049 季節外れの水泳大会(後半)
「うっひゃーーー! なんじゃこりゃーーー!?」
学園を出発した僕らは、新エリアである『アクアランド』に到着した。
砂漠エリアを南南東にしばらく歩くと、現れる繋ぎ目を跨いで到着したそこは、まるで常夏のように暑く、またエメラルドブルーの湖がいくつも連なっている不思議な空間だ。
周囲に視線を向けると飛び込み台にちょうど良い高さの崖もあったり、浅瀬になっている場所、日影がある場所、大人数で食事ができそうな開けた場所など、もはや自然に出来たレジャー施設と言っても過言ではないだろう。
一番乗りで到着した僕と里香、大輝、武則、瞳の五人の班は、その壮大な風景に見惚れてしまう。
「瞳。日焼け止め塗っておいたほうが良いよ。前にここを発見したときも、すぐに肌が焼けちゃったから」
「う、うん……。それにしても凄いよね、このエリア……。あ、里香ちゃん……! まだ皆が来るまで遠くには行かないほうが――」
瞳の忠告が聞こえなかったのか、奇声を上げて浜辺を走って行く里香。
大輝と武則も彼女に続いて服を着たまま湖に飛び込んでるし……。
ホント、彼らのあの元気は一体何処から来るのか。『解析士』の僕でも分からない……。
「うわ、すげぇ!」
「キャー! 何ここ……!」
続々と到着する学園の生徒達。
今回は中高全ての生徒と引率の教師が数名だけの参加なので、僕らのように異世界探索に慣れているメンバーは臨時で緊急時対策班として抜擢をされている。
――が、同じく緊急時対策班である里香や大輝のあの様子を見る限り、僕や瞳がしっかりしなければ緊急時に迅速な対応をするのは困難だろう……。
「……皆、凄く目が輝いてるね。やっぱり、たまにはこういうのがないと、毎日が窮屈で仕方がないもんね」
「うん。僕ら異世界調査班ですら学園と砂漠を行ったり来たりするのが精一杯だからね。皆、家族のことも心配だろうし、やりたいことも自由にできない。いつ現実世界に帰れるかも分からないっていう不安定な精神状態のままで、これからも無事に学園生活を送れる保証もない」
「……だからこそ、理事長はここを解放してくれたんだね。少しでも皆の息抜きの場所になるように」
「そうだと思うよ。いずれ島田先生に頼んで本格的なレジャー施設みたいにするらしいし。ウォータースライダーとか、筏を使って対岸に渡れるようにしたりとか」
僕がそう答えると瞳も顔を輝かせて喜んでくれる。
建前上はこの『アクアランド』は巨人対策ためのエリアということだったが、他にもモンスターが出現しないエリアが発見できればそちらに対策エリアを移すとも理事長は言っていた。
しばらくこのエリアは僕らのストレスケアに使われる可能性が高いだろう。
理事長ならばきっとそう考えるはずだ。
「はい、全員揃ったかしら! 点呼をとるから、皆ここに集まって!」
引率の楠先生に呼ばれ、僕ら全生徒は一堂に集まることになった。
◇
「やばいやばいやばいぃぃ! 水着、水着、水着ぃぃぃ!!!」
「落ち着け、武則……! 気持ちは分かるが、あまり興奮すると鼻から電気じゃなくて血が噴き出すぞ……!
