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047 農作物の収穫と調理(後半)

 木曜日の早朝。

 僕はいつものようにランニングをするために校舎からグラウンドに出る。

 今日は午前中のHRが終われば中等部の裏手に作った農地で作物の種植えや収穫の手伝いがある。

 学園の外にある繋ぎ目シームの先にも、物理の島田先生を中心として田畑や魚の養殖場などの食料調達設備を作ったのだが、二十四時間体制で設備を守ることができず、しばしばモンスターに荒らされて破壊されてしまったのだ。

 それら施設の防衛設備を開発するには、今現在行われている武則と新井先生のプロジェクトの他、さまざまな能力を掛け合わせて作る必要性があると理事長は言っていた。

 

 そして僕らにとって今現在、最大の脅威であるのが『巨人』の存在だ。

 今はまだ直接的な被害は受けていないが、いつ何時これまでの平和が打ち砕かれてしまうか分からない。

 繋ぎ目シームによる異世界のシステム的防衛もどこまで効果があるか分かっていない以上、万が一というものに対して備える必要性はあるだろう。


「……ちょっとだけ畑を見てこようかな」


 巨人のことを思い出してしまい、少しだけ心細くなった僕はグラウンドを走る前に中等部の裏手に向かうことに決めた。

 この時間だったらもう庄司さんが田畑の手入れに出ているだろう。

 伊ノ浦学園の用務員であり学園最年長でもある庄司農人しょうじどうひと

 昔はこのあたり一帯の(もちろん現実世界での話であるが)大地主で、先代の伊ノ浦勝之助が地主の庄司さんに頼み込んで土地を買い、伊ノ浦学園が誕生したのだという。

 今の理事長はその孫であり二代目というわけだ。


 中等部の校舎を抜け用務員がいる建物を素通りする。

 ほとんどの部屋はカーテンが閉められているが、庄司さんの部屋は窓が開けられ、ベランダに洗濯物が干されていた。

 やはりもう起きているようだ。きっともう畑で作業をしていることだろう。

 僕は建物の前にある水洗い場に置いてあった備品のバケツとシャベルを持ち、畑に急ぐ。


「おうおう、早いのぅ。今日もランニングかい?」


 僕の足音に気付いたのか。

 先に声を掛けてきた庄司さんは手ぬぐいで汗を拭い笑顔を振り撒いてくれる。


「はい。でもちょっとだけ畑を見たくなっちゃいまして……」


「そうか。じゃあ悪いがそのバケツで水を汲んで、ここに撒いてはくれんかね」


 そう言った庄司さんは鍬を持ち上げ、再び畑を耕し始めた。

 周囲にはすでに収穫が終えたピーマンやトウモロコシ、それにニンジンや白菜などが並べられている。

 ちょうど食べごろの大きさで、野菜好きの僕には昨日のステーキよりも贅沢な物に思えてしまう。


「これから何を植えるんですか?」


 水道の蛇口を捻りバケツに水を張る。

 そして指定された場所まで運び、柄杓で少しずつ水を撒く。


「本来であればホウレン草やニンニク、少し遅いが大根なんかを植えるかのぅ。じゃが儂の能力は『栽培』じゃて、儂が植えれば季節は関係なく作物は育ちよる。ほんま、奇奇怪怪な能力じゃのう、これは」


 そう言って笑う庄司さんは、泥で真っ黒になった軍手で丁寧に種を植えていった。

 彼にだけ与えられた能力はまるで彼が自分で選んだかのごとく見事に嵌り、そしてそれらを使いこなしているのが分かる。

 現に庄司さんが栽培、収穫してくれている野菜や果物は五十種類を超え、僕らの健康の要となっていることは言うまでも無い。


「じゃがいかんせん、儂一人では数が捌けんからのぅ。こうやって子供達に手伝ってもらってこそ、儂の能力も『生きる』ということじゃな。かっかっか」


「庄司さんがいてくれて本当に良かったです。今日は木曜日なので僕ら異世界調査班や食料調達班も皆で手伝いますので、何でも言って下さい」


「そうか。それは助かるのぅ。ほんなら今日は老体に鞭打って頑張らにゃあかん」


 鍬を畑に刺し、多少曲がった腰のまま庄司さんは畑の奥に向かって行った。

 僕は残りの場所に水を撒き、庄司さんが戻って来るのを待つ。

 

