006 全校集会
理事長の指示で中等部、高等部、各教員室に新たな校内放送が響き渡った。
さきほどまでずっと流れていた、『危険』を知らせる放送ではない。
全校集会を開く――。
その言葉に、どよめきにも似た声が各教室から漏れ出した。
一体なにが起きたのか。
敷地の外に見える魔獣の軍勢は何なのか。
疑問と不安を胸に、全ての生徒と教員、用務員らは神妙な面持ちで体育館へと集合した。
「お兄ちゃん!」
「あ……。楓……」
中等部の集団の中から妹の楓が涙を浮かべながら駆け寄ってくる。
そしてそのまま僕の胸へと飛び込んできた。
「良かった……! 無事で良かったよぅ……! うわあぁん!」
「ちょ、分かった……! 分かったから、みんな見てるからやめろよ……!」
引き剥がそうにも、僕の非力な腕力では楓を引き剥がせない。
僕の制服は楓の涙でびしょびしょだ。
ふっと笑みを零した僕は、楓の頭を撫でてやる。
「おーおー、兄妹愛をこんなに堂々と見せつけられても困っちゃいますよね、里香さん」
「ええ、大輝さん。なんだかこう、無性に優斗の頭を叩きたい衝動に駆られてしまいますね」
僕らのすぐ横で、なぜか夫婦漫才みたいなことをやっている大輝と里香。
その様子を見て楠先生と瞳が吹き出してしまった。
……他人事だと思って……。
「ぐす……。だって……だって、お兄ちゃんにもしもの事があったら、わたし……」
「分かったから。もう泣くなよ楓」
そう言い、諭すように楓の目を見た瞬間。
いつものステータスが浮かび上がってしまったわけで――。
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NAME カエデ
LV 1
HP 6/6
AP 3/3
MP 3/3
ARTS -
MAGIC -
SKILL 『歌姫』
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「あ……」
「楓のSKILLは『歌姫』か。なるほどね……」
僕はいつものように瞬きをする。
まるで画面が切り替わるように別のステータスが出現する。
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NAME カエデ
JOB 声奏士
WEAPON(R) -
WEAPON(L) -
BODY 私立伊ノ浦学園の制服
WAIST 私立伊ノ浦学園の制服
SHOES 茶色の革靴
ACCESSORIES ギターのピック
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「楓ちゃんのJOBはなんだったの?」
僕と楓の様子を見て、なにが行われたのか瞬時に理解した里香が声を掛けてくる。
「『声奏士』だって。楓は軽音部に所属しているから、大体の予想はついていたけれどね」
「へー、『声奏士』かぁ。一体どんな能力なんだろうな」
目をぱちくりさせている楓をよそに話し込む僕達。
「楓ちゃん、びっくりさせてごめんね。後で理事長からしっかりと全校生徒に向けて説明があると思うから」
「は、はい……。でも、なんとなく分かります……。特別な『力』を手に入れたんだっていうことは……」
楠先生の言葉に素直に返事をする楓。
やはり皆と同じで、僕が『解析』をした瞬間、ある程度は『自分の状態』を理解したみたいだ。
「もしかして、お兄ちゃん達はこの『力』を持ってたから、あの獣をやっつけられたの?」
「え? どうして獣をやっつけたことを知っているんだ、楓?」
「だって、もう噂になってるよ? 校内に紛れ込んだ獣がいて、高等部のほうに向かって行ったのを見たって生徒もいっぱいいたし」
「そうなのか?」
意外な事実に驚く僕。
「……確かに、普通に考えたらそうかもね。あの時、全ての学園の生徒たちが教室に居たわけでは無いだろうし」
「楠先生の言うとおりだぜ。グラウンドにいた奴も体育館にいた奴もいるはずだしな」
「じ、じゃあ、もしも運悪くあの紛れ込んだ獣に遭遇していたら……」
大輝の言葉に震え上がる瞳。
「そうね。それに、たまたま正門に用務員さんがいたから、獣の群れを見つけて、慌てて門を閉めてくれたのだろうし。もしもあの時、門の近くに誰も居なかったら今頃どうなっていたか分からないわよね……」
「……」
楠先生の言葉に皆が黙ってしまう。
幸運に幸運が重なったからこそ、今、こうやってお互いの無事を確認できるのだ。
楓が泣いてしまうのも無理はないのかもしれない。
「あ、そろそろ理事長の話が始まるみたいだぜ」