」
水泳大会が始まってちょうど一時間。
皆各々の水着を着用し、泳ぎを楽しむ者、飛び込み台で飛び込む者、日焼けを楽しむ者など様々だ。
どこから持ってきたのかビーチボールで楽しんでいるグループもいる。
「水泳大会って聞いてたけど、何かスケジュールが組まれているわけじゃなかったね。昼間では自由時間で、給食はこのエリアで済ませて、午後からは――うわっ!」
「優斗よ! お前はなにこんな時まで優等生をやっているんだこの馬鹿! 周りを見ろ! 水着、水着、水着なんだぞ!!」
緊急時対策班に配られた用紙を僕から奪った武則は、似合わないサングラスの隙間から僕の目を凝視している。
武則に『周りを見ろ』なんて言われるなんて、今日は雪でも降るのかなぁ……。
「でもそんなこと言ったって、里香は瞳を連れて他の女子達とビーチボールをやってるし、楓も飛び込み台が面白いみたいで中等部の友達と一緒に――」
「だあぁぁ! そういうことを言ってんじゃねぇ! お前は、一体、どの子の、ボッディーが、良いかって聞いてんだよ!!」
「ボ、ボッディー?」
「胸か! 脚か! それとも尻か! お前の好みはどの部分だ!」
「え、ええと……」
大輝の武則の顔が近づくにつれ、僕は徐々に顔を赤くして下を向いてしまう。
正直、意識してしまうのであまり考えないようにしてきたというのに、この二人は……。
「よーし、優斗! こうなったら俺らが仕切るぞ! なあ、武則!」
「おおよ! 大輝、頼むぜ! せーの……」
二人が一体何をしようとしているのか聞こうとしたその瞬間――。
『皆さあああーーーーん!!! 注ぅぅーーー目ぅぅぅーーーーーー!!!!』
いきなり大輝はユニークスキルの『咆哮』で大声を発し。
それと同時に武則も『放電』を発動して全生徒らの注目をこちらに向けた。
み、耳が……鼓膜が破れる……。
次第に僕ら三人の周りに人だかりが出来はじめる。
そろそろ一時間以上が経つので、皆も何かイベントが始まらないか期待していたのかもしれない。
十人が二十人、四十人。百人の人だかりが超えたあたりで大輝は大きな岩の塊の上に乗った。
「一体何なのよ、大輝。せっかく一年四組とのビーチバレー勝負に勝てそうだったのに」
『シャーラップッ! えー、お集まりの皆さん、静粛に! これより藍田優斗先生主催、伊ノ浦学園高等部・中等部合同、女子限定、水着審査会を開催いたしますっ!!』
「「「はああぁ!?」」」
大輝の言葉に大ブーイングを起こす女子生徒達。
というか僕が主催って、今初めて聞いたのにどうしてそんなことを勝手に……!
『優勝者には藍田優斗先生より、とーっても、とーっても豪華な景品がプレゼントされる予定かもしれないみたいです! さあさあさあ、投票権は今ここに集まった男子生徒諸君に、我らが同志、木田武則から配られます! その紙に貴方が気に入った水着女子の名前を記入して、用意してある投票箱に入れましょう! さあさあさあ、女子の皆さん! 我こそはと思う水着女子! スタイル抜群のそこの貴女! あの子には絶対に負けないと豪語するそこの貴女も! 優勝を狙ってアピールタイムを、宜しくお願い致します!!』
どこから用意したのか、武則は集まった男子生徒らに投票権を配り始めた。
この手際……。二人とも最初から計画していたに違いない……。
「えー、どうするー? 参加しちゃうー?」
「うーん、優勝賞品って気になるね。だってあの藍田君でしょう? 私らのヒーローだし、きっと何かまた凄いのが用意されているんだよ」
「わ、私、参加する……!」
いつの間にか人だかりは二百名を超えている。
パフォーマンスに長けているこの二人に掛かれば、どんな生徒でも興味を持ってしまうのは分からなくもないけど……。
いやいやいや、ちょっと待った!
もう後戻りが出来なくなってるじゃん……!
