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050 能力に己惚れるな

「おーい、優斗。聞いてんのかよ。……? 優斗? おい、優斗。…………優斗!!」


「え? あ、ごめん。何だっけ……?」


 放課後の教室。

 今日は一日、定期的に行われる主要五教科の臨時授業の日だ。

 僕らがまだ現実世界にいた時と同じように、一時限目から五時限目まで授業が行われ、放課後は各々の部活の時間や所属する委員会の業務に充てられる。

 里香は陸上部、瞳は図書委員、大輝は柔道部。

 今声を掛けてきている武則と僕は帰宅部である。


「どうしたんだよ優斗。お前、先週の水泳大会が終わってから、ずーっとそんなんだぞ。ボケーっとしているっつうか、『ここに心おらず』って言うやつ? そんな感じ」


「……武則。それを言うなら『心ここに有らず』だよ。この前の国語のテストでも出たばかりだし」


「なんだ。ちゃんと突っ込みはできるじゃんか。みんな心配してるんだぞ? 何か悩みごととかあるんなら、話しちゃえばいいだろ。一人で抱えてたって何にもなんないんだし」


 柄にもなく武則は真剣な面持ちで僕の目を見つめてそう言ってくれる。

 彼に心配されるようであれば、相当深刻な状況だと皆に思われているのだろう。

 しかし、僕はこの一週間、ずっと悩み続けている。

 何故なら、十六歳になったばかりの僕は今、初めての経験に困惑しているからだ。


 ――正直、異世界に飛ばされた日よりも驚いたかも知れない。


 まさか僕が・・・・・女の子に・・・・告白される日が・・・・・・・来るなんて・・・・・――。


「あー、駄目だ。まーた自分の世界に入っちまった。おい、優斗。俺も暇じゃないし、これからまた新井先生んとこに行って実験に付き合わないといけないから、お前も一人で悩んでいないで……って聞いてねぇし。はぁ……まあ、頑張れよ」


 それだけ言い残した武則は教室を出て行った。

 一人残された僕の脳裏には、彼女の姿が映し出される。


 三浦美香子みうらみかこ。セミロングの黒髪。背丈は僕より少し低いくらい。

 前髪で目を隠しているから良く分からなかったが、他の男子生徒らはそこもすでにサーチ済みのようだ。

 まれに前髪を掻き分ける彼女の姿を何度か目撃した男子生徒らは、その可愛らしさに絶句するらしい。

 先の水泳大会で一躍有名人となった美香子だが、それでも今までと大きく変わった様子は見られない。

 ――変わってしまったのは、僕のほうだろう。

 あの告白・・から、僕は美香子とまともに話すことすらできなくなってしまった。

 当然、返事もしていない。僕らは何も進展しないどころか、後退している。

 友達になろうと言ったのに、友達として接することもできない。

 まともに顔を見ることもできず、僕はこの一週間ずっと彼女を避けてきた。


「…………はぁ。ホント、駄目だな、僕って…………」


 深く溜息を吐き、そのまま机に伏して目を閉じる。

 僕には好きな人がいる。楠涼子先生。中等部の頃から憧れていた先生。

 高等部に進学し、入学初日に一年二組に配属と書かれた張り紙を見た瞬間、僕は神様に感謝したほどだ。

 クラスの担任が楠先生なら、毎日会える。学園生活がきっと楽しくなる。

 ずっとそう思っていたし、異世界に飛ばされた今だってそう思っている。

 なのに、僕は――。


「………ああ、もう! こんなんじゃ、皆に迷惑が掛かるだけだろ! 優斗!」


 バンと机を叩き、椅子から立ち上がる。

 こうやって自分を奮い立たせなければ、頭がどうにかなってしまいそうだ。


 僕は机の中の鞄を持ち出し、教室から勢い良く飛び出した。





「……それで俺のところに来たわけか」


 体育館の裏手に建てられた各技術職の能力者によるお店の一つ、『南刀鍛冶店二号店』と大きく書かれた暖簾をくぐり、僕は建物の中にあるテーブルに伏している最中だ。

 店主の南先輩が温かい珈琲を二つ用意し、一つをテーブルに置いて僕に差し出してくれた。

 何かと悩み事があると、僕はいつも南先輩に相談してしまう。

 彼はカウンターの向かいに座り、僕が話を再開するのをじっと待っている。

 以前は体育館の中に臨時で建てられた作業場だったが、こうやって体育館裏の敷地を利用して本当の店のように営業できるくらい、僕らの能力を使った技術はこの半年間で進歩した。

