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007 希望の光

 全校生徒と全教職員。

 そして学園で働く用務員。

 僕は理事長に言われたとおり、全ての人間を『解析』した。


「……もう……駄目だ……」


 最後の一人を解析し終えた僕は、そのまま前のめりに倒れてしまう。

 地面に激突するかと思った瞬間、大輝が僕を支えてくれた。


「あ、ありがとう大輝……」


「お疲れ、優斗。頑張ったな」


 そのまま一緒に体育館の床へと座る。

 僕はその横で大の字に寝転がった。

 この床の冷たさが、今は心地が良い。


「良く頑張りましたね、藍田くん。色々と話を聞きたいところですが、今は休んでください」


 理事長の言葉にほっと胸を撫で下ろす。

 でも、なんだか心地良い疲れだ。

 この心地良さも含めて、理事長の『教育』による効果なのだろうか。

 そっと耳を傾けると、僕が『解析』をした生徒らの、興奮冷めやらぬ声が聞こえてくる。

 あちらこちらで、各自が得られた能力の検証や、得られた『知識』に関する考察が行われている。

 僕は目を瞑ったまま、それらの声を聞き流す。


「お兄ちゃーん!」


 遠くの方から妹の楓の呼ぶ声が聞こえてくる。

 でも今は動けない。

 このまま、眠ってしまいたい――。


 そして僕は、いつの間にか眠りに落ちてしまっていた。





「ん……」


 目を覚ます。

 西日が顔に当たり、眩しさに目を細める。


「ああ、目覚めましたか」


「ここは……?」


 起き上がり辺りを見回すと、見たことのある部屋のソファに寝かされていたことに気付く。

 ここは……理事長室……?


「もう、優斗ったら……。あの後、ちゃっかり眠っちゃったから、大輝がおんぶしてここまで運んでくれたんだよ?」


「よほど疲れたんだね……。里香ちゃんが悪戯してもぜんぜん起きなかったし――」


「ちょっと、瞳! 余計なことを言わないでよ!」


 慌てた様子の里香と逃げ回る瞳。


「お前ら……。ここが理事長室だってこと忘れてないか……」


 大輝がやれやれといった仕草で笑いながらそう答える。

 僕も釣られて笑いながら、もう一度辺りを見回す。


「あれ……? 楠先生と楓は?」


「楠先生は職員室に戻ったぜ。楓ちゃんも、たぶん教室に戻ったんじゃね?」


「そう、か……」


 楠先生は今後の方針かなにかを、職員同士で話し合っているのだろうか。

 楓はさっき僕を呼んでいたから、あとで中等部に顔を出すとして――。


「すいませんでした、伊ノ浦理事長。僕に話があるから、この部屋のソファで寝かせてくださったのですよね」


 僕がそう切り出すと、騒いでいた里香たちも大人しくなった。

 皆ソファに座り、僕と理事長の話に耳を傾ける。


「いいえ。君にいきなり1000名近くの人間の『解析』をお願いしたのは私です。無茶をさせてしまい、申し訳なかった」


 そう答えた理事長は僕に深々と頭を下げる。


「や、やめて下さい……! 僕だってみんなの為に協力できるのなら、出来る限りのことをするつもりでしたから……」


「おー、流石は優斗。優等生だねー」


「もう! 里香は黙ってて!」


 僕がそう叫ぶと大輝と瞳が笑う。

 頭を上げた理事長まで、口を押さえて笑っている。


「そう言ってもらえると私も助かります。それで、早速で申し訳ないのですが、いくつか質問があります」


 表情を戻し、理事長が身を乗り出してくる。

 僕も表情を引き締め、質問に応対する。


「まず、982名の生徒及び教職員についての解析結果なのですが、全員別々の・・・・・JOBだった・・・・・・ということで間違いはないのですね?」


「はい。一人一人のメモは取らなかったのですが、全員違うJOBだったことは確かです」


 クラスメイトを全員解析したときはJOBとSKILLをメモし、楠先生に提出した。

 しかし今回の目的は、僕の『解析』により、あくまで生徒や教師らの能力を開花させることだった。

 個々のJOBの情報が必要ならば、本人達に聞けばすぐに判明する。

 『解析』をした時点で、各々の能力について、各個人が『知識』として把握できているはずだ。


「やっぱみんな違うんだな……。でも、どうしてだろうな。少しくらい被ってたって不思議じゃないのにな」


 口を挟む大輝。

 その言葉に里香と瞳が同調する。


「それは恐らくこの『JOB』というものが、個人個人の『特性』と密接に関わっているからでしょうね。『人は一人として同じ人間はいない』、ということなのでしょう」


 大輝に向かい、自論を展開する理事長。

 『人は一人として同じ人間はいない』、か……。

 ならばJOBとは『人そのものを指す言葉』なのだろうか……?