「あ、お兄ちゃーん。なに? 何か面白そうなことやってる……?」
騒ぎを聞きつけた楓が数名の女子を連れて人ごみを掻き分けてやってきた。
彼女の後ろには澪や小百合の姿も見える。
「えー、なにー? 水着審査ー? そんなの梨沙、参加するに決まってるじゃんー」
「……何だか、楽しそう」
「ふふ、水着審査なんて、よくこんな事考えるわよね。まあ、私が優勝で間違いないでしょうけれど」
高等部一年の鏡愛梨沙や三浦美香子、高等部二年の看鳥やよいまでもが参加表明をして、もう現場(男性諸君ら)は大混乱。
「私も私もー! ほうら、澪先輩も参加しようよ!」
「わ、私がみ、水着審査などに出るわけがな――ひゃっ!?」
「にっしっし。澪先輩のその水着ヒモ、参加しないと外れちゃうかもですよぅ?」
「こ、こら小百合! お前後輩のくせに私に悪戯するなど――や、やめろ! 本当に外れるだろ!」
男子生徒らは涎を垂らしつつ水着が外れそうになっている澪を注視している。
結局折れた澪、そして楓や小百合も参加することになり、再び現場(男性諸君ら)は大歓喜。大混乱。
「はいはい、何を騒いでいるのかしら!」
「ほら、皆静かにして! 一体何の騒ぎ――」
あまりにも騒ぎが大きくなったせいか、ついに二人の引率教師が僕らの前に姿を見せた。
楠先生と中等部の幹教頭だったら、もうこの騒ぎは収まって水着審査なんてものは中止になるはず――。
「……あーら、涼子。貴女も今回の引率だったかしら?」
「……ええ。瑛子姉さんも知っていたはずですが。私が高等部引率で、貴女が中等部引率だということは」
バチバチと火花が散る二人。
――そうだ、忘れていた。二人も仲の悪い教師だということを。
でもこんな場所であからさまに険悪な雰囲気にならなくても――。
「へぇ、水着審査? 良いんじゃなくて。私も参加しましょう」
「ちょっと、瑛子姉さん……?」
「あら、涼子。もしかして私に負けるのが怖くて参加しないとか、かしら? ふふ、そうよね。貴女は昔から深の陰に隠れているだけで――」
「参加、します。ええ、参加しますとも。年の功だ・け・は瑛子姉さんには負けますけれど、私にはまだこの若さがありますから」
「あ、あの……」
二人の間の火花が炎となり燃え上がっている……。
駄目だ。これはもう水着審査をさっさと始めないと、収拾がつかなくなる……。
「で、では! お二人の教師の許可が下りましたので、今からさっそくみ、水着審査を開始しまぁぁす!!」
「「「うおおおおおお!!!」」」
大輝に負けないくらいの精一杯の大きな声でその場を仕切った僕は、深く溜息を吐いて地べたに座り込んだ。
もう、どうにでもなってください……。
◇
『エントリNO.1! 高等部二年二組! 看鳥やよいさん! その類稀なる妖ボディに見惚れる男子は数え切れず! そして何といってもその豊満な胸! 公式発表ではバストサイズ92というトンデモナイ情報が――』
「あぁ……。疲れた……」
会場の人数はすでに五百人を超えていた。
即席で作られたお立ち台に上がってポーズを決める看鳥先輩。
なんか慣れているように見えるんだけど、どこかの雑誌の取材でも受けたことがあるんだろうか……。
僕はもう満身創痍で観客席の一番後ろ、風が通る日陰で会場をぼうっと眺めるしかできない。
「おいおい、優斗。本番は始まったばかりだぜ? 今から疲れててどうすんだよ。ほれ、今回のエントリー表」
僕の前に差し出された一枚の用紙。
それを武則から受け取った僕は小さく溜息を吐く。
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エントリーNO.1 看鳥やよい/高等部二年二組
エントリーNO.2 寺島里香/高等部一年二組
エントリーNO.3 那美木瞳/高等部一年二組
エントリーNO.4 藍田楓/中等部二年五組
エントリーNO.5 日高澪/中等部三年五組
エントリーNO.6 三浦美香子/高等部一年五組
エントリーNO.7 濱田小百合/中等部一年一組
エントリーNO.8 鏡愛梨沙/高等部一年一組
エントリーNO.9 幹瑛子/中等部教頭
エントリーNO.10 楠涼子/高等部一年二組担任
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何故か里香に連れられ瞳まで参加することになった、今回の水着審査。