 当然、南先輩が作ってくれる武具の質もかなり上昇している。


「……まあ、俺が話を聞いたところでどうにかできる問題でもなさそうだが……そうだな。報酬は前払い・・・・・・ということで良ければ聞いてやらんでもないが」


「前払い? ……ああ、そういう意味ですか」


 僕が聞き返すと、普段無表情の彼がニヤリと笑った。

 『報酬』、つまりステータスの更新だ。

 僕は南先輩の目を見つめ、彼のステータスを表示させる。


------

NAME キョウイチロウ

LV 312

HP 4255/4255

AP 148/2512

MP 0/0

ARTS 『武器破壊 LV.99』『武器修復 LV.80』『防具修復 LV.46』『武具素材還元 LV.19』

MAGIC -

SKILL 『武具作成』

------


 そして僕はそのまま瞬きをした。


------


NAME キョウイチロウ

JOB 鍛冶士ブラックスミス

WEAPON(R) 怒猪獣の角槌+12

WEAPON(L) ---

BODY 私立伊ノ浦学園の制服

WAIST 私立伊ノ浦学園の制服

SHOES 黒い革靴

ACCESSORIES 鍛冶強化の御守

------


「……ふむ。まあ、こんなものか。前払いで報酬を貰ったからには、俺も仕事をこなせばならん。話してみろ」


「……はい」


 珈琲を一口飲み、僕はこれまでの経緯を全て南先輩に話すことにした。

 楠先生のことを話すべきかは一瞬躊躇したが、それも含めて話さないことには彼の判断材料が乏しくなる。

 僕は一体どうしたら良いのか。美香子とどう接したら良いのか。

 人生経験が豊富な南先輩なら、きっと良い答えを教えてくれるだろうと期待してしまう。


「……そうか。それはまた、羨ましい話だが」


「ちゃ、茶化さないで下さい……! 僕は本気で南先輩に相談を――」


「茶化してなどいるわけがないだろう。藍田。まずは一つ教えてやろう。お前は自分の力を過信している」


「力を過信? 僕が?」


 いきなり先制パンチを喰らった気分で、僕はつい大きな声で聞き返してしまう。

 力……? つまり、僕の『解析』のことを言っているのだろうか……?


「……お前の能力は他人を解析する、つまり『見る力』なわけだ。お前はその能力を得たが故に己の力を過信してしまった。はっきりと言ってやろう。お前には全然『見る力』など、無い」


「!」


「……少々言い方がキツイかもしれんが、これはお前に限らず俺にだってあることだ。俺は鍛冶士だが、当然お前らの命を守る武具を作っているという自負がある。だが実際は俺の作った武具が敵の攻撃に耐え切れずに、お前達の命を危機に晒すことだってあるだろう」


「そ、そんなことは……」


「……無い、とは言わせないぞ藍田。お前ら異世界調査班は常に最前線で戦っている。そして壊れた武具を俺のところに持ってくる、の繰り返しだ。その破壊状況を見れば一歩間違えれば命を落としていたかもしれない状況だとすぐに分かる」


 そう語る南先輩の表情はいつにもなく真剣だ。

 僕らは常に死と隣り合わせ――。

 考えないようにしてはいるけど、目を逸らすことは決してできない。


「……つまり、俺も修練の日々だということだ。己の力を過信せず、日々変化する日常に自身が追いつけるよう努力する。なかなか難しいことだが、慣れてくれば不可能なことではない。……話を戻そう。お前には見る力があって、見る力が、無い。つまり他者の能力を・・・・・・知ることは・・・・・できるが・・・・他者の心を・・・・・知ることが・・・・・できない・・・・


「他者の……心?」


「……そうだ。現にお前は周りから自分がどういう目で・・・・・・見られているのか・・・・・・・・を知らない。それは、お前が他者を能力で判断することに慣れてしまったからだ。『能力の副作用』と言い換えてもいい。だから他者の心に鈍感になり、気持ちが分からないから苦悩する。はっきりと言おう。お前の鈍感さは異常レベルだ」


「い、異常……? そんなに、ですか……?」


 こうやって面と向かってはっきりと断言されると、もう何を信じて良いのか分からなくなってしまう。

 僕の鈍感さは異常――。

 つまり、他人の気持ちに気付けないばかりか、それが原因で大勢の人間を傷付けてしまう――?


「……はぁ。まあ良い。こんなことを言ったらまたやよいに怒られそうだが……教えてやろう。いいか、藍田。気をしっかりと保てよ」


「は、はい……!」


 そう言った南先輩は深く息を吸った。

 これ以上僕にどんな過酷な内容が通達されるのだろう。

 知らず知らずの内に他人を傷付けているだけではなく、それ以上に残酷な内容が――?


「……寺島里香。那美木瞳。友原恵理子。相羽有紀。日高澪。濱田小百合。それに上杉彩芽や鏡愛梨沙、やよいだってそうだろう。中等部、高等部関係なく他の女子生徒も含めて――」


「ゴクリ……」


 南先輩の次の言葉を聞いて、僕は気を失いそうになった。



「――皆お前のことが好きだと言っているのに、お前だけが気付いていないのだ」



 ――いや、僕はもう気を失ってしまっていた。




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