コレがケンカの原因だった。

 最初のうちは、家にやってくる猫の『まんぞくさん』が、日曜の嫁に似ていると言っても「ひどい~」とか言って笑っていたのだ。しかし俺がゲームにハマっていくうちに、つい「まんぞくがまたきた! 飯だけたらふく食って帰りやがった!」とか「まんぞくもっと煮干しよこせよ!」とか冗談で罵っている間に、


「ねぇ旦那さん? いい加減にしてもらえます? それともなんかの当てつけですん?」


 嫁さんがキレた。ゲームに登場する『ねこまたさん』の様に、目がギラりと金色に光り、ついに一昨日から口をきかなくなってしまった。ツナ缶も効果がない。

 正直、反省している。だが『ねこあつめ』がきっかけで、リアルに夫婦ケンカまで発展するのは、本物の〝猫又さん〟と結婚している、ウチぐらいだろう。

「――なぁ、嫁さん」

 ともかくだ。今は机の上で動かない嫁さんをなんとかしなくてはいけない。

「明日、そっちの仕事が終わったら、海沿いの道を車で出かけないか?」

 二股の片割れに、ピクリと反応があった。嫁さんは海が好きだ。ついでに魚も好きだ。

「外で美味い海鮮丼でも食べよう。奢るから」

 三角の耳がぴくぴく動く。俺は続けて、最後のカードを切ることにした。

「来週末に、一泊二日で温泉旅行」

「にゃあ!」

 シャキーン。嫁さん復帰。こっちを振り返り、膝の上に飛び乗ってくる。

「ごろごろ♪ にゃあにゃあ、にゃあ~」

「はいはい……後で人間に戻ったら、予約取っといてな」

 ふさふさした毛並を撫でる。結局しばらく絵はかけなかったが、まぁ致し方ない。

 何故なら一風変わった〝ねこ〟は大勢いても、一番可愛いのは、うちの嫁さんだからだ。

 そういうことにしておいてくれ。



 ※3「嫁さんと刀剣乱舞」


 うちの嫁さんは、日曜は猫になっている。毛並はふさふさと白く、瞳は夜でも輝く金色だ。

 俺はフリーのイラストレーターをやっていて、基本的に家で仕事をすることが多い。そこで夫婦の間の取り決めで、日曜の家事全般は、俺が請け負うことになっている。

 こう言ってはなんだが、日曜の嫁さんは働かない。だいたい家の居間で、ちゃぶ台の上に専用の座布団を敷いて、ごろごろしている。春先は縁側で寝ている事も多い。

「……ふー。ちょっと休憩するかな」

 PCのタブにある時計を見る。時刻は十一時。まだ昼食を取るには少し早かったが、絵がキリの良いところまで仕上がったので、一度席を外した。隣の居間に続く襖を開く。

「嫁さん、いるか?」

「にゃあ」

 ちゃぶ台の上にいた。二股の尾を持つ白猫が、PCタブレットをぺちぺち弄っていた。

「ちょっと早いんだけどさ。飯の準備しようと思うんだけど」

「にゃあ」

 嫁さんが立ちあがって、こくんと頷いた。週六日は人の姿をしているので、何気ない所作も人のそれに近かった。

「なにやってたの?」

 嫁さんのタブレットを覗く。和服を着た男が映っていた。

「あぁ、〝とうらぶ〟やってたのか」

「にゃあ」

 若い女性に人気らしいブラウザゲームを、例に漏れず、うちの嫁さんも遊んでいた。俺も職業柄、キャラクターのビジュアルには目がいく。ついでに嫁さんの好みの傾向もそれとなく窺っておく。あんまり意味はないんだが。