計十名の女子(二人の教員もまだ二十代なので女子としておこう)の熾烈な戦いは、まだ幕を切ったばかりだ。
『エントリNO.2! 我らが高等部一年二組! 食いしん坊万歳こと、寺島里香! その類稀なる食欲に呆れる男子は数え切れず! そして何といってもその豪快な腕力! 公式発表では握力65というトンデモナイ情報が――』
「うっさいわ! どうして私だけ看鳥先輩と違うのよ! もっとこう、陸上で鍛えた美しい脚とか、そういうの言いなさいよ!」
二人の夫婦漫才に会場中が爆笑する。
里香の水着は彼女にピッタリなオレンジに赤い線がいくつも入ったビビッドカラーの生えるカラフルな水着だ。
決して小さくない形の良い胸と、程よく筋肉の付いた美脚に見惚れている男子も多い。
彼女の所属する陸上部では密かに彼女に憧れている男子生徒も多いのだとか……。
水着のショーは次々と続く。
僕は少し喉が渇いてしまったので、その場を後にしてクーラーボックスが置いてある場所まで移動した。
「んーー……と。この辺は静かで良いなぁ」
喉を潤し、灼熱の太陽を浴びて目を細める。
水着審査会に参加していない残りの数百名の生徒らは、それぞれグループを作ってこのアクアランドを楽しんでいるのが見える。
ここが学生らにとって、いや、教員や用務員の人達にとっても憩いの場となることを心から願うばかりだ。
周囲の石ころに視線を移し、それらを拾い上げてみる。
そこに『物』として存在している石ころだが、確かに『素材』として獲得することはできないみたいだ。
恐らく理事長の言っていたとおり、このエリアにおける全ての物は学園に持ち帰ることはおろか、繋ぎ目を跨ぐこともできないのだろう。
「はぁ……。そろそろ終わったかなぁ……」
僕は意を決し会場へと歩み出す。
◇
「あ、お疲れ様。優斗君、飲み物とかいる?」
会場に到着すると審査を終えた瞳が僕の様子を気にして会場席まで来ていたみたいだった。
周囲を見回すと後は結果発表を待つ野次馬だけが残っているのが確認できる。
「ううん、大丈夫。さっき水分補給をしてきたばかりだから。それより大輝と武則は?」
「二人は審査の集計中だと思う。総投票が四百以上あるみたいだし、結構時間が掛かるんじゃないかな」
そう言った瞳は僕の横にあるベンチに座り、二人分用意されたアイス珈琲の一つを手に取って飲み始めた。
恐らくもう一つは僕のためにあらかじめ用意してくれた分なのだろう。
何も言わなくても瞳は常に僕のことを気にかけて、僕が飲まなくても嫌味一つ言わずにただ傍にだけいてくれる。
そしてふと僕は思う。
どうして瞳の気持ちに応えられないのか。応えないのか、と。
僕は楠先生のことが好きだ。
でもこんな僕に好意を持ってくれる子もいる。
瞳はその最たる例で、高等部に入学してからこの半年間、ずっと彼女は僕だけを見てくれていた。
それに気付かないふりをして、彼女を期待させて。傷付けて。
それでお互いに何が残るのだろう。
瞳は僕の考えなど知る由も無く、ただいつものように僕の傍で落ち着いた時を過ごしている。
水着姿の彼女はいつもと違い、女としての色香を漂わせていた。
この異世界で彼女にはいつも助けられていた。
そして彼女はまるで僕が考えていることが全て分かるかの如く、先回りしてサポートをしてくれていた。
瞳はきっと、いや、間違いなく、僕のことを好いてくれている。
僕も彼女のことが嫌いじゃない。むしろ一緒にいて安心するし、信頼もしている。
これからも一緒にいたいし、もっと彼女のことも知りたい。離れ離れになることなど考えたこともない。
だったら――。
「……瞳」
「うん? どうしたの、優斗くん」
彼女は前髪をかき上げて、純粋な眼差しで僕を見上げた。
その表情は今まで見たどの表情よりも僕の心を捉えて、虜にした。
どうしたんろう、僕は。こんなにドキドキするのは久しぶりだ。
これも環境のせいなのか、それとも瞳が可愛いせいなのか――。
「瞳、実は僕は――」
『さあさあさあ! 投票の集計が終わった模様です! 栄えある第一回伊ノ浦学園水着コンテストの優勝者は誰なのか! 藍田優斗先生の素敵な商品を手にするのは誰なのか! 木田審査員長! まずは総合順位三位の方から発表しちゃって!』
大輝のアナウンスにより、彼女の手に自身の手を重ねかけていた僕は我に返る。
