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048 季節外れの水泳大会(前半)

「「「水泳大会ぃ!?!?」」」


「ええ、そうです。十月もそろそろ中旬になりますが、皆さんも知ってのとおり今年の夏は授業や各種行事を行っていられる状況ではなく、プール開きも行っていない状況です。私はこんな状況の中、無理に水泳の特別授業を行う必要はないのではと職員会議で発言してきましたが、賛成多数、特に男性教員は全員賛成という結果を受けて急遽、来週の月曜日の異世界調査と食料調達の日程を変更し、高等部・中等部合同で水泳大会を開くことが決定しました」


 楠先生が言い終わると、クラスの男子生徒が一斉に立ち上がり歓喜の声を上げる。

 まさか異世界の調査や食料調達を中止してまで水泳大会を行うなど予想すらしていなかったんだけど……。


「何この男子達の一体感……。ていうか男性教員まで全員賛成って……。どうかしてるわ、この学園……」


「わ、私、水着はちょっと……。泳ぐのもあまり得意じゃないし……」


 騒がしい教室の中で、例の如く僕に話しかけてくる里香と瞳。

 でもいつもだったらテンションが高い里香まで乗り気ではない様子なのは少しだけ意外かも知れない。


「おいおい、天下の寺島里香様ともあろうお方がローテンションなんて、さてはお前……太ったな?」


「うっさいわ、大輝! ええ、そうよ、そうですとも! ここ数ヶ月部活もまともに出来なかったし、夜の給食をいつもおかわりしてたせいで太ったのよ! ええ、お腹に肉が付きましたとも! それがなにか!?」


「い、いや……すまねぇ。そんなに般若みたいな顔でマジギレするとは思わなかった。本当に悪かった。大丈夫、里香の腹に肉が付いていても、俺も優斗もお前を見捨てないぜ」


「誰が般若よ誰がっ!! それに大輝なんかに本気で謝られたら余計凹むでしょうがっ!! ああ、もうダイエットする! 水泳大会まで何も食べない! うわーーーん!」


 ついに泣き出した里香は瞳の机に泣き伏してしまった。

 慌てて瞳がフォローを入れているが、今は何を言っても焼け石に水かもしれない……。


「……おい、優斗。里香は放っておいて、こっちこっち」


「?」


 小声で僕を呼ぶ大輝に肩を組まれ、僕は武則ら他の男子グループが集まっている教室の隅に連れて行かれる。

 まだHRは終わっていないというのに、楠先生も特に生徒らを注意する素振りは見せないし……。

 つまり、これは伊ノ浦理事長お墨付きの『息抜き』ということなのだろう。

 でも僕には別のことがどうしても気になってしまう。

 中高合同でどうやって水泳大会をやるのかとか、楠先生の水着姿は見れるのか、とか――。


「よーし、優斗リーダー。お前の能力は『解析』だな」


「え? あ、うん……。ていうか皆も知ってるでしょ、そんなこと」


 僕を中心に円陣を組むように大輝、武則、そして数名の男子生徒から、ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえてきた気がする。

 何だろう。すごく嫌な予感がするけど……。


「の、能力者の中で、ほら、あるだろ? 今回のイベに使えそうな奴とか。教えろよ、優斗」


「今回のイベ? 教えるって、何が……?」


 僕がそう答えると男子生徒らは一斉に深く溜息を吐いた。

 一体彼らは僕からどんな情報を聞き出そうというのだろう……。


「ああ、もう! 相変わらずこういう時だけ鈍いなお前は! いいか優斗! 水泳大会だぞ! 水着女子だぞ!! 例えば着替えが覗ける『透視』とか、水着姿の女子をフィルムに収める『撮影』とか――」


