042 教師の能力
私立伊ノ浦学園の高等部には全部で十三の科目があり、それぞれの教科を担当している教師がいる。
国語、地理、公民、数学、物理、化学、生物。
それに保健、体育、音楽、美術、外国語、家庭科の十三科目だ。
本来であれば、国語、数学、外国語、保健、体育が必修科目。
公民と地理、物理と化学と生物、音楽と美術と家庭科が選択科目となっているのだが――。
「だあぁぁぁ! 十三科目全部テストするって、一体どういうことなんだよぉぉぉ!!」
「ちょっと、急に耳元で大声出さないでよ大輝……! 鼓膜が破れるでしょう、まったく……」
夕暮れの図書室。
まだ日が長い時期とはいえ、この時間ともなればさすがに日は傾いていく。
「今更そんなこと言ったって、ホームルームで楠先生が説明してたじゃん。聞いてなかったの? 大輝」
「聞いてたけど……あれ? 聞いてたっけ、俺……? てかそんなことはどうでも良いんだよ! 多すぎだろ、覚えるところ! 十三だぞ、十三! こんなんあと数週間で覚えられるわけねぇし!」
「でも……十三科目って言っても、保健と家庭科はちゃんと授業を聞いていれば満点が取れるような試験問題にしてくれているし、体育と音楽と美術は実技試験が主だから筆記の出題部分は一日でも覚えられるし……」
「あのなぁ、俺ら三馬鹿トリオは瞳みたいに記憶力が良くないの。クラスの男子のワースト一位の大輝にワースト二位の俺。そして女子でワースト一位の――」
「シャーーラップ! そこの男子二人は黙ってさっさとここと、ここ、それにここの問題を解いてから発言しなさい!」
僕の言葉を皮切りに、大輝、瞳、武則、里香とテンポ良く会話が続いていく。
周囲を見回すと僕ら以外にも数組のグループが、やはり期末テストに向けて教材にかじりついているのが確認できる。
一人で勉強に来ている生徒も何人かいるし、あまり大声で喋っては彼らに迷惑になるだろう。
「(ねえ、瞳。瞳だったら、各先生達のJOBと能力を全て覚えているよね……?)」
化学の教科書を閉じ、僕は休憩がてら隣で苦笑したままの瞳にそっと声を掛けた。
「(え……? あ、うん……。私のスキルは『暗記』だし、全員覚えてるよ)」
そう答えてくれた瞳はレポート用紙を一枚切り取り、そこに十三の科目と担当教師、JOBと能力をまとめて書いてくれる。
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国語/七瀬美紀/言霊士/『言霊』
地理/新井仁重/地学士/『振動』
公民/河野一陽太郎/倫学士/『論破』
数学/仙台藤間/幾何学士/『図形』
物理/島田勝一/建築士/『建築』
化学/蓮城白児/封印士/『封印』
生物/遠藤公康/医士/『治療』
保健/畑中真央/看護士/『献血』
体育/大塚健二郎/剛剣士/『防具破壊』
音楽/井伊夢子/旋律士/『音圧』
美術/小堺吉海/絵士/『絵描』
外国語/レイン・高塚・ローランド/通訳士/『通訳』
家庭科/見沼陽子/栄養士/『健康管理』
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「(楠先生は前は保健教師だったみたいだけど、今は担当してる教科は無いかなぁ……)」
書き終えた瞳はシャーペンをおでこに当てて考える素振りをしてみせた。
確かに楠先生は一年二組の担任だが、十三の科目のどれも担当はしていない。
ある意味彼女は理事長補佐のようなものだし、もしかしたら伊ノ浦理事長の意向もあるのかもしれない。
僕は彼女に断り、教員と能力がまとめられたレポート用紙をジャージのポケットに仕舞い込んだ。
「(……ね、ねぇ、優斗くん。今夜、その、あの、もし良かったら、私と一緒に二人きりで勉強を――)」
「あーー! お兄ちゃーーん!」
何か小声で言いかけた瞳だったが、それを打ち消すように僕の妹の楓の声が図書室中に木霊した。
中等部のアイドルが突如、高等部の図書室に姿を現し、生徒らは皆勉強どころではなくなってしまった。
「はぁ……。ごめん、瞳。あとの時間、三人の面倒を僕の分も見てもらえないかな」
「へ……?」
「もう、お兄ちゃんたらこんなところにいたし。探しちゃったよぅ。澪先輩と相羽先輩も待ちくたびれちゃってるよ。忘れてたでしょう、私達との約束」
腰に手を当てた楓は不機嫌そうな顔で僕の前まで歩いてきた。
その後ろには野次馬が集まっているが、慣れているのか、彼女は気にした様子も見せない。
「う……ごめん。正直に言って忘れてた」
「ほーら、やっぱり。期末テストの件は中等部も一緒なんだから、ここは私のお兄ちゃんとして澪先輩と相羽先輩にも格好良いところを見せてもらわないとね」
「おい、優斗……。楓ちゃん、一体何の事を言ってるんだ?」
集まる野次馬から身を挺して楓を守る大輝。
これだけ騒がしいと教員や用務員のうちの誰かが気付いて駆けつけてくるかもしれない。
僕は小さく溜息を吐いて、忘れていたことを皆に話す。
「今日のHRの後、校庭を散歩してたら楓に捕まって――」
話は簡単だ。
要は中等部も同じ時期に期末テストをやることが決定し、楓は僕に泣きついてきた。
僕の成績は中の上くらいだが、中等部のテスト勉強くらいであれば難なく教えることはできる。
そこから話が膨らんで、楓の先輩である日高澪や相羽有紀にまで勉強を教える約束を強制的に取り付けられたのだった。
「というわけですから、お兄ちゃんはお借りしますね。先輩方♪」
「あ、ちょっと、腕を引っ張るなよ! 恥ずかしいから……!」
そのまま楓に連れられ、野次馬を掻き分けて図書室から強制退出となった僕。
「……行っちゃった」
「何だよ、あいつばっかり! 後輩女子からモテモテで! 俺らに春は来ないのかよ大輝!」
「武則……。諦めろ。優斗のあの優男キャラには誰にも敵わねぇよ……。よって俺らに春は来ない!」
「マジか!! こいつ、言い切りやがった……!!」
「……あーあ、アホらし。瞳ー。こいつらほっぽいておいて、一緒に勉強しよー」
「う、うん……」
後に残ったのは、溜息を吐く女子二人と泣き叫ぶ男子二人だったという――。