いや、一体僕はこんな場所で瞳に何を言おうとしていたのだろうか。
環境に酔っていないか……? こんなことでは瞳に嫌われてしまうだろう。
まだ楠先生が好きでいるのに、どうして瞳を選んだりできるのだろうか。
僕はズルい人間だ。相手の気持ちを知っていてそれを利用するなんて、許されることじゃない。
「……優斗くん?」
「いや、ごめん。何でもないんだ。結果が発表されるみたいだから、一緒に行こう?」
「あ……。…………。うん、そうだね」
僕は寂しそうに顔を伏せた瞳に、一瞬だが目を逸らしてしまった。
でも思い返して彼女の手を掴み、そして目を見てこう言った。
「あ……」
「行こう、瞳」
「う、うん……!」
「発表しまーす! 栄えある第三位は――」
どこから用意したのか。会場には発表前の緊張感を煽るBGMが大音量で流れている。
本当にこの二人は人生を楽しむことに掛けては躊躇しないな……。
そして今回の水着コンテストの第三位が発表された。
「第三位は――伊ノ浦学園が誇るアイドルの卵! 高等部一年一組、鏡愛梨沙さん!!」
梨沙の名前が挙げられた瞬間、スポットライトが彼女を照らした。
この強豪が犇めく水着コンテストの中で第三位を選ばれるというのは凄いことだと思うのだけれど――。
「ちょっとぉ! 私が三位とか、どういうこと!? 伊ノ浦学園きってのアイドルなのよ!? ……あ、いやまだ芸能デビューはしていないけど、現実世界に戻れたらそりゃぁ、雑誌の取材とかテレビの取材とか、凄いことになるはずなんですけど!」
「あー……いや、三位でもかなり凄いというか、今回は第一回なのにレベルが高い審査だったというか……」
「だったら尚更でしょう! どうして私が三位なのか説明しなさいよ! じゃないと今後の芸能活動に支障を来すんだから!」
尚も納得できない様子の梨沙。
確かに彼女は壇上に上がった時も他とはレベルの違うパフォーマンス(主にポーズとか?)を一生懸命にやっていた気がする。
アイドル育成所にも通っているらしいし、その辺りは素人の学生よりも経験値が高いとは思うのだけれど……。
「えーっとですね。得票数は……五十二票ッス。梨沙さんを選んだ点で挙げられているのは……『アイドルになるかも知れないから』、『今のうちは会えるアイドルだから』、『アイドルと同じ学校出身とか、今後の就職活動にプラスになるかもしれないから』とか、まあアイドル育成学校にも通っている点が票を集めた要因かと……」
「むきぃー! それって私個人の魅力とか、全然関係ないじゃないー! ちょっと男子達! どこ見て審査してんのよ! もっとこう、仕草が可愛いとか、私そのものの存在が神だとか、色々あるでしょう!?」
「はいはいー、梨沙さん。次の発表があるから、文句はあとで優斗が朝まで聞きますからー」
どこから現れたのか、SP風の男2人が暴れる梨沙を両脇に抱えて舞台を去って行く。
もうなんでもアリなんだな、このイベントは……。
「さあさあ、それでは第二位の発表に移ります! アイドル候補の鏡愛梨沙さんを抜き、得票数七十八を記録した学園のシンデレラは――」
会場の皆が息を呑むのが分かる。
七十八人もの指示を集めた女子生徒とは、一体誰なのか――。
「第二位は――中等部の三年五組! 『くっ、殺せ!』の口癖で有名なドМ姫騎士! 日高澪さんです! おめでとうございますー!」
「へ……? わ、わたし……?」
大拍手により登壇したのは困惑した表情の澪だ。
彼女の水着は純白で、背中の細い紐は吹けば取れてしまうほど細い。
小百合が悪戯したくなる気持ちも分かる気がする。
「あ、あわわ……。あわわわ……!」
「どうしました、日高さん? 第二位ですよ! 中等部・高等部の男子生徒から満遍なく七十八票も集めたんですよ! 凄いなぁ、ファンの男子も多いと聞きますが、今どんな気持ちですか?」
武則にマイクを向けられ、今にも爆発しそうなくらいに顔を真っ赤にしている澪。
元々こういった大舞台に上がること自体、耐性がないのだろう。
しかしまたそういったウブな反応が男子生徒の指示を集めてしまう要因となっているようだ。
いつもの澪だったらドMなどと呼ばれたらすぐにでも殴りかかってくるものだが、今日はそうはいかないらしい。
皆の視線を一身に集めて、失神寸前なほどに緊張しているに違いない。
「く……」
「く?」
