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051 皆からのプレゼント

「……ん。あれ……? もしかして僕、気を失ってて……」


 西日が差し込む部屋の中で、僕は目を擦りながら起き上がる。

 いつの間にか暖かい布団の中で包まっていたらしい。

 ……ところで、ここは一体誰の部屋なんだろう。


「ああ、起きましたか。ごめんなさい。ビックリしたでしょう?」


 お盆に三つの陶器を用意して扉を開けたのは、高等部三年五組の佐々木奈緒美ささきなおみ先輩だ。

 ということは、この畳の部屋は奈緒美先輩の――。


「ふふ、違うわよ。ここは書道部の部室。京一郎が気絶した貴方を担いで運んできたときはビックリしたけれど」


 僕の心を読んだのか、奈緒美先輩はクスリと笑ってそう言った。

 照れ隠しに慌てて飛び起きた僕は、先輩に頭を下げて部室を出ようとする。


「あら、せっかく抹茶を入れたのに飲んでいきませんの? 京一郎もそろそろ様子を見に戻って来ると思いますけれど」


「あ……。じ、じゃあお言葉に甘えて……」


 僕がそう答えると奈緒美先輩はちゃぶ台にお盆を置いて立てたばかりの抹茶を僕に渡してくれる。

 何となく正座をしたほうが良い気がして、僕は姿勢を正して席に付いた。

 陶器に口を付けると抹茶の苦味と香りが広がり、僕の気持ちは落ち着いてくる。

 その様子を嬉しそうに眺めている奈緒美先輩。


「あ、あの、つかぬことをお伺いしても良いでしょうか……?」


「ええ、もちろん。それと、そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ」


 僕の仕草や口調が可笑しいのか、奈緒美先輩はまたクスリと笑ってそう言った。

 どうやら僕はこういう落ち着いた雰囲気の場所にあまり慣れていないらしい。

 ……まあ昔から里香や大輝のような人間と一緒にいたら、そうなって当然とも言えるかも知れないが。


「南先輩と佐々木先輩は、その……どういった御関係、なのかなって」


「御関係? ……ああ、そうですよね。『京一郎』なんて呼び捨てで呼んでいますものね」


 僕が言いたいことを理解してくれたのか、奈緒美先輩は少しだけ考えた素振りを見せた後、再び口を開く。


「私と京一郎、それに貴方も良くご存じの看取みとりやよいは保育園に通っていた頃からの幼馴染なの。それぞれの実家も近いし、昔はよく三人で京一郎の家で遊んだり、お互いの家族総出でキャンプに行ったりもしたわ」


「へぇ、そうだったんですか。そう言えばやよい先輩も南先輩のことを呼び捨てにしてましたよね」


 今までずっと、南先輩とやよい先輩が付き合っているのものだと思っていたが、そうでは無さそうだ。

 言ってしまえば僕と大輝、里香のような関係なのかもしれない。


「貴方達後輩を見ていると、昔を思い出すんです。毎日が楽しくて、キラキラと輝いていて――。でも、今はこういった状況になってしまって、いつ元の世界に戻れるかも分からない。私達先輩が皆の不安を取り除いてあげられれば良いのですが、それすらも貴方一人に押し付けてしまっている」


「そんなことは――!」


「……そんなことは無いと、藍田なら言うだろうな」


 僕が答えようとしたのと同時に、部室の襖が開いた。

 そこには大柄な生徒――南先輩の姿が。


「あら、今日はもうお仕事は終了ですか?」


「……ああ。もう日も暮れるしな。だがお前も予想していたのだろう? 俺がそろそろ藍田を迎えに来る頃だと」


 靴を脱ぎ部屋に上がった南先輩は、そのまま何も言わずに僕の向かいの席に座った。

 そしてまるで流れるようにお茶を出す奈緒美先輩。

 まるで熟年の夫婦みたいだ。阿吽の呼吸が凄い。


「……奈緒美。お前は何でも自分で背負い過ぎだ。それもこれもお前が生徒会長である所以・・・・・・・・・なのだろうが、学園ごと異世界に転移してしまったことまで、自分でどうにかしようと思っても無駄だと思うが」


「いいえ、無駄ではありませんよ。私はやよいのように戦う力もないし、京一郎のように強力な武具を作成して皆の命を守ることもできません。ようやく自分の能力を理解し使いこなせつつありますが、それでもまだ足りない。私はもっと極めたいのです。この紋章士エンブレイマーという力を」


「能力を、極める……」


 奈緒美先輩は真剣な面持ちで僕を見つめてくる。

 なるべく彼女の目をじっと見つめないように視線をずらし、僕は再び彼女は口を開くのを待った。


「ええ、『極める』――。自分に与えられた能力を否定せず、ただひたすらにそれを極める。きっとそれが結果的に皆を助けることに繋がると思いますし、現実世界に戻るためにも重要なことの一つだと思うんです。ふふ、これなら貴方も否定できませんよね?」


