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040 この異世界のルール

 僕らがこの異世界に学園ごと転移してから、今日でおよそ五ヶ月が経過した。

 およそ、という言葉を使わなければならないのは、当初は火や水はおろか電気も無い世界に飛ばされたせいで、時計の針がしばらく止まっていたのが理由だ。

 でも僕に覚醒した『解析』の力を使って、学園の皆と共に力を合わせて、この五か月間を生き抜くことができた。


「う……。今朝はちょっとだけ寒いかも……」


 まだ日が昇らない時間に起床した僕は、同じ教室で寝ている男子クラスメイトを起こさないようにそっと教室の扉を開ける。

 薄暗い廊下を歩き、足を滑らせないように慎重に階段を降りてゆく。

 しんと静まり返った廊下の床は冷え、上履きからでもその冷たさが伝わってくる。


「……もう、九月か」


 正面玄関に辿り着いた僕は下駄箱を開け、スニーカーに履き替える。 

 そして校舎からグラウンドに出て深く息を吸った。


 僕が異世界に転移したのは、四月の入学式が終わって数日経ったある日の朝だ。

 中等部の頃からの親友である大輝と里香、そして担任の楠先生と共に、いきなり襲い掛かってきたグランドビーストを倒したところから全てが始まった。

 あの時は本当に無我夢中で皆を助けたい一心で、僕には一体何が出来るのかをこれまでの人生の中で一番考えた気がする。

 今思えば、あの短い時間でよくそこまで頭が回ったものだと思うけれど、あれが俗に言う『火事場の馬鹿力』に近いものなのかも知れない。


 僕はその時に『解析』の力――見る力・・・を手に入れた。


 ジャージのポケットから小さな手鏡を取り出し、鏡に映った自分の瞳に視線を合わせる。

 その瞬間、僅かな光が長方形を描くように周回し、僕の顔とほぼ同じ大きさの表記が空間に浮かんだ。


------

NAME ユウト

LV 296

HP 2590/2590

AP 1310/1310

MP 0/0

ARTS 『分解 LV.72』『結合 LV.81』『視覚効果 LV.49』『行動予測 LV.24』『成分検証 LV.9』

MAGIC -

SKILL 『解析』

------


 表示された項目に目を通し、そのまま一度だけ瞬きをする。

 すると今度は別の表記に切り替わった。


------

NAME ユウト

JOB 解析士アナライザー

WEAPON(R) ---

WEAPON(L) ---

BODY 私立伊ノ浦学園のジャージ(上)

WAIST 私立伊ノ浦学園のジャージ(下)

SHOES NEKIの黒スニーカー

ACCESSORIES ---

------


 ――そう。これが僕だけに与えられた『見る力』だ。

 僕は相手のステータスを見ることができる。

 そして僕が見る・・ことによって、異世界における皆の力が覚醒し、そしてそれまで熟練して溜めた経験値によりJOBや各種能力のレベルアップが可能となる。


 この異世界には一人として同じJOBの者はいない。

 それはこの世に同じ人間が二人と存在しないことと同義だ。


 手鏡から視線を逸らすと、空間に浮かび上がっていた表記が消滅した。

 僕はもう一度深く息を吸い、ゆっくりと息を吐き身体を前に倒した。


「お、やってますなぁ優斗先生」


 校舎の方角から声が聞こえ、そのまま股の間から後方を確認する。

 僕の瞳に逆さで映ったのは一人の女子生徒――寺島里香だ。


「……その『優斗先生』っていうのはやめてよ、里香」


「えー? だって優斗のおかげで私達、この異世界で生きられているようなモンじゃん。もう先生だよ、そんなの。いや、神様?」


 そう言って笑った里香は僕の横に立ち、一緒になってストレッチを始める。


「あ、ついでに先生。私のステータスも更新をお願い」


 里香にまた先生と呼ばれ、少しだけ彼女を睨んだ。

 僕のその顔が面白かったのか、彼女は口に手を押さえて笑いを堪えているけれど……。

 小さく溜息を吐いた僕は先ほど自分にしたように、彼女の瞳に視線を合わせる。

 すると今度は彼女の顔の少し手前、ちょうど僕にその表記が見えるような位置に長方形のステータスが表示された。


------

NAME リカ

LV 358

HP 5280/5280

AP 2750/2750

MP 0/0

ARTS 『閃光の槍 LV.99』『演武 LV.99』『五月雨突き LV.65』『足払い LV.24』『獣槍撃 LV.6』

MAGIC -

SKILL 『跳躍』

------


「へぇ、すごいじゃん、里香。『閃光の槍』と『演武』が最高レベルになってるよ」


「え! ホントに!? やっぱりね、そうだと思ったのよー。何かこう『極めたぞ!』っていう感じがしてたから」


 ステータスの内容を伝えると、そう言って嬉しそうにはしゃぐ里香。

 全体レベルとその他のレベルも伝えた僕は彼女の瞳から視線を逸らした。


「でもねぇ、『獣槍撃』は消費APが多いみたいで連発できないから、なかなか訓練できないの。だからその分、初期に覚えたARTSのレベルだけカンストしておこうと思ったわけよ。消費APも少ないし」


「そうだね。初期ARTSでもちゃんと訓練して極めれば上位のARTSよりも威力が強かったりするし……。僕も『分解』と『結合』を先に極めたほうが良いのかも知れない」


「そうそう。私というARTSマスターがいるわけだから、優斗も私を見習わないとね」


「……さっきまで僕のことを『先生』とか言ってたくせに」


「なーにー? 全然聞こえなーい」


 耳に手を当ててそう言った里香はストレッチを終え、グラウンドを走り始めてしまった。

 僕は軽く頭を振り、彼女の後を追う。


 走り始めると校舎の隙間からグラウンドに光りが差しこんできた。

 僕らの世界と同じ、太陽の光。

 これだけ見るならば、この世界が異世界だとは到底信じられないだろう。

 しかし学園の正門前を通過したときに、ここが異世界だということを嫌と言うほど痛感させられる。


 学園を一歩出れば、そこは果てしなく続く砂漠地帯だ。

 以前のようにグランドビーストの群れが学園敷地内に侵入する危険性はだいぶ減ったが、それでも日に何度か砂漠地帯のモンスターが周囲のバリケードを破壊しようと向かって来る。

 僕らはその都度、学園の理事長の指示に従いそれらを撃破する。


 ――この異世界で生き残るため。奴らの素材を回収し、そこから武具やバリケードを作成する。

 

 週に三回は砂漠に食料を調達しに行く。

 各所にある繋ぎ目シームから、効率よく食材を採集できる場所も確保してある。

 繋ぎ目を跨げば、海や川、森林、田園、火山などがあるエリアに一瞬にして飛ぶことが可能だ。


 僕はふと、誰がこんな世界を作ったのかと考える。

 まるでゲームそのものの世界。

 でも僕らは生きているし、怪我をすれば痛みを感じ、傷が深ければ血を流す。

 朝起きて走れば汗も掻くし、お腹も空く。

 夜になれば眠くなるし、調子が悪い日は頭痛がすることもあれば風邪を引くことだってあるのだ。


「おっそいよー、優斗!」


 ぐるりと半周先から里香の声が聞こえ僕は頭を振った。

 そんなことは考えても意味が無い。


 僕らはここで今、確かに生きているのだから――。



 強く地面を蹴った僕は、里香に追いつくため全速力で走った。




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