「レベルどんだけいったの」

「にゃあにゃあ」

「へー、結構上がったんじゃないか。なんか良いのでた?」

「にゃあ!」

 聞くと、USBケーブルで繋いだ専用のキーボードを、肉球で器用に叩いた。


「ジジイ、でた!」


 誰だよ。ジジイって。

 画面を見れば、どう見ても「ホストじゃん?」と言いたくなるイケメンしか映ってないぞ。



 ※4「嫁さんとツイッター」


 何年か前から、ツイッターを始めている。イラストレーターの名義で登録しているので、もっぱら仕事関係の報告をしていたが、昔からどうにもこの手のツールは苦手だ。

 知人からも、自分の知名度を拡散するきっかけになるから、どうでも良いことでも呟いた方が良いとか言われる。しかし多用しすぎて、炎上のきっかけになるのは困る。

 自分があまり大人びた性格ではない事は知っている。顔も知らない第三者から指摘を受ければ、キレてしまう自覚もある。

 そこで、ひとつ妙案が浮かんだ。俺のアカウントで、嫁さんに呟かせるのだ。

 日曜の嫁さんは、率直に言えば暇をしている。スマホで撮った、割とどうでもいい写真データを見せてきて、適当にあしらっていると不機嫌になって噛む。

 そこで、ツイッターの出番だ。

 俺の代わりに「おなか空いたなぁ」と、極めてどうでも良いことを呟かせ、怒りの矛先を変えつつ「この前の旅行で撮った写真です~」とかも呟かせておけばいい。

 フォローしてるアカウントから、なにが的違いな意見が来ても、嫁さんにとっては他人事なので「ごめんねー」と呟くのも抵抗はないだろう。

 なんだ、一石三鳥じゃないか。

 かくして、俺は嫁さんにツイッターを任せた。普段は俺のフリをして適当なことを呟いて、なにか仕事関連の連絡や、問題が起きたら知らせて欲しい。といったことを含めてだ。

 嫁さんは見事、俺の術中にハマった。一応、自分でもざっとログを見返しているのだが、特に問題は起きてない。フォロー先に、刀剣乱舞の公式アカウントやら、キャラの呟きBOTが異常に増えていたりする事以外は問題ない。

 そんなわけで、俺は日曜にせっせと仕事の絵を描き、隣の居間では嫁さんが、タブレットPCを使って呟いている。「最近、大好物のビーフシチュー食べてない」「新しい洋服買いにいきたい」「そろそろ子供ほしいかも」と、それとなく俺に対するメッセージを含みつつ、着々とフォロワーを増やしている。

 特に「どうやったら自分のイラストが上手くなりますか?」という質問に対しては、「家内にもよく尋ねられますが、僕もまだまだ修行中です。誰かに教えられることなんて何一つありません」と謙虚に返している。ちなみに、嫁さんがそんな事を尋ねて来たのは一度もない。

「好きな絵師、または尊敬する人物がいたら、教えてください」

「ピエロと夏目漱石、あとベートーベンです。尊敬する人は、僕の妻です」

 千件以上リツイートされ、拡散していた。俺は席から立ちあがり、隣の部屋に赴いた。

「嫁さん、ちょっと話がある」

 見栄を張らず、せめてピカソぐらい検索しよう。な?



 ※5「嫁さんと洗濯物」


 俺はフリーのイラストレーターをやっている。平日は打ち合わせで外に出ることも多いが、土日は家にこもって絵を描いているのがほとんどだ。

 家は少々古い貸家だが、二階と小さな庭も付いていて、日当たりが良い。嫁さん的には最後の条件がとてもお気に召していたので、引っ越しは考えていないようだし、個人的にもここは静かな環境が整っているので、仕事をするにもちょうど良かった。しかし一点、静かだということで、積み重ねてきた失敗がある。

「あ、やべ。雨降ってる!」

 仕事の挿絵書きを始めて、だいたい六時間が経っていた。意識が表層に戻ってきて、自分の身体が両腕と繋がっているのを自覚した時に気がついた。

「洗濯もの! 二階に干したままだ!」

 絵を描いていると、ささいな音が聞こえなくなる。

 日曜の嫁さんは猫に戻っているので戦力にならない。ちなみに、俺に声をかけてくれるという方法はあるのだが、集中モードに入っている時は、声をかけて作業を中断させると、著しく不機嫌になるのを知っているので、あえて放置させられている。