「……ううむ」


 抹茶を飲み干した南先輩はそのまま腕を組んで唸ってしまった。

 どうやら最後は奈緒美先輩が言い負かせて終わるらしい。

 ここにやよい先輩が加わるとまたどうなるのかは興味があるところなんだけど――。


「どうしましょう、佐々木先輩。レベルアップはされますか?」


「ええ、お願いします。それと――」


「……ああ。もう出来てるぞ・・・・・・・。まったく……。俺は急な仕事は受け付けない主義なんだが」


「?」


 奈緒美先輩の目を見つめ、彼女のステータスを表示させている間、何やら大きな紙袋から装備を取り出した南先輩。

 藍色をしたスマートホンくらいの大きさの見慣れない機器だ。

 これは、もしかして――。


「調べてみろ。お前ならすぐに分かるんだろう?」


「は、はい……!」


 南先輩に手渡された機器を僕は凝視する。


------

【藍眼幻魚の解析具】

Dexterity 1550/1550

Avoidance 900/900

Critical 150/150

Emblem 『回避力600上昇』『器用さ1000上昇』

Unique Emblem『解析精度500上昇』『解析速度450上昇』

Durability 100/100


EX

藍眼幻魚の貴重な素材を使った解析具。

ユニーク武具のため解析士アナライザーにしか装備不可能。

紋章士エンブレイマーの能力次第により武具の本来の力を覚醒可能。

------


「これは……!」


「ええ、貴方にプレゼントです、藍田君。三年生の皆で素材を集めるところから準備したんですよ」


「……藍眼幻魚は氷海エリアの奥地にしか生息しない貴重な魚モンスターだからな。素材集めには苦労したぞ


 僕は生唾を飲み込み、スマートホン型の武具を装備してみる。

 力が湧き上がる、この感覚――。

 解析の能力が一気に上がったような高揚感――。


「で、でもこれって、僕にだけこんな高価な装備を……」


「……新井先生や木田、それに田子浦先生も関わってくれた。もちろん理事長には許可を貰ってるし、問題ない」


「貴方は常に最前線で戦っているのですもの。これくらいのことは先輩として、いえ、生徒会長としてさせていただいて当然だと思いますわ」


 新井先生や武則、それに田子浦先生まで……。

 そうか、だからスマートホンのような形の装備なのだろう。

 恐らくレイアウトはパソコンが得意な田子浦先生が、そして新井先生や武則が行っていた電磁波の実験の成果もこの武具に――。


プルルルル。プルルルル……。


 と、不意にスマホから音が流れた。

 僕は慌てて顔を上げて二人を交互に見つめる。


「ふふ、出てごらんなさい」


「は、はい……!」


 震える手でスマホを持ち、画面のコールボタンに指を触れてみた。


『あ、もしもしー? 聞こえる、優斗ー?』


「里香!?」


『うわ、ビックリした!! ちょっとぉ、急に大きい声で喋んないでよ! 鼓膜が破れると思ったじゃない……!』


「あ、ご、ごめん……」


 つい通話口に向かって大声を出してしまい里香に謝る。

 それを見て笑う南先輩と佐々木先輩。


『その様子だと、奈緒美先輩のプレゼント作戦も無事に成功したみたいね。ちょうど良いわ。今私達、理事長室にいるんだけど、そのまま来てくれない? 理事長がお呼びだから』


「理事長が? ……うん、うん。分かった。じゃあすぐに行くよ」


 少しだけ里香と話し、通話ボタンを切る。

 どうやら重要な話があるらしいのだけれど、今更ながら理事長室からの電話だったとは驚きだ。

 つまり、すでに学園で携帯電話の・・・・・使用が・・・可能となった・・・・・・証拠――。


「あの、もしかして学園外でも携帯を……?」


「……ああ。エリアによっては通話が不可能な場所もあるようだが、学園も含めほとんどのエリアで使用できるように受信基地局まで建設されたからな。お前がボーっとしている間に教師達が一丸となって進めていたプロジェクトの一部が完成したというわけだ」


 南先輩に言われ、僕は自身の不甲斐なさを反省する。

 確かに水泳大会が終わってからの一週間、僕はずっと周りが見えなくなっていた。

 そんな中でも皆は必死に元の世界に戻ろうと頑張っていたことを改めて痛感した。

 こんなことでは理事長に会わす顔が無い。

 でも――。


「ふふ、気持ちが吹っ切れたみたいですね。それでこそ藍田君です」


「……行ってこい。俺達が今お前に出来ることは、これで全てだからな」


「はい……! 今日は本当に、ありがとうございました……!」


 二人に深く頭を下げて、僕は部室を飛び出していった。

 

 太陽の日が校舎に遮られ、辺りはもう薄暗くなっている。

 でも僕の気持ちはすっかりと晴れた。

 美香子にも、皆にも、しっかりと向き合おう。


 そして力を合わせて、いつかきっと現実の世界に――。



 

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