045 新井仁重と木田武則
十月が始まり、僕ら学生にとって本当の意味での二学期がスタートした。
十月一日の火曜日である今日は伊ノ浦理事長が作成した月間スケジュールどおり、全校を挙げて終日ライフラインの点検や整備、開発、実験などが行われる日だ。
メインとなるのは技術職に配属となったS、T、U、V班の各およそ四十名、総勢約百五十名の能力者達である。
僕らのクラスからはS班に所属している武則のほか、T班に所属している瞳(瞳に関してはその『暗記』の能力からも異世界調査班として臨時参加することもしばしばある)など計七名の学生が中心となって活動する。
残りの生徒や教師、用務員らも材料の運搬や業務の補佐など、それぞれ百五十名の技術職メンバーの指示に従い本日の目標を達成させるのが最大のミッションとなる。
「こんにちは、藍田くん」
僕は同じクラスのメンバー七名を補佐するため、用務員室の前に置かれた機材のうちの一つを運んでいる最中、誰か後ろから声を掛けられそちらを振り向いた。
そして、まるで呼吸をするかのように『解析』の能力を瞬時に発動してしまう。
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NAME エリコ
LV 178
HP 780/780
AP 0/0
MP 20/1855
ARTS -
MAGIC 『命の水LV.78』『タレスの氷LV.52』『アメデオの法則LV.25』『エンペドクレスの四大元素(水)LV.MAX』
SKILL 『無詠唱』
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「ああ、友原さん。こんにちは。友原さんは……これから休憩、かな?」
機材を地面に置き、額に浮き出た汗を拭った僕は彼女に笑みを返す。
恵理子は確か技術職のV班だった記憶があるから、今朝は早朝からライフラインの整備に駆り出されているはずだ。
「ふふ、やっぱり分かっちゃうんだ。藍田くんには何も隠し事なんて出来ないね」
「あ……ご、ごめん! つい……」
「ううん、いいのよ。私の方こそ、ごめん。意地悪で言ったんじゃなくて……ほら、半年前に藍田くんに会った時も――」
「半年前……? あ……」
そうだ。確かあの時も出会い頭に恵理子と目が合ってしまい、それで恵理子に『覗き見した』と言われて――。
「もう癖になってるんだね、藍田くんのその『解析』。でもそのおかげで私達はレベルアップできるんだし、藍田くんに見てもらわないと生き残っていけないのは事実だから……」
「いやいや、これはもう本当に申し訳ないというか……! なるべく相手の許可が無い場合は、目を合わせないように気を付けているつもりなんだけど……!」
「うふふ、やっぱり可愛いね、藍田くんって」
そのまま口元を押さえて笑ってしまう恵理子。
どうやら本当に怒っているわけではなく、僕をからかって面白がっているだけのようだ。
僕はホッと胸を撫で下ろし再び機材を持ち上げる。
「手伝おうか? その機材、重そうだし……」
「ううん、友原さんにそんなことはさせられないよ。ゆっくりと休んで、午後のスケジュールも頑張って。僕ら異世界調査班は今日はこれぐらいしか手伝えないんだから」
正直、この機材はかなりの重さだ。
でも男の僕が女子を頼るなんてみっともないし、少しは男らしいところを見せたいという気持ちもある。
だが恵理子は何も言わず、ただ僕の姿を見つめているだけだ。
ふと何か呟いている彼女の口元に目がいってしまい、その潤った唇にドキリとしてしまう。
僕は悟られないように後ろを振り向き、第三グラウンドに向かおうとした。
「……藍田くん!」
「え……?」
しばらく歩い後、後ろから僕の名を呼ぶ恵理子。
振り返ると、何故か彼女が悲しそうな表情をしているのが見えた。
胸を押さえ、僕に何かを伝えようとしている恵理子は、それでもまだ先を続けない。
その切ない表情は、どうしてか僕の心をぎゅっと絞めつけてくる。
「……ううん、何でもない。何でもないわ。今日も、頑張ってね!」
「あ……」
大きく手を振った恵理子は、そのまま校舎のほうへと走り出した。
僕はしばらくの間その後ろ姿を見送り、そして再び第三グラウンドに向かい歩き出す。
もしかして、恵理子は――。
「……はぁ。そんなこと、あるわけないだろ。まったく……」
脳裏に浮かんだ事象を打ち消し、僕は軽く首を振って先に進む。
◇
第三グラウンドには約三十名の技術職メンバーが各々の業務に付いていた。
今の時間はT、U、V班が休憩をとっているはずなので、ここにいる技術職メンバーは全員S班ということになる。
僕は機材を指定の場所に置き、一旦ベンチに腰を下ろすことにした。
第三グラウンドで行われているのは、地理教師の新井仁重先生を中心とした開発や実験が主だ。
新井先生は武則と同じS班のメンバーであり、現に今もこうやって広大な第三グラウンドの中心で他の学生が十数名彼らを取り囲んでいるのが見える。
