041 遅くなった期末テスト
「「期末テストぉ!?」」
「ええ、そうです。この異世界に転移してから早五ヶ月が経ちました。これまでは未開の地に足を踏み入れた貴方達生徒の精神状態を考えて、学校行事その他の授業を中止し、この異世界で生き残る術だけに全力を注いできました。ですが、それだけでは元の世界に戻れた際に他校と比べ、学力が大幅に低下してしまう――。理事長はそうお考えになり、このたび中等部、高等部合同で一学期の期末テストを開催することに決定しました」
阿鼻叫喚――。
一年二組の教室は担任の楠先生の残酷な一言で頭を抱える者、机に伏す者、あるいは窓の外に向かって奇声を上げる者など様々だ。
……主に大輝と里香と武則のことを指すのだけれど。
「もう九月も中旬、そろそろ秋になろうっていうのに、そりゃないぜ楠先生!」
「季節は関係ありません。大友君は特に中間テストの時もオール赤点だったので、今回はしっかりと勉強をして期末テストに臨んでくださいね。期末テストの日程は来週の――」
しれっと楠先生に中間テストの結果を皆にばらされた大輝は、先に話を進めている楠先生に尚も抗議を断行する模様。
でも大輝がオール赤点であるのはクラス中、いや高等部一年の間ではかなり有名な話であるので、別に今更誰も驚かないわけで……。
「あ、あの、楠先生……。期末テストまでそんなに日数が無いんですけど、それだと今週と来週の食料調達班と異世界調査班の子達が可哀想なんじゃ……」
おずおずと手を上げて発言したのは、うちのクラスの学級委員長、那美木瞳だ。
彼女の言う通り、今週と来週で合計六組、人数でいうところの三十名の学園の人間が食料や素材の回収、モンスターの討伐などに向かう予定である。
「もちろん、理事長はそこのところも考えておいでです。今週と来週の遠征は中等部と高等部の教員、および用務員と理事長自身も含めて、交代で行う予定になりました」
瞳の質問に丁寧に答えた楠先生は、他に質問がないか生徒達を見回す。
「はい! 楠先生! 俺は皆の電気を発電するっつう重大な任務があるので、期末テストなんて受けている暇は――」
「そこは大丈夫ですよ、木田君。仙台先生と島田先生で備蓄用電源を木田君用に開発してくださいましたから、当分の間は木田君もテスト勉強に専念できるはずです」
「……あっ! だからこの前、先生達に連れられて『特訓だ!』とか言われて、何度も何度も『放電』の訓練を……! くっそぉ、子供を嵌めるなんて酷い教師達めー! うわーん!」
ついに泣き叫び出した武則。
しかしクラスメイトらは誰も気にした様子もなく、我が一年二組は平常運転である。
僕は横目にそれを見て苦笑していると、反対側の隣の席の里香が定規で僕の腕を軽く突いてきた。
「(ねえねえ、優斗。仙台先生って、何の能力を持っている人だったっけ……?)」
「(仙台先生? ええと……)」
里香に言われ記憶を辿ってみても、なかなか思い出せない。
なにせこの学園には千名近くの人間がいるのだ。
一人一人能力も違い、それら全てを覚えておくのは僕の記憶力では無理な話だろう。
「……仙台先生は、『図形』です。JOBは『幾何学士』、かな」
「『図形』? じゃあ技術職系なのかなぁ……? 島田先生は『建築』だし、まったく理数系の先生方は凄い能力をお持ちで……」
僕の代わりに後ろに座っている瞳が里香の質問に答えてくれると、彼女は肩を竦めたまま自分の席に戻って行く。
ここ私立伊ノ浦学園の理事長である伊ノ浦深は、僕が覚醒させた皆の能力を大きく三つのカテゴリーに分類した。
『戦闘職』。『魔法職』。そして『技術職』だ。
当初は技術職の能力を得た人物は戦闘向きではないと考えられていたが、次第にレベルが上がると様々な戦闘用ARTSも覚え、敵モンスターの弱点属性なども上手く突けば戦闘職以上の威力を発揮するものも少なくない。
こういった細かい情報も一つずつ整理し、理事長に報告するのが異世界調査班の任務の一つでもある。
そしてそれらの情報を理事長が各教員に指示を出し、検証を重ねて、この異世界の『ルール』として一つのレポートにまとめている。