「次の質問です。藍田くんが解析した中に、これらに関係する能力を持つ人材はいましたか?」


 理事長は一枚の紙をテーブルに広げた。

 そこに書かれていたのは以下のような箇条書きだった。


------

・水を作り出す能力者

・火を作り出す能力者

・電気を作り出す能力者

・薬を作り出す能力者

・建築技術の長けた能力者

------


「これは……?」


 横から紙を覗いた里香が理事長に質問する。


「見てのとおりですよ。982名もの人間が別々の能力を持っているのです。であるならば、これらの能力を持った人材いたとしてもおかしくはないと思いましたので」


「もしかして……私達の当面の生活に・・・・・・必要な能力を・・・・・・持った人材・・・・・ということでしょうか……?」


 今度は瞳が理事長に質問する。

 生活に必要な能力……?

 それってまさか――。


「ご名答。皆さんも知ってのとおり、すでにライフラインは断絶されています。我が学園も大規模災害に対する備蓄はしてありますが、1000名もの人間が生活していけるほどの量は確保できていませんので……」


「え? じゃあ、食料とか水とかが足りないってことですか……?」


 目を見開いた大輝が口を挟む。


「そうなりますね。だからこそ、まずは飲料水の確保、次に食料の確保が最優先となります。それにまだ夜は冷えますので火の確保。電気を使える能力者がいるのならば、設備が動かせるので助かりますし、塀の外にいる魔獣もいつまでも抑えられるとは限りません。学園の設備を強化できる能力者などもいてくれると助かるのですが……」


「『薬を作り出す能力者』というのは、怪我や病気による対処のためという訳ですね」


「ええ。この異世界には、我々のいた世界とは違う病気が流行しているかもしれません。それに対処できずに未知の感染症が拡大してしまうというのも恐ろしいですからね」


 理事長の説明に感嘆の溜息をもらす僕ら4人。

 あの短時間で、ここまでのことを考えていたとは驚きだ。

 僕は記憶を遡る。

 たしか――。


「……たぶんですが、それらに該当する人達が居たと思うのですけれど……」


 一人一人『解析』をしながら、個々のJOBを口に出して確認したはずだ。

 でもさすがに1000名近くの人間のJOBを覚えてなんて――。


「……1年3組の友原恵理子ともはらえりこが『水魔士ウォータークラン』、1年5組の三浦美香子みうらみかこが『炎術士フレイムマスター』、うちのクラスの木田武則きだたけのりが『雷瞑士サンダーブラスター』、中等部3年5組の相羽有紀あいばゆきが『薬士メディサー』、物理の島田先生が『建築士アーキテクト』……」


「え、ちょ、瞳……!? なにそれ……!?」


 まるで呪文を呟くかのように、名前とJOBを羅列していった瞳。

 その様子を見て里香が目を丸くしている。


「確か君のJOBは……」


「……はい。私は『算術士アリスメティック』です……。あの……、優斗くんが解析しているとき、ずっと横で聞いていたから……」


 顔を真っ赤にして下を向いてしまう瞳。

 『算術士アリスメティック』……。

 そうだ。SKILLは確か、『暗記』――。


「す、すげぇ! 瞳、マジすげぇ! ていうか理事長が求めてた人材っぽいのを、いきなり見つけちまったな……!」


 ソファから立ち上がり興奮して叫びだす大輝。


「早速、各クラスの教員に確認を取らせましょう。島田先生のほうには私から直接連絡をしてみます」


「あ、それなら武則のほうは僕から話をしておきます。きっと協力してくれると思いますので」


「助かります。本当に、君がいてくれて良かった」


 そう言った理事長は僕の前に右手を差し出す。

 僕は照れながらもその手を握る。


「おっしゃあ! いっちょやったるか! 魔獣だか異世界だかしらねぇけど、俺達は絶対に生き残ってやらぁ!」


「ちょっと大輝……! いきなり耳元ででかい声出さないでよ……!」


「……優斗くんの役に立てて……良かった……」


 三者三様の彼らに苦笑する僕と理事長。

 でも、わずかに希望の光が見え始めたのは事実だ。

 

 これからきっと忙しくなる――。


 理事長室の窓から日の落ちかけた空を眺め、僕はひとり、心の中でそう呟いた。
















第一節 平穏な日常は終わりを告げた fin.


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