ここが異世界でなければ普通の課外授業でも行っているような風景だ。
「………! …………!!」
学生らの隙間から、何やら武則が発狂しているような声が聞こえた気がした僕はベンチから立ち上がりグラウンドの中心へと向かうことにした。
「木田君。何度も言いますが、そんなに難しい話をしているわけではないのですよ。つい先日期末テストで島田先生が出題した範囲のおさらいをしているだけです」
「だーかーら! 俺の頭じゃ全然付いていけないんだって! そもそも物理とか赤点しか取ったことがないのに……!!」
学生の群れまで到着すると、どうやら新井先生が今日のメインとなるS班による実験開発の概要を武則に説明しているようだった。
周りの学生の表情から読み取るに、この中で武則だけが内容の理解ができておらず、思うように実験が進んでいないことが窺えた。
僕は彼らといきなり目を合わせたりしないよう注意しつつ、そっと聞き耳を立てる。
「いいですか。今回の実験、開発は私の能力である『振動』と木田君の能力である『放電』――つまり電気との融合実験が目玉です。理事長もこの結果には大いに期待をしていると仰っていましたので、これだけの機材や資料、人手も用意して下さったのですよ」
「そんなこと言われたって……! 難しすぎて俺の頭が放電寸前で――」
頭を押さえてうな垂れる武則。
地理教師である新井先生のJOBは確か『地学士』、そしてユニークスキルは『振動』だ。
武則が持つスキルである『放電』は一定の間、電気を放出するものであるから、新井先生の説明によると二人のスキルを融合すれば振動+電気――つまり、電磁波を発生させることが可能という話らしい。
「電気振動、つまり電磁波とは電流が同一回路内を超高速で往復反復し、それにより高い周波数を伴った振動を発生させる現象です。電磁波には『電波』、『赤外線』、『可視光線』、『紫外線』。それに『X線』や『γ線』などがあることは島田先生の試験にも出たはずです」
「ああ……もう俺の頭はすでにアップアップ……」
「今回の実験では『電波』によるラジオや電子機器などの使用可否、『赤外線』による携帯電話のデータ通信や使用の可否、『X線』や『γ線』による素材鑑定。特に医療分野におけるレントゲン検査、高度医療開発には『医士』である遠藤先生や『看護士』である畑中先生の協力もあり今や全技術職のメンバーが最も注視する――」
「ギーッブ! もうギブアップ! とにかく俺には説明がまったく分からない! つまり『放電』しまくれば良いってことだろ新井先生!」
「……はぁ。困ったものですね。良いですか、木田君。電磁波には『波長』と『周波数』というものがあります。それらを調整し目的にあった磁場を形成するには綿密に計算された電界と磁界との変化が――」
「はい先生! 俺と先生の間にも『波長』ってあるんだと思います! 波長が合わないから、今回の実験は止めにしませんか!」
右手をしっかりと挙げて上手いことを言ったつもりの武則は、周りの学生から失笑を浴びている。
困り果てた新井先生は首を振り、学生の隙間から見えた僕に気付いて声を掛けてくる。
「ああ、藍田君ですか。機材の運搬、ご苦労様です。ただ、こちらはあまり順調とは言えないのですが……」
「はい……。そうみたいですね……」
「ですが、この異世界にて与えられた『能力』は一人一つのルール。木田君と私でしかこの異世界に電磁波を発生させることが出来ないという解釈を理事長もしておられます。この実験が進めばこの異世界の調査が飛躍的に進み、現実世界とのコンタクトも可能となるかもしれません。更には、今後想定されるウイルスや病気を振り撒くモンスターなどに対する対処や治療法の確立などにも繋がる可能性が高い。うーむ、どうしたものか……」
顎に手を当てて考え込んでしまう新井先生。
頭から煙が噴き出している武則はその場にへたり込んでしまう始末。
この数日間のテスト期間で、ある程度勉強をしてきただけでは全ての内容を頭に叩き込むのは到底無理だろう。……特に武則に関しては。
やはりここは理事長の言っていたとおり、授業の回数を増やし、基本的な知識の部分から教育していくしか方法が無いのかも知れない。
「もう駄目だーーー! 俺には、鼻にコンセントをぶっ刺すしか能力が無いんだーーー!」
第三グラウンドに武則の泣き叫び声が木霊した――。
〇新井仁重
伊ノ浦学園の地理教師。
都内にある理系大学を卒業後、一度は民間の研究所にて研究員として働いていた変わり種の教師でもある。
研究所の退職後に教員資格を使い地方にある地学教員を経て今に至る。
理系に精通した文系教師だが、生徒らに分かりやすく説明をすることを苦手としている。
〇『振動』
地学士のユニークスキル。
最大MPの1/10を消費し、この世のあらゆる物を振動させることができる能力。
ただし生命体を振動させるには全MPの最大値を消費する。
周波数を変化させるにはレベルアップが必須(必要レベル30)。