僕ら学生の間では、そのレポートを『トリセツ』(取扱説明書の略)とか呼んだりしているんだけど……。
「はい、他に質問は無いようね。期末テストが終われば、またしばらくは皆でこの異世界の調査を進めることになるとは思うけど、それもある程度目途が付けば、十三科目の授業を本格的に再開する予定です。これまでは長い長い夏休みを先に取ったと思って、これからは皆さんしっかりと勉学に励むように。……それでは今日のホームルームはここまでです。那美木さん」
「あ、はい……! き、起立……! 気を付け――」
瞳の号令が終り、楠先生は教師を後にした。
すると早速僕の周りに大輝と武則、里香が集まってくる。
しかし、彼らの顔は僕の方を向いていない。
その視線を辿ってみると、そこには――。
「……え? 私……?」
「「「神様、仏様、那美木瞳様ぁ!!」」
「きゃっ! え、ちょっと、助け……優斗くん……!」
瞳の机の周りを囲い、三人はあろうことか同時に彼女の机に頭を下げ出した。
あまりにも息がピッタリで、よく頭と頭がぶつからないなと感心してしまうのだが……。
「ほら、優斗! 貴方も一緒に頭を下げるの!」
「え? どうして僕まで――」
「当たり前だろ! 俺らは一蓮托生! 優斗だって我らが一年二組きっての優等生の那美木に勉強を教えてもらいたいだろうが!」
「マジやばいマジやばいマジやばいぃぃぃ! 俺は大輝みたいにオール赤点じゃないけど、半分以上は赤点だったから、今回コケたら親父にぶん殴られる……!」
顔面蒼白の武則は、オール赤点の大輝よりも切羽詰まった様子で瞳と僕を交互に視線を向けている。
彼の実家は地元の商店街にある電気店だ。
あそこの親父さんは頑固で有名で、武則とは性格が全く違うが顔は一目で親子と分かるくらいに似ている。
一人息子の武則はいつかは家業を継ぐのだろうが、この調子ではお金の計算も危ういのではないだろうか。
「ど、どうしよう。優斗くん……」
僕に救いの眼差しを向ける瞳。
確かに残りの期間、彼女に勉強を教われば、ここにいる三人の赤点戦士(実は里香も中間テストで四科目の赤点を出したことを僕は知っている)は最悪の結果から脱することが出来るかもしれない。
瞳の教え方は非常に分かりやすく、隣の席である僕は授業で分からないことがあれば、休み時間で空いている時にはいつも彼女に質問してしまうほどだ。
「うーん、瞳一人に三人を任せるのは大変だと思うし……。じゃあ、こうしよう。今日から期末テストまでの間、夕食が終わってから就寝時間まで、毎晩五人で勉強会を開こう。多分、理事長も図書室を終日解放してくれるだろうし、そこでなら教材も探しやすいし一石二鳥だよ」
「さっすがは優斗……って、夕食の後から寝る時間まで!? そんなにか!?」
「……軽く見積もっても四時間。ああ、私の貴重な寝る前のフリータイムが、消えていく……」
再び瞳の机に頭を垂れてしまった大輝と里香。
しかし武則だけは目を輝かせて僕と瞳を見つめてくる。
「本っっ当にサンキュウな! 神様、仏様、那美木瞳様、藍田優斗様!! よおぉぉっし、俄然燃えてきたぜぇぇぇ!!!」
闘志を燃やした武則は、椅子に片足を乗せて教室の天井に向かいガッツポーズをしている。
何はともあれ勉強をする気になってくれたのだから、楠先生や武則の親父さんも一安心してくれたかもしれない。
いつ、帰ることができるのかも分からない、僕らの家。現実の世界。
それでも僕らは前を見つめて、お互いに励まし合い――。
――そして、今を精一杯生きるしかできないのだ。
〇仙台藤間
伊ノ浦学園の数学教師。
元は同学園中等部の教師であったが、理事長の頼みを受け高等部の教員も兼任することとなった。
彼の授業は独特で、数字を図で示し生徒らに理解させようとする手法を用いている。
生徒らに絶大な人気を持つ若手の教師である。
〇『図形』
幾何学士のユニークスキル。
消費AP無しで空間にあらゆる形の物を描き出し、その中に対象を閉じ込めることができる。
閉じ込められた対象は一定の間行動不能となるが、解放されるとHPが全快するという特徴を持つ。
レベルアップにより行動不能時間、HP回復量ともに増加する。