 基本的に、日曜はおたがい不干渉であることが多い。

 それがたぶん、夫婦の秘訣とかいうやつで、暗黙の了解なのだった。

「くそっ、今日は降らないんじゃなかったのかよ、天気予報ッ!」

 予報を罵り階段をかけあがる。ベランダに通じる廊下までやって来ると、嫁さんがいた。

「にゃ、にゃあ……」

 秋の村雨に打たれ、全身ズブ濡れになった二股の猫がいた。側にはカゴが置いてあり、シワの寄った洗濯物が無造作に取り込まれている。――俺は一瞬で理解した。

「嫁さん、その身体で洗濯ものを取り込もうとしてくれたのか?」

「にゃあ……」

 俺が仕事中なのを察してか、猫の身一つで、ベランダの物干し竿にかけた洗濯物を、一つずつ、洗濯バサミを外して取り込んでいったらしい。

 そして力尽きた嫁さんは、床でぐったりしていた。

「ありがとうな。嫁さん……」

 感動した。君はよく頑張った。抱きかかえ、小さな額をなでてやると、肉球がぷるぷる震え、器用にピースの形を作っていた。

「わかってる。ハーゲンな。バニラとイチゴのやつ、二つな」

「にゃあ……♪」

 嫁さんは可愛らしく鳴いて、息絶えた。いや、生きてるんだけどさ。なんとなく。



 ※6「嫁さんとメイド服」


 イラストレーターという職業柄、ゲームやアニメの仕事にも携わることがある。

「――猫耳メイドって、今やると、逆に新しくないすか?」

「あ~、なんとなく懐かしい響きだわ。猫耳メイド」

「そういえば小学生の時に、ご奉仕するにゃん。とかいうアニメを朝やってたな」

 某ゲーム企業の会議室で、こんな会話が繰り広げられていた。新規キャラデザの方向決めで、だいたいネタが煮詰まってくると、個人の趣味というか性癖に発展していく。

「猫耳メイドですか……こんな感じですか?」

 適当に相槌を返しつつ、手元の紙に浮かんだフラッシュイメージを形にする。

「お~、いいじゃん、いいじゃん。でもどうせなら、なんかオプション的なもの欲しいな」

「実際の猫が足下にいるのはどうです?」

「あー、それいいかも。ついでに、猫もメイドのコスプレしてたら可愛くないか?」

「検索してみますか」

 会議室に集まった妙齢のおっさん達が、一斉に手元のノーパソで検索を開始する。

「クソッ、駄目だ! 三次のコスプレ画像しか出てきやがらねぇ!」

「ぶはははは! 猫の服で検索したら、面白画像ばっかり出てきた!」

「どっかにないのか!? メイド服を着たぬこの画像は! ぬこおおぉん!」

 極限まで脳を使い果たした大人たちの悲鳴で、阿鼻叫喚と化す会議室。俺も朦朧としながら、半ば条件反射で手を動かした。しゃかしゃかしゃか。

「メイド服を着た猫……こんなんで、どうですか?」

「こ、これはァ!」

「ええやん! ええで、これぇ! よし、サブヒロインはこれでいこう!」

「異議なし!」「賛成!」

 まるで足下を歩くメイド猫が、ヒロイン候補になったかのような騒ぎだった。


「旦那さん、おかえりなさい」

「ただいま、嫁さん」

「お仕事の方、どうでした?」

「ん、まぁ上手くいったんじゃないかなと……ところで、嫁さんにひとつ相談が」

「はいな?」

「い、いや、なんでもない。気にしないでくれ」

 思わず口に出しかけた「今度の日曜、資料になってくれないか?」

 言ったらたぶん、ブチ殺されていた。



 ※7「嫁さんと土曜日の夜」


 深夜の二十四時。ぴったりちょうど、日付が変わる時間に猫になる。

 おとぎ話では、その際に着ていた服なんかはどうなってしまうのか。といった事情は都合よく省かれているが、ウチの嫁さんの場合は普通に脱げる。月曜に猫から戻った場合も全裸だ。

 そういうわけで、土曜の夜は、嫁さんは着々と支度する。

 時計を見れば夜の十一時半。急ぎの仕事もないので、今日はひとまず寝るかなと、嫁さんに声をかけた。

「そろそろ寝ようか」

「そうですね」

 そろって二階の寝室に移り、押入れから布団を出して敷く。

「旦那さん、明かり、消してもらえます?」

「わかった」

 布団を敷く間に、嫁さんは服を脱ぎはじめていた。今夜が土曜でなければ、そういう展開になるのも自然の成り行きだったが、ウチでは土曜の夜は〝致さない〟と決めている。

「ふぁ……疲れたな」

 なので、こちらも特に緊張はない。素直に床に入る支度を終えて、欠伸まじりに横になる。

「さむさむ」

 服を脱いだ嫁さんも隣に潜り込んでくる。両腕を伸ばして、こっちの背に抱き付いた。

「ぬくぬくです♪」

「最近、冷えてきたよな。猫になる前に風邪ひかないようにな」

「はいな。しっかり旦那さんに温めてもらいます」

「……ん」

 そういうことを、可愛らしい声で言わない。状況が状況である以上、理由は説明するまでもないだろう。そして寝室の枕元に置いた目覚ましが、短く「ぴっ」と告げる。

 日付が変わると同時、背中に回された柔肌の感触が、ふわふわしたものに変わる。

「にゃあ」

 こちらを向いても、いいですよ。

 了解を得たのと同時に、ゆっくりと寝返りを打つ。仰向けになると、キラキラした瞳の白猫が、腹の上にぽすんと乗っかってくる。

「にゃあ」

「ん、おやすみ」

 両腕を静かに寄せて、ほんの少し身体を撫でた。

 ウチの嫁さんは、こうして日曜日の間だけ、猫に変わる。


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