038 勝利の先に見え隠れする真実
「見えた! 女王ビーストだ!」
グランドビーストの群れを掻き分け、どうにか女王の元まで辿り着いた僕ら。
しかし間近で見るとその大きさに腰を抜かしてしまいそうになる。
「あれ……? あの女王って、背中の部分がこの遺跡と一体化してない……?」
何かに気付いた里香が僕らに向き直りそう告げる。
確かに身体の一部が遺跡と繋がっているようにも見える。
ということは――。
「もしかしたら、女王自身は動くことができないのかもしれないな。だからこそグランドビーストらに食料を持ってこさせているのだろうが……」
真柴さんが里香のあとに続く。
女王はこの場を動けない――?
ならばこのまま僕らは女王を撃破すれば――。
「だったら早くやっつけちゃおうよぅ! 動けないんだったら攻撃だって出来ない――」
『グギャギャギャギャギャギャギャ!!』
「へ――?」
まるで愛梨沙の言葉に反応したかのように、女王ビーストは無数の触手のようなものを振り上げた。
一本一本が電柱くらいの太さの触手だ。
そしてそのまま僕らの頭上に――。
「みんな! 伏せて!」
もう避けきれないと予感した僕は皆にそう叫ぶ。
直後、全身に強烈な衝撃を受け、視界が遮られた。
「ぐっ……!」
「いったぁい……。誰よ……女王は動けないとか言ったの……」
遺跡の瓦礫の中から大輝と里香が起き上がる。
その下には埋もれている僕ら4人の姿が。
彼ら2人は咄嗟に僕らを庇ってくれたのだ。
しかし女王の急襲を完全に受け止めるのは不可能だったのだろう。
「あ、ありがとう大輝くん、里香……!」
起き上がった瞳は2人に回復薬を使用する。
僕もリュックから薬を取り出し、愛梨沙と真柴さんに使用する。
「サンキュウ、優斗、瞳。ていうか何だよ今の重い一撃はよ……。あんなのを何度も喰らっちまったら……」
HPが全回復した大輝は女王ビーストを見上げながらそう呟いた。
「ちょっと待って」
僕は女王ビーストをもう一度『解析』する。
------
NAME クイーンビースト
LV 455
HP 15480/15480
AP 5720/5890
MP 2240/2240
ARTS 『土の竜撃 LV.134』
MAGIC UNKNOWN
SKILL 『統率』
------
「……今のは『土の竜撃』っていう技みたいだ。たぶん全体攻撃の一種だと思う」
「全体攻撃……! だから私と大輝で受け止め切れなかったのね……」
悔しそうにそう言った里香は、長槍を構えて女王ビーストを見上げた。
「優斗、どうするんだ? あいつのHPは1万を超えてやがるんだろう? グランドビースト共もいつまでも共食いしてくれてるわけじゃねぇだろうし……」
大輝が僕の指示を促す。
皆も僕に視線を向けている。
「……うん。もってあと5分くらいだと思う。その間になるべく女王のHPを削っておかないと――」
「――俺らの敗北が濃厚になる、って訳か」
僕の言葉に続いた大輝。
『視覚効果』のアーツは同じ敵に二度は通用しない。
つまり、この5分が勝負という訳だ。
「じゃあ、やることは決まってるってことじゃん」
「愛梨沙譲ちゃんの言うとおりだな。ほれ、優斗君。いっちょう、気合の入る言葉で俺達に活をいれてくれ」
愛梨沙と真柴さんの言葉に皆が僕の目を見つめてくる。
大輝。里香。瞳。
愛梨沙に真柴さん――。
僕は一人一人としっかり目を合わせ、そして大きく息を吸い込んだ。
「大輝と里香は最大火力で攻撃を! 真柴さんは2人のフォロー、愛梨沙はチャンスがあれば『光子砲』を狙って! 瞳は付与魔法を中心に皆を強化して! 僕は『解析』をしながら回復役に徹する!」
全員に聞こえるように、僕は大きな声で指示を出した。
「……」
「……あれ?」
何故か皆が無言で笑っている。
