046 農作物の収穫と調理(前編)
「大利根先輩! 敵モンスターの残りHPはあと……98です!」
「OK。だったらもう十分だ。藍田、お前はどいていろ。後は俺がやる」
僕の言葉を聞いた大利根千児先輩は不敵な笑みを浮かべ、両手を大きく広げる。
十本の指に嵌められた銀の指輪が怪しく光り、それらから黒銀の鎖がいくつも具現化された。
「優斗さぁん! こっちも準備万端ですよぅー!」
「分かった! 後はお願いできますか、幹先生!」
「はいはい。ホント貴方達には感心するわ。深が信頼するのも頷けるわね」
僕から少し離れた場所で大きな声を発するのは中等部一年の濱田小百合だ。
彼女の目の前には大きな罠が作成され、それに気付かずに別の巨漢のモンスターが後ろからのしのしと歩いてくるのが確認できる。
そして僕に返答してくれたのは中等部の教頭を勤めている幹瑛子先生だ。
伊ノ浦理事長とは従妹であり、学園のナンバースリーという異名を持つ。
僕は再び巨漢のモンスターに視線を向け、奴を解析する。
奴のHPは軽く1000を超えているが、小百合の作った罠のレベルはそれよりも高い。
あちらは二人に任せて、僕は背後に構えているもう一人の眼鏡を掛けた男性教師に声を掛ける。
「田子浦先生は大利根先輩が鎖を発動したら――」
「うん、分かっているよ。あの体力が減ったモンスターを『操作』すれば良いんだね?」
僕が言わんとしていることを察し、すでに能力発動の準備をしてくれているのは中等部の教師である田子浦凱史先生だ。
まだ十代の若い教師だが、僕らと歳が近いせいもあって中高問わず人気の教師でもある。
『グエエェェェ!』
大利根先輩の鎖が縦横無尽に砂漠を滑り、敵モンスターを拘束する。
それに合わせて地面を蹴った田子浦先生は周囲に薄い緑がかった画面をいくつも表示させ、まるでパソコン入力でもするかのように素早い手付きで暗号を入力していく。
僕が解析で出現させるステータス表記とはまた違った感じの表記だが、あちらの方が何倍も複雑で僕には何が表示されているのかさっぱり理解ができない。
「さすがだね、大利根君。君のその鎖に縛られたら、どんなモンスターも逃げられないだろうね」
「これはこれは、中等部で大人気の田子浦先生にそこまで言われちまうと、次回の中高合同の伊ノ浦学園イケメン選挙で俺、棄権しねぇといけねぇじゃんか」
「はは、そんなこと言って君。自分が絶対に優勝するとか思ってるんじゃないかな?」
「まさか。俺が優勝候補だって言われてんのは、俺を好きな女子がこの学園に多いってだけの話だぜ」
ここからだと二人が何を話しているのかが全く聞こえないのだが、何故か二人とも顔は笑っているのに目が笑っていない気がする……。
しかし二人の息はピッタリで、大利根先輩の『拘束』により動けなくなったモンスターは田子浦先生の『操作』により次第に戦意を失っていく。
『ウグルルルゥ……』
「よしよし、良い子だね。これで『操作』は完了だ」
「こっちも終わったわよ。ふふ、こんなに大きい子が私に『調教』されるなんて、ちょっとしびれちゃう」
「幹先生ぃ……。その表現は中一の私には危険な香りしかしないですよぅー」
「あら、ごめんなさい」
どうやら小百合と幹先生のほうも無事に成功したようだ。
僕はホッと胸を撫で下ろし、今日の成果を確認する。
午前中に学園を出発し、このエリアに到着してからの三時間で捕獲したモンスターは全部で六匹だ。
討伐数は二十四。
捕獲として選んだモンスターは牛系や鳥系、水系など酪農や畜産、養殖や僕らの食料に向いていると思われるものばかりだ。
明日は木曜日なので、これら捕獲したモンスターを使ってスケジュール通りの日程が行われるはずだ。
「今夜はごちそうですねぇ!」
「そうだね。今二人が捕えてくれた『砂漠の猛角牛』は美味で栄養価も高いって、家庭科の見沼先生も言っていたし、今夜は期待できるかも知れないね」
僕がそう答えると小百合は嬉しそうに小躍りをする。
これだけの大物を仕留めれば、学園にいる人数に相当する1000人前の牛肉を提供できるだろうし、残った部位は備蓄用の食料として燻製などにして保存もできるはずだ。
それらに特化した能力の人間も数名いるので、帰ったらまた彼らに相談することになるだろう。
「もう今日はこれぐらいで上がりましょう。私達は食料調達班K班として十分な成果を上げました。明日に備えて今日獲得した素材の報告、分配、各技術系能力者による下準備の手伝いを行うことにしましょうか。それで良いわよね、藍田君?」
「はい。最近はこのエリアのモンスターも僕らのレベルに合わせて強くなってきています。帰りまでの時間を計算すると、日が暮れる前に学園に戻れるこの時間が一番安全だと僕も思います」
「じゃあ、決定ね。ちょうど近くの繋ぎ目にオアシスがあったはずだから、そこで十五分間休憩をした後に現砂漠エリアを出発します」
幹先生の言葉に皆が首を縦に振る。
そして僕らは各々獲得した素材を鞄に仕舞い、捕獲したモンスター六匹と共にオアシスエリアへと渡った。
◇
オアシスで喉を潤し、ひと時の休みを得る。