「はいはい、そこの男子達ぃ? 今度はどーんな悪巧みをしているのかなぁ?」


「「あっ……」」


 後ろを振り向くとすでに立ち直ったのか、里香が腰を手に当てて僕らを睨んでいる。

 その後ろにはクラス中の女子生徒が里香と同じか、それ以上の鬼のような顔で僕らを――。


「皆さん、席に座って。ちょっと注意しないとすぐにこれなんだから。それと大友君、木田君、それに藍田君も。三人まとめて後で職員室に来なさい」


「「うわ、また楠先生の説教だぁぁ!」」


「どうして僕まで……」



 同時に叫んだ大輝と武則の声に僕の呟きはかき消されてしまった――。





 祝日をゆっくりと過ごし、今日は急遽水泳大会が行われることになった月曜日。

 僕らは全校集会のために朝の九時に体育館へと集められた。

 学生、教員、用務員。

 総勢約千名いるこの学園は、未だ誰一人欠けることなく、この異世界での生活が半年を過ぎた。


『皆さん、おはようございます。すでにお聞きかと思いますが、今日はこの全校集会が終了次第、水泳の特別授業を行うことにいたしました。ですが当然949名もいる生徒ら全員で学園内のプール設備を使用することは不可能。ならば、どうするのか――』


 一旦マイクを降ろした伊ノ浦理事長は壇上から僕らを見回した。

 彼の能力である『教育』は、こういう場ではもっとも効果を発揮するだろう。

 全員が真剣に彼の言葉に耳を傾けているのが分かる。


『先日、異世界調査班のA班が新たな繋ぎ目シームを発見したことは皆さんご存知ですね。これまで繋ぎ目シームにて発見されたエリアは『孤島』、『火山』、『海岸』、『森林』、『雪山』、『氷海』、『草原』、『古代塔』、『オアシス』、『巨人の寝床』で十。我々が現実世界より転移してきた場所を『砂漠』というエリアであると捉えるのであれば、全部で十一エリアです。そして新たに発見した十二番目のエリア――』


 そこまで言った理事長は、今度は僕のほうを向いて少しだけ笑みを零した。

 ――そうか。これで僕の疑問が解消された。

 先々週の異世界調査で僕がリーダーを務めるA班がたまたま発見した新エリア。

 最初は『海岸』か『オアシス』と繋がっている別の繋ぎ目シームであろうと判断し、理事長に報告をしていたけど、彼はそこを新たなエリアだと結論付けたのだ。

 つまり――。


『――新エリアの名称は『アクアランド』。設備強化に必要な各種素材や食料などが一切手に入らない希少エリアですが、現時点で判明しているエリアの中で唯一モンスターが・・・・・・出現しないエリア・・・・・・・・であることが調査で分かりました』


 理事長が言い終わると同時に彼の背後に新エリアの名称と画像、調査に関わった能力者と判明したエリア情報が映し出される。

 プロジェクターも快適に動いているみたいだし、これも武則や皆の努力の成果なのだろう。


『今後、この『アクアランド』を我らが学園の第二の拠点とする計画も動いています。来たる巨人との決戦に備え、こういった安全エリアを活用した兵器の開発にも尽力しなければなりません。ですが……まあ、硬い話は今回は抜きということでしたので、このくらいにしておきましょうか。結論からお伝えします。この安全な『アクアランド』にて特別授業――水泳の課外授業を行っていただきます。各クラスにて戦闘職を含めた五人編成案をレポートにまとめてありますので、各学年の教員はこのとおりに実施、学園を出発して下さい。その他のメンバーは緊急時の避難対策レポートを――』


 ここまで理事長が話した途端、体育館は歓喜の声に包まれてしまう。

 もう理事長のマイクの声も聞こえずに、皆はもう大はしゃぎだ。

 どうにか教師達が生徒らをなだめようにも、これでは場が纏まらない。

 しかし、理事長には彼らをまとめる能力がある。――そう『教育』だ。

 でもそれを使わない理由は一つしかない。

 皆が喜ぶ情報を伝え、その反応に満足している。

 感情を抑えてばかりいては、人は心を病んでしまうからだ。

 それを理事長は誰よりも良く知っているのだろう。

 本物の教育者――。僕は彼を心から尊敬している。


「行こうぜ、優斗! 俺らのレジャーランドに!」


「わ、私だって二日でダイエット成功したんだから……! 優斗、メロメロになっても知らないからね!」



 僕は大輝と里香の言葉に笑顔で頷いた。




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