 広大な畑の真ん中で、僕は早朝の空気を胸いっぱいに吸う。

 およそ一ヘクタールもあるこの農場は、半分は畑で残りの半分は家畜や池など畜産物の設備が整った場所だ。

 これも理事長の指示で島田先生を中心として建築され、僕らの命を繋ぐ大事な施設として日々利用されている。

 しばらくすると母屋から戻ってきた庄司さんはラップに包まれたおにぎりを僕に手渡してくれた。


「まだ朝飯を食ってはおらんだろう? それを食ったらランニングに行きなさい。ちゃあんと飯を食わんと力が出んじゃろう。畑仕事は正午よりだいぶ前じゃろうが、こっちは大丈夫じゃから」


「でも……」


 これでは僕は水を撒いただけで、何もしていないのと同じだ。

 不安な気持ちを拭いたくて庄司さんの顔を見たかったのは事実だけど、貴重な食料まで貰ってそのままランニングに行くなんてことはできない。


「いいから。優斗の気持ちが儂は嬉しいんじゃ。ほれ、さっさと食って行かんか。おぬしはおぬしで、皆のために日々頑張っておる。それは儂が一番良く分かっておるよ」


 それだけ言った庄司さんは満面の笑みを浮かべ、黄色い歯を僕に見せた。

 どうしようか迷った僕だが、やはりここは年長者の言葉に甘えるのが高校生の僕が出来る唯一のことなのかもしれない。

 頭を下げて礼を言った僕は、バケツとシャベルを持ちその場を後にする。

 用務員室の前を通りかかり、同じ場所にバケツとシャベルを戻す。

 そして水道で手を洗い、今しがた貰ったラップに包まれたおにぎりを頬張る。


「……あ」


 程よく塩加減が利いた、昆布のおにぎり。

 そして僕はさっきまでの不安が嘘のように吹き飛んでいたことに気付く。

 庄司さんは言った。

 『儂一人では数は捌けん。子供たちが手伝ってくれてこそ、能力が生きる』と。

 僕も同じだ。自分一人では何もできないけれど、皆がいるから乗り越えられる。


「……よし」


 おにぎりを平らげ、僕は元気よく地面を蹴った。





 午前のHRが終り、スケジュール通り皆で農場の手伝いが行われた。

 庄司さんは嬉しそうに学生や教師らに田植えや収穫の指示を出している。

 他の畜産系能力者も数名、昨日捕獲したモンスターを飼育したり、それらの手伝いを学生らに教えたりもしている。


「うお、こいつめっちゃ活きが良いじゃねぇか! グイグイ引っ張ってきやがる……!」


「こらー! 大輝! 今は釣りの時間じゃないでしょうがー! 何勝手にサボってんのよー!」


「うわ、鬼ババアが来た……!」


「誰が鬼ババアだゴルァ!!」


 里香と大輝は相変わらず、どこにいても大騒ぎで学生らの注目の的になっているし……。

 いや、注目というよりも笑われているだけなのかもしれないけれど。


「はいはいー! もうそろそろお昼ですから、今日はこの見晴らしの良い農場で給食にしまーす!」


 パンパンと小気味よく手を叩いてそう言ったのは、家庭科教師の見沼陽子みぬまようこ先生だ。

 彼女に指示を出された数名の生徒が野外用のテーブルや椅子、食器などを用意していく。

 今日の給食はこの農場で採れた野菜と昨日僕らが採取した鳥の肉、それと木の実を使った料理らしい。


「大森君、お願いできるかしら。この人数だと貴方の能力が無いと人数分捌けないでしょうし」


「勿論ですよ、見沼先生。僕はそのためにいるようなものですから」


 そう答えたのは高等部二年一組の大森泰三おおもりたいぞう先輩だ。

 実家は地元で有名な料理店で、僕も家族と一緒に何度か通わせてもらったことがある。

 和・洋・中と、どんな料理でも出すこの店は昼時ともなれば連日満員。

 価格も個人店とは思えないほどの安さで提供しているので、雑誌やテレビの取材なども何度か来たことがあるらしい。

 ちなみに里香は週一で通っているのだとか。


「キタキタキタ……! 大森先輩の超絶ウルトラスーパー絶品料理……! せーんぱーい♪ 今日は何を作ってくれるんですかぁ♪」


「うげぇ……。なにあの里香の甘えた声……。おい、優斗。里香のあんな声、今までに聞いたことあるか……?」