「くっ、殺せ! こんな辱めを受けるくらいならば死んだ方がマシだ! 今すぐ殺せ! 私を今すぐ殺してくれぇ!」
「ちょ、ちょっと暴れないで――痛い! え、SPの方ぁ! 日高さんが暴走しています! いて! 痛いっつうの! もうちょっと、何なのこの子は! 暴力系か! ドMって聞いてたんだけど、どういうこと!?」
「優斗……! 覚えておけよ……! 私を、こんなに辱めたのは、お前が初めてだ……! 私の初めてを、初めてを、お前はぁぁぁ!」
「……」
僕は頭を押さえて、その場に蹲るしかできません。
どうして彼女は僕に全ての恨みを向けるのか……。
もう、何も考えたくない。知りたくない……。
「さ、さあ気を取り直して、栄えある第一位! 第一回伊ノ浦学園、水着コンテストの優勝者は――」
ドクン。ドクン。
会場が静まり返り、心臓の音だけがやけに大きく聞こえてくる。
発表されていないメンバーは残り八名。
下馬評では優勝候補とされた梨沙が三位に陥落し、二位には意外といえば意外と言えなくもない澪が入賞した。
となれば残るは優勝候補の一角である我が妹の楓(兄としてそう言うのも気が引けるが)か、一番男性陣の視線を釘付けにしていた看鳥先輩か――。
もしくは大人の色香対決を持ち込んだ楠先生や幹先生のどちらという線もあるかもしれない。
皆の視線が武則に集まる。
「優勝は――高等部一年五組!」
「え――?」
その瞬間、時が止まった気がした。
「寡黙の美少女! 三浦美香子さんです! 得票数はぶっちぎりの百五十四票! さあ、三浦さん! 壇上までどうぞ!」
「…………」
「あの、三浦さん……?」
美香子は呆然と立ち尽くしている。
いや、それよりも僕だって呆然としていた。
確かに美香子は可愛いし、良い子だと思う。
でも別の中等部から転入してきたせいで高校に進学後も友達ができず、本人もそれをずっと悩んできたのだ。
僕が彼女にとっての初めての友達で、今回の水泳大会だって僕が誘わなかったら彼女は欠席していたかもしれない。
それくらいコミュニケーションに対して奥手の彼女が、優勝――。
それも他者を圧倒するくらいのぶっちぎりの得票数で――。
「……どうしよう。優斗くん、私、足が動かない……」
「あ、ちょ、ちょっと! 武則待って! 僕も壇上に上がるから!」
「お、おう……」
美香子の異変に気付いた僕は慌てて客席から美香子の元へと向かう。
彼女の表情にはいつもと比べて変化はないが、明らかに違っていた部分があった。
――足が、震えている。
緊張しているのだ。もしかしたら、壇上にいる間ずっとこうだったのかもしれない。
彼女に感情が無いなんて嘘だ。
それを僕が今から証明してみせる。
「行こう、美香子」
「あ……」
僕は彼女の手を握りゆっくりと武則の元へと向かう。
やはり彼女の足はガクガクで、今にも膝から崩れ落ちそうだった。
でも僕の手をしっかりと握り返してくれた彼女は、段々と落ち着きを戻してくれたように思う。
僕は武則に耳打ちし、彼からマイクを受け取った。
そして皆にこう話す。
「皆さん、今回は水着コンテストお疲れ様でした。優勝者はここにいる三浦美香子さんです。彼女は今ちょっと緊張しているみたいなので、僕から代わりに皆に伝えたいことがあります」
一応主催者となっているらしい僕の登壇に会場の皆は拍手を送ってくれた。
僕はそれが止むのを待って、再びマイクで話し始める。
「美香子さんは僕らとは違う中等部から、この伊ノ浦学園に転入してきました。でも転入してすぐの今年の四月、僕らは学園ごとこの異世界に転移してしまいました。皆も不安だったと思うし、僕も不安だった。でも一番不安だったのは美香子さんだと、僕は思います」
さっきまでお祭り騒ぎだった会場は、僕の言葉を聞いて静まり返ってしまった。
でも皆僕の顔を見てくれている。誰一人として顔を背けている者などいない。
「彼女はずっと友達を作りたいと思っていました。でもこんな状況だから、すぐには友達が作れない。だってそうですよね。皆も最初は自分が生きるか死ぬかの危機的状況の中で、誰を信頼しましたか? 親友とか、心から信頼している恩師とか、同じ部活のメンバーとか、クラスメイトとかですよね? でも彼女はそういう友人や信頼できる人がいなかったんです。全く新しい環境で、いきなり過酷な環境に飛ばされたんです」
――そう。だから僕は彼女のことをずっと気にしていた。