大輝の言葉で体育館の壇上に視線を向ける僕ら。
「じゃあ、私も教員たちの所に戻るから。また後でね」
手を振り、他の先生達が集まっている場所に向かう楠先生。
僕らは一列に整列し、理事長の言葉を待つことにした。
◇
壇上に上がる理事長。
若くして先代より伊ノ浦学園を引き継いだ御曹司だという噂だが、つい先程話をするまでは僕とはまったく縁の無かった人物だ。
理事長どころか、校長先生や教頭先生と話すことだって滅多に無い。
理事長は拡声器のようなものを抱えている。
恐らくマイクの電源が繋がらないのだろう。
すでに電気の配給は止まっていると、理事長自ら教えてくれた。
拡声器からはノイズに混じった理事長の声が体育館中に響き渡る。
皆、しんと静まり返り、理事長の言葉に耳を傾けている。
『――という経緯で、一時的ではありますが安全を確保できたものと判断しています。ですが、敷地の塀もどれだけ持つかは正直分かりません。早急に対処をするために、ある生徒の力がどうしても必要となります』
一通りの説明を終えた理事長は、そこで言葉を止めた。
徐々に生徒らがざわつき始める。
『異世界に転移』。
『ライフラインの断絶』。
『魔獣に取り囲まれた現状』。
僕らに突きつけられた現実は、あまりにも残酷だ。
「(なあ、優斗。『ある生徒の力』って……)」
「(……うん。たぶん……)」
大輝の言葉に緊張の面持ちでそう答える僕。
しかし、こういう展開になることはあらかじめ予想はしていた。
でも、だからといって覚悟が出来ているわけではない。
『藍田優斗くん』
ふいに拡声器から自分の名前が呼ばれ、心臓が飛び出しそうになった。
全校生徒の視線が、僕に一点集中する。
「うわ、なんか俺……。鳥肌立ってきた……」
緊張で固まっている僕を尻目に、同じように緊張しているようにも見える大輝。
「ゆ、優斗……! がんばっ!」
後ろのほうから里香の声援が聞こえてくる。
「優斗くん……! 頑張ってください……!」
そのすぐ前に立っている瞳も声援を送ってくれる。
僕は声が震えないようにしながら、遠慮がちに返事をする。
『壇上に上がってきてもらえるかな』
「は、はい……」
二回目の返事は思いっきり声が震えてしまった。
その様子を見た大輝が僕の尻をバチンと叩く。
「いて!」
「ガツンと行ってこい! リーダー!」
「……誰がリーダーだよ……」
痛む尻を擦りながら、でも内心は大輝に礼を言う僕。
僕なんかより、よっぽどこいつのほうがリーダーに向いている。
一歩、また一歩と、僕は壇上へと近付いていく。
階段を登る途中で楠先生と目が合った。
ニコリと笑ってくれた先生は、口の動きだけで「がんばって」と伝えてくれる。
大輝も里香も、瞳も楠先生も。
みんなが僕を応援してくれている。
その期待に、頑張って応えなくては――。
壇上に上がり、理事長に会釈する。
軽く微笑んでくれた理事長は、もう一度生徒らに振り返り拡声器を口に当てた。
『これから私たちがこの世界で生きていくには、彼の力が必要です。これから、全生徒および全教員、用務員は、一人一人、彼に力を授けていただきます』
理事長の言葉に体育館中にどよめきが広がった。
しかし、そのどよめきはすぐに収まる。
まるで魔法にでもかけられたみたいに。
あれだけ騒がしかった体育館は、いつもの静けさに戻ってしまった。
「ふふ、面白いものですね。SKILLというのは……」
「……まさか……『教育』のSKILLを?」
理事長のJOBである『教学士』のユニークスキルである『教育』。
僕が『解析』で見たその効果は『一時的に相手に強制力のある任意行動をとらせることが出来る』というものだった。
理事長はそのSKILLを使い、拡声器を用いて約1000人いる生徒や教師らに任意行動をとらせたのだ。
「さあ、藍田くん。自分のペースで構いません。ここにいる生徒や教師らの、秘められた力を解放してあげてください」
「は、はい」
強制的に言われたわけではないのに、身体が理事長の言うとおりに行動しようとしている。
もしかしたら理事長は、僕にも『教育』のSKILLを使ったのかもしれない。
でも決して嫌な気分ではない。
教師が教え子に優しく説くように。
問題解決までの糸口として道標を作るように――。
壇上から降りた僕は、整列している生徒らに視線を向ける。
これから約1000名の人間を『解析』する。
この異世界で、生き残るための『解析』を――。
〇『歌姫』
声奏士のユニークスキル。
歌声が響いている最中はHP、AP、MPが自動で微回復していく。
戦闘中のみ使用可能。
レベルアップにより効果が増大する。