「あ、うん、まあ……。だいぶ前に大森先輩のお店で会った時も、あんな声を出して先輩を困らせていたような気がする……」


 当時もお店がすごい混んでいて、先輩も手伝いに駆り出されていたのに、里香に捕まって困っていたような記憶がある。

 里香も里香で美味しそうな食べ物を前にすると、見境が無くなるというか……。


「寺島さん。手伝う気が無いのなら、皆と一緒にお皿でも用意していなさい。それと、大森君にあまり色気を使わないでもらえるかしら」


「ぼ、僕は大丈夫ですよ見沼先生。寺島さんはうちのお店に来るときも、いつもこうですから」


「ならばこの際、はっきりと言っておいたほうが良いですね。大森君は料理に真剣で、真面目な青年です。家庭科の授業の成績もトップですし、寺島さんのような子は……ちょっと、寺島さん? 聞いていますか、先生の話を……!」


「ねぇ♪ せんぱーい♪ はやくぅ、食べさせてよぅ♪」


「寺島さん!」


 見沼先生と里香に挟まれ、困惑したままそれでも凄い手際で皆の料理を作っている大森先輩。

 彼の能力である『調理』は食材さえ揃えばたちまち、ここにいる全員分の料理を作ってしまうという神業レベルの能力だ。

 しかもその味は里香の言う通り絶品で、舌が蕩け落ちそうなくらいに旨い。

 でも能力の連発が出来ない制限が掛かっているので、一日一回が限度なのだとか。


「なあなあ、優斗。里香が色気なんか使うわけねぇよなぁ。あれ、完全に『食い気』だと思うんだが、違うか……?」


「……うん。僕もそう思う。だって里香、大森先輩じゃなくて料理のほうしか見てないし……」


 僕がそう言うと大輝は神妙な面持ちで腕を組み、何度も首を縦に振った。

 そうこう言っているうちにキャベツ、玉葱、もやし、ニンジンなどの野菜と鶏肉を包丁で切り終わった大森先輩はショウガ、ニンニクをみじん切りにして料理酒と鶏湯、その他調味料に合わせていく。

 フライパンに火を通し、一口大にカットした鶏肉を皮目から焼き始めると大森先輩の周囲に学生らが集まり出した。

 肉をひっくり返し、塩、胡椒で味付けをする。

 しっかりと肉に火が通ったのを確認した大森先輩は残りの野菜を投入し、一気に強火で仕上げに入る。

 最後に作っておいた特製ソースをさっと絡めて出来上がり。

 それらを目で追うのが難しいくらいの速さで、次々と料理が出来上がっていく。


「皮付き胸肉と特製ソースの野菜炒め、お待ち」


「うわ、うわわ……! クン、クンクンクン…………良い匂い……!」


「ありゃぁ、完全に犬だな……」


「だね……」


 僕と大輝は犬と化した里香を見て深く溜息を吐く。

 後で大森先輩には謝っておこう……。里香の友人として……。


「……こほん。まあ寺島さんにはあとでキツく言っておくとして……。それでは皆さん、大森君が作ってくれた美味しい料理が冷めないうちに頂きましょう。では――」



「「「いただきます!!」」」



 今日一番に揃った元気な声で、皆は絶品料理を頂くことになったわけで――。




庄司農人しょうじどうひと

私立伊ノ浦学園の用務員。

広大な土地を誇る伊ノ浦学園の大地主であり、また用務員としても勤務している気さくな老人。

代々農家を営んできたが、近年たびたび起こる異常気象が原因で野良仕事を続けていくことが困難となり、広大な畑を不動産に売り渡し一人気楽に生活を送っていたところを理事長である深に誘われ、用務員として働くことになった。

優斗ら学園の生徒を本当の孫のように可愛がっており、当然学生達からの信頼も厚い。


〇『栽培』

農耕士ファーマーのユニークスキル。

異世界における貴重な種を使い作物を育てる能力。

消費AP/MP無しで作物を育成し、AP/MPの消費度により育成速度を高められる。

得られた作物は非常に栄養価が高く、摂取により各種ステータスが一時的に上昇する。

上昇するステータスは作物の種類に依存する。

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