「くく……! やっぱり優斗は優斗だな」
「そうだよねー。真柴さんは『気合の入る言葉で』って言ったのに……ぷぷぷー!」
大輝と里香の言葉で僕はだんだん顔が赤くなっていく。
「普通は『みんなー! いくぞー! おー!』とかなのにねぇ。まあ、これはこれで優斗らしくていいけどぉ」
「だな。優斗君、俺が悪かった。さあ、気合も入ったことだし、頑張るとするかな」
愛梨沙と真柴さんの言葉で更に顔が火照ってくる僕。
「優斗くん……。可愛い……」
「もう! 瞳まで……! 分かったよ! どうせ僕は掛け声とか無理だよ! 本当に、もう……」
僕が叫ぶと皆が声を出して笑った。
そして表情を引き締め、女王ビーストを見上げる。
「優斗のお陰でスカッとしたぜ。もう怖いモンなんてねぇ。いくぞ! お前ら!」
「ちょっと大輝! なに仕切ってんのよ!」
地面を蹴った大輝の後を追う里香。
それに続けて僕らも駆け出す。
必ず倒す――。
その言葉だけを胸に、僕らは――。
◇
「《天の裁き》!」
愛梨沙の詠唱により女王ビーストの上空に光が凝縮する。
そして弾けた光はまるで雨のように降り注ぐ。
「ナイス愛梨沙! ――《演武》!!」
そう叫んだ里香は女王ビーストの足元で長槍を大きく振り回し連続攻撃を発動する。
「うおりゃああああああああああ!」
瓦礫を足場にし、ジャンプした大輝はそのまま大剣を振り下ろした。
見事触手の一つを切断し、女王は悲痛の叫びを上げる。
「俺も行くぞ!」
女王の顔面に狙いを定めた真柴さんは、警鉄棒を投擲する。
大きく弧を描いた警鉄棒は女王にヒットし、そのまま手元に戻ってきた。
「みんな! 下がって! 四則演算――《除算》!!」
瞳の言葉に皆が一斉に後ろに下がる。
瞳の発動した魔法により一時的に女王ビーストの防御力が極端に低下する。
これは攻撃を加えるまで継続する付与魔法だ。
「大輝! 里香!」
僕の叫びにより2人は各々の武器を構える。
「その剛剣は全ての敵を切り倒す! ――《剛殺両断》!!」
「光と闇に囲われし姫君よ! 騎士の槍が貴女様を救出せん! ――《閃光の槍》!!」
地面を蹴り自身の持つ最高技を繰り出す大輝と、大きく『跳躍』し、上空から急襲する里香。
それら2つの攻撃が見事に女王ビーストへとヒットする。
『ブゲエエエエエエエエエエエエエェェェ!!!』
女王ビーストの鳴き声が遺跡地下に響き渡る。
僕はすぐさま『解析』をする。
------
NAME クイーンビースト
LV 455
HP 6220/15480
AP 5380/5890
MP 2240/2240
ARTS 『土の竜撃 LV.134』
MAGIC UNKNOWN
SKILL 『統率』
------
「やった! もう残りHPが半分を切ったよ!」
僕の叫びに皆が色めき立つ。
腕時計に視線を落とすと、そろそろ5分が経過しようとしていた。
僕の『視覚効果』で共食いをしていたグランドビーストの群れも、我にかえる頃だろう。
しかしここまでくれば、あとは力押しで――。
「!? おい、みんな! 女王の動きが変だぞ!!」
大輝の叫びで皆が女王ビーストに注視する。
全身を大きく振るわせた女王ビーストは苦しそうな表情で、何かを吐き出そうと――。
『ギュゲエエェェェェェェ!!』
そう叫んだ女王ビーストは僕らに向かい液状のものを吐き出した。
上空から雨のように降り注ぐそれは――。
「う……。な、なんだ……? 身体が……」
「これは……?」
急に脱力した真柴さんから視線を戻した僕は、自身の掌を注視する。
何かネバネバした液状のものが、僕らの動きを鈍らせている――?
『ギョッギョッギョッギョッギョ!!』
さらに女王ビーストは叫び、徐々に全身が遺跡の瓦礫で埋められていく。
あれは――?