もしも僕が同じ立場だったら、不安で不安で夜も眠れないだろうから。
「だから、僕はこの学園で彼女の初めての友達になりました。そして僕は今から、優勝した彼女に優勝賞品を贈りたいと思います」
僕はマイクを一旦下げて、繋いだままの彼女の手を胸の高さまで上げた。
相変わらず無表情のままの美香子だが、体温で分かる。
彼女は僕の言葉を、これから先の未来を、信じている――。
だから、僕はそれに応えよう。
「優勝賞品は――『ここにいる皆と友達になること』、です」
「え……?」
困惑する美香子。
でも僕は真っ直ぐに彼女を、彼女の目を見つめる。
もうとっくにそんなことはクリアしていたのだけれど。
彼女自身がそれに気付いていないだけなのだから。
「あー、優斗? 『友達になる』って……何言ってんの? ぶっちぎりの百五十四票なんだぜ? むしろ友達にしてください! っていう奴が死ぬほどいるんだが……」
「ふふ、そうだよね。武則の言う通りだよ。だから僕の優勝賞品なんて、これっぽっちも意味のないことなんだけど」
「?? ……悪ぃ、優斗が何を言っているのかさっぱりなんだが……」
首を傾げる武則の姿がおかしくて、僕は口を押さえて笑いを抑えるしかない。
――そう。気付いていないのは、美香子本人だけなのだ。
男子も女子も問わず、この学園にいる生徒は皆、美佳子の事を好いているのだ。
ただ本人がそれに気付かず、自ら周りを敬遠しているだけ――。
「……優斗くん。私……」
「うん。優勝、おめでとう。これが僕から美香子へのプレゼントだよ。『友達』――。まあ、僕が用意しなくてもとっくに出来てたみたいだけど」
「友、達……」
美香子の言葉に僕は首を縦に振った。
状況をある程度理解してくれたのか、後は大輝と武則が上手く観客を盛り上げてくれて今回の水着コンテストは無事に終了した。
僕は二人に礼を言い、美香子と共に壇上を離れる。
時計を見ると、もう正午近くになっていた。
そろそろ食事の時間だ。ちょうど良い時間にコンテストが終了して良かったと思う。
食事が済んだらまた自由時間が始まり、午後の十五時にはここを出発するだろう。
もう色々とありすぎて僕はヘロヘロだけど、学園の皆はまだまだ力が有り余っていることだろう。
給食を終えたら、どこか日陰で昼寝でもしたいくらいだ。
「……ねえ、優斗くん。手……」
「手……? あっ!」
美香子に言われ、会場からずっと手を繋いでいたことを思い出す。
慌てて離してはみたが、僕の手汗がべっとりとしていて美香子にも不快な思いをさせてしまったかもしれない。
ハンカチを取り出して彼女に渡そうとしたが、はにかんで笑顔になった美香子は首を横に振った。
「……優斗くんの手って、本当に暖かいんだね。私、冷え性だからいつも手が冷たくて……」
「い、いや本当にごめん……! 女の子の手をあんなにずっと握っているなんて、ホント僕はどうかしてるよ……」
照れ隠しに頭を掻いても、これはもう言い訳などできないだろう。
見る人が見れば恋人同士と疑われてしまうかもれない。
「……あの、優斗くん」
「は、はい!」
何故か僕の声は裏返る。
今になって格好つけて壇上に上がって、あんなことを言ったことが恥ずかしくて仕方がない。
自分でも顔が赤くなっているのが分かる。もう土の中にでも潜りたい気分だ。
「……さっきは、ありがとう。ううん、さっきだけじゃない、いつも、本当にありがとう」
「い、いえ……。どういたしまして……」
美香子は真っ直ぐな瞳で僕を見つめている。
潤った唇は光に照らされ、水着姿のままの美香子からは女の子らしい良い香りが溢れている。
僕はどうしていつも、女子に心が揺さぶられてしまうのだろう。
これじゃあ優柔不断と言われても何も言い訳ができないじゃないか。
「……もうそろそろ給食の時間だよね。だから、その前に、言っておくね」
「あー、もう給食だよね。今日のご飯は何かなぁ。……え? 『言っておく』って?」
自己嫌悪で半分彼女の話を聞いていなかった僕は、彼女に聞き返してしまう。
でもこれが、僕の最初で最後の過ちだったかもしれない。
彼女はそっと口を開いた。
口下手な彼女が、それでもしっかりとその言葉を、僕に聞こえるように、はっきりと――。
「優斗くん。貴方のことが好きです。ずっと好きでした――」
――その言葉で僕の思考は停止してしまったのだ。
第五節 二学期 fin.