僕は草木が生えている日陰に腰を下ろし、今日の食料調達班のメンバー表を確認した。
僕がリーダーとして配属されたのは食料調達班のK班だ。
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【食料調達班(K班)】
1藍田優斗/解析士/『解析』
2濱田小百合/罠嵌士/『罠作成』
3大利根千児/鎖錬士/『拘束』
4幹瑛子/調教士/『調教』
5田子浦凱史/操魔士/『操作』
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左からメンバー名、JOB名、ユニークスキルの順で表が作成されている。
メンバーの選出には僕の意見も反映されているが、基本的には伊ノ浦理事長が各々の能力を加味してAからZまである全ての班を管理・統制している。
今回のK班の任務は素材調達の他に、明日の木曜日に行われる『畜産、養殖、酪農、農作物採取及び育成、調理、食料貯蔵』に必要な物資を集めることだ。
僕以外のメンバーで小百合と大利根先輩がモンスターの動きを封じ込めることができる『罠作成』と『拘束』を、幹先生と田子浦先生がモンスターを捕獲することができる『調教』と『操作』を使うというK班のコンセプトから考えると、今日の成果はまずまずと言っても良いだろう。
学園にはその他にも同じカテゴリーに属する能力を持っているメンバーは複数いるが、一人一スキルという制限がある中で最も重要なことは『協調性』だと理事長は言っていた。
一件バラバラに見えるK班も理事長がメンバー選出をしたことからも、この『協調性』を重視して組まれた人選なんだということが窺える。
一覧表のページを捲り、明日のスケジュールを確認する。
食料調達班により週次で採集された素材や肉、モンスターは木曜日に一斉に各技術系メンバーに分配される。
メインとなるのは飼育士や漁業士、遊牧士、鶏業士、豚蓄士といった畜産、酪農系の技術職。
ユニークスキルは順番に『畜産』、『養殖』、『酪農』、『養鶏』、『養豚』だ。
また僕ら以外にも採集士や狩猟士らが採取した貴重な種素材や劣化が早い生肉などは、農耕士や調理士などに直接渡し、有効に役立ててもらう。
特に農耕系職業はあまり種類が多くなく、例の一人一スキルのしばりのせいで常に人手が足りない状況だ。
能力者以外に作物を短時間で作成できる者は当然いるはずもなく、地味な作業だがやはりこれも異世界で生きていく上で必要な能力と言えるだろう。
「優斗さぁーん! もうお時間ですよぅー! 帰りますよー!」
遠くで小百合の呼ぶ声が聞こえ、僕はスケジュール表を鞄に仕舞い込んだ。
立ち上がり胸いっぱいにオアシスの澄んだ空気を吸い込む。
「今夜の牛のステーキで里香と大輝がまたおかわりを奪い合わなきゃいいんだけど……」
僕は一抹の不安を抱えつつ、皆と共に帰路に立った――。
〇大利根千児
高等部三年一組の男子生徒。
伊ノ浦学園きってのイケメンとして有名だが、その束縛に耐えきれず付き合っていた女子生徒からの別れ話が絶えない。
だが本人に束縛している自覚はなく、日々自問自答が続いている。
〇幹瑛子
伊ノ浦学園中等部の教頭。
学園ではナンバースリーにあたる人物でもある。
理事長である伊ノ浦深の従妹でもあり、深と共に創業者である伊ノ浦勝之助の孫にあたる。
深の妹の涼子とは昔から反りが合わず何かと言い合いになることが多い。
〇田子浦凱史
伊ノ浦学園中等部の情報教育実習の講師。
学園では近年、中等部からパソコンを使った教育実習が導入され、その教師として外部より情報教育実習教官を募集。
その募集に合格し、今年の四月より勤務することになった新担任でもある。
情報専門学校を卒業したばかりのまだ十代の新米教師であるが、中等部の男女問わず人気の教師でもある。
〇『罠作成』
罠嵌士のユニークスキル。
APとMPの同数消費により敵モンスターを一定時間拘束する罠を作成する。
拘束時間は消費AP/MPに比例する。
拘束中はいかなる行動もできないが、攻撃を加えると罠が外れてしまい敵モンスターが逃亡する。
〇『拘束』
鎖錬士のユニークスキル。
APとMPの同数消費により敵モンスターを一定時間拘束する。
拘束時間は消費AP/MPに比例する。
拘束中はいかなる行動もできないが、攻撃を加えてもHPが1以下には決してならない。
〇『調教』
調教士のユニークスキル。
消費AP無しで敵モンスターを仲間にすることができる。
成功率は拘束系スキルの発動により大幅に上方修正される。
また各種状態異常の発動により小から中程度の上方修正がなされる。
最大成功率は99%であり、まれに最大値まで上方修正されても仲間にできないレアモンスターも存在する。
〇『操作』
操魔士のユニークスキル。
消費MP無しで敵モンスターを仲間にすることができる。
成功率は相手の残りHPや各種状態異常の発動により中程度の上方修正がなされる。
また拘束系スキルの発動により小から中程度の上方修正がなされる。
最大成功率は99%であり、まれに最大値まで上方修正されても仲間にできないレアモンスターも存在する。