「ゆ、優斗……! 『解析』、を……!」
片膝をついた大輝の言葉に従い、僕は女王ビーストを『解析』する。
------
NAME クイーンビースト
LV 455
HP 6220/15480
AP 5110/5890
MP 2020/2240
ARTS 『土の竜撃 LV.134』『麻酔液 LV.81』
MAGIC 『土竜塚 LV.167』
SKILL 『統率』
------
「『麻酔液』に……『土竜塚』……?」
新たに技と魔法の項目が増えている。
そして、僕は目を疑った。
------
NAME クイーンビースト
LV 455
HP 7326/15480
AP 5110/5890
MP 2020/2240
ARTS 『土の竜撃 LV.134』『麻酔液 LV.81』
MAGIC 『土竜塚 LV.167』
SKILL 『統率』
------
「HPが……回復していっている……」
「はぁ……? じ、じゃあ、また最初からダメージを与えていかないと駄目ってわけ……?」
僕の言葉に苦しそうな表情で反応する愛梨沙。
いや、今はそれよりも――。
僕はなんとかリュックから解痺薬を取り出し、身近にいた瞳に使用する。
「あ、ありがとう優斗君……!」
身体が自由になった瞳はすぐさま起き上がり、他の仲間にも解痺薬を使用した。
僕はその間に自身に薬を使用する。
「あの野郎……! 敵を麻痺させている間に、自身を回復させることもできんのかよ……!」
腕を回した大輝が恨めしそうに女王ビーストを見上げてそう言い放つ。
すでにHPが7割方回復した女王ビーストは、大きく口を開け叫んだ。
『グギャギャギャギャギャギャギャ!!』
その叫び声に共食いをしていたグランドビーストらは我にかえる。
しまった――!
「ふええぇ! あれって『統率』のスキルだよねぇ? またふりだしに戻っちゃったよぅ!」
僕らの周囲を取り囲むグランドビーストの群れ。
このままでは埒が明かない――。
それどころか、これだけの大群に囲まれては思うように女王ビーストに攻撃を当てることも――。
「どうするんだい優斗君! このままじゃ俺達は……!」
「優斗!」
「優斗君!」
皆が僕に声を掛ける。
僕らに残された可能性――。
それは――。
「……大輝、里香、愛梨沙、真柴さんは僕と瞳を中心に四方に立って、グランドビーストから僕らを保護してください。……瞳。あれしかない」
「え? あれを……ここで?」
僕の言葉に反応する瞳。
成功する確率はそんなに高くはない。
だけどもう、これ以外に方法が無い――。
「なんだかしらねぇけど、それしか方法がないんだな優斗!」
「分かったわ! 私達は優斗と瞳を守ればいいのね!」
「ああもぅ! ちゃんと成功させてよねー!」
「任せたぞ優斗君! 君達は魔獣共に指一本触れさせないからな!」
4人がそれぞれ四方に散り、僕と瞳を守ってくれる。
僕は瞳と視線を合わせ、お互いに頷いた。
瞳は両手を掲げ、魔法を使用する。
それと同時に僕は女王ビーストを『解析』する。
「数字の力は世界の心理を暴く! ――《素因数分解》!」
瞳の掲げた腕の先に様々な数字が円を描きながら出現する。
光の数字の中心には銀の羅針盤が出現し、針が高速で回転していた。
「……優斗くんの『解析』により、女王ビーストの最大HPは15480……。素因数分解をすると15480=2×2×2×3×3×5×43……。そこから算出される約数は全部で48個……」
瞳の脳内で算出された48個の数字は、一つ一つ読まれるごとに輝きを増していく。
「1、2、3、4、5、6、8、9、10、12、15、18、20…………」
数字で表現された魔法陣には青白い光が集約していく。
そして中心にある羅針盤の針がさらに高速回転していく。
「…………3096、3870、5160、7740、15480」
全ての数字を読み終えた瞳は目を開き、僕に視線で合図をする。
まだ魔法レベルがそんなに高くない状況では、思ったようにダメージが与えられない『素因数分解』という魔法――。
魔法陣の中央にある羅針盤のルーレットは、必ず『低い数字』で止まってしまう。
でも、僕なら――。
「優斗くん! いくよ!」
「ああ!」
瞳の掛け声により魔法が発動される。
羅針盤の中心にある針が徐々に回転を遅くしていく。
僕は意識を集中し、魔法陣に描かれた数字の小さいほうに狙いを定めた。
「万物は神が奪いし力に凌駕される――《分解》!!」
魔法陣に描かれた48個の約数のうち、少ないほうの24個の数字を『分解』する。
今の僕に出来るのは半分を消すことが精一杯なのだが――。
「やった……! 優斗くん……! これなら……!」
瞳の言葉と同時にルーレットが停止した。
針が示した数字は――。
『7740』
魔法陣から青白い光が照射される。
そしてその光は女王ビーストへと襲い掛かった。
『ギギギギ……!?』
苦しそうに悶える女王ビースト。
僕はすかさず奴を『解析』する。
------
NAME クイーンビースト
LV 455
HP 2995/15480
AP 5110/5890
MP 2020/2240
ARTS 『土の竜撃 LV.134』『麻酔液 LV.81』
MAGIC 『土竜塚 LV.167』
SKILL 『統率』
------
「残りはあと約3000だ!」
僕の叫びに皆が瞬時に反応する。
「よおおっし! 大輝、里香! そこをどいて! ――《光子砲》!!」
既に詠唱をチャージしていた愛梨沙はレーザーを放ち、女王までの道筋を作ってくれる。
「四則演算――《乗算》! 四則演算――《除算》!!」
すぐさま付与魔法を掛ける瞳。
僕ら全員の攻撃力が上昇し、女王ビーストの防御力が極端に低下する。
「里香! もう一度同時に行くぞ!」
「分かってるって!」
大輝の合図で地面を蹴る2人。
女王の足元で力を貯めた大輝。
そして『跳躍』により上空で構える里香。
「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
2人の剣閃が交差する。
そして――。
『ブギョワアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
一際大きな叫び声を上げた女王ビースト。
徐々に身体の中心から亀裂が入り――。
――そして、眩い光とともに地面へと吸い込まれていった。
「……やったの? 私達、女王ビーストを……?」
その場にへたり込んだ里香。
女王ビーストが居た場所には無数の素材が出現していた。
ということは――。
「やった……。やったよ! 倒したんだ!」
「うおおおおお! 勝ったぜ! 俺ら、勝ったんだー!!」
僕と共に勝利の雄叫びを上げる大輝。
「み、見て……! グランドビースト達が……!」
女王を失い、統率が乱れたグランドビースト達は大穴へと帰っていく。
もう奴らが学園を、食料調達の場として狙うことはないのだろう。
終わったんだ――。
これでしばらくは平穏な日々が――。
「おーい! 君達ー!」
遠くのほうで男性が僕らを呼んでいるのが聞こえる。
あれは『医士』の――。
「あー、そうだった。すっかりあいつらのこと忘れてたな。さっさととっ捕まえて理事長に差し出そうぜ」
大剣を背負い溜息混じりにそう言った大輝。
「御神さんは大丈夫です! あの、これは一体どういうことなのでしょうか? 私たちはここに怪我をした生徒が迷い込んだと聞いて来たのですけれど――」
もう一人のほうの女性がこちらに駆け寄りながらそう話す。
怪我をした生徒――?
彼女は一体なにを言っているんだろう。
「はあ? あんた達はそこの御神さんと彩芽に誘拐されたんでしょう?」
里香が首を傾げながらそう話す。
しかし彼らは気を失っている御神さんと彩芽を懸命に背負っていた。
まるで自分達を誘拐した犯人ではないかのように――。
「誘拐? 一体なんの話ですか? 彼らは私達と共に生徒を救出するためにここまで来てくれたのですよ?」
女性はすぐさま里香の言葉を否定した。
男性のほうも何がなにやら分からないといった表情だ。
しかし、僕の頭はひとつの可能性を導きだす。
そしてその『可能性』は、僕の心のモヤモヤを全て吹き飛ばしてくれる『答え』だったのだ。
「そうか……。そういうことだったのか……」
「優斗?」
僕の呟きに反応する大輝。
僕は大きく深呼吸をし、皆に振り返りこう言った。
「犯人が分かったよ。僕らはみんな騙されていたんだ。あの人に――」