036 女王ビースト
『土竜獣のダンジョン:最深部』
長く続く階段を降りた僕らの目の前に、突如現れた空間。
大きくドーム状に広がった遺跡の最深部は、至るところに大きな穴が開いていた。
「なんつう広さだよここは……」
武器を構えながら僕らの先頭を歩く大輝。
「うっわ、なにこの穴だらけ……。トンネル工事でもしている――わけないか」
その横で同じく武器を構えながら周囲を警戒している里香。
「ちょっと! あれ! あそこに人がいるよぅ!」
後ろから大きな声を上げた愛梨沙。
彼女の指差す方向に皆の視線が集中する。
そこには男女2人の人間が、今まさにグランドビーストの集団に襲われようとしていた。
「おい……。あの集団の中央でクモの巣みたいなものでグルグル巻きにされている奴って……」
今度は大輝が何かに気付き指を差す。
「あれは……御神! それに上杉の嬢ちゃんじゃねぇか!」
真柴さんの言葉に皆が息を呑む。
やはり2人ともグランドビーストに捕らえられていたのだ。
「行方不明だった2人と、彩芽と御神さんがここにいるということは……」
僕はそう呟き思案する。
ずっと引っ掛かっていたことが、もう少しで解決しそうな――。
「おいこら優斗! 考えるのはあいつらを助けてからだぜ!」
大輝の声で我にかえる僕。
そうだ。
今はあの4人を助けなくちゃ――。
「数は10体くらいしかいないし、このまま皆で突っ込もうよ!」
里香の提案に皆が頷く。
そして一斉に駆け出そうとしたその瞬間――。
『グギャギャギャギャギャギャギャ!!!』
地下のドーム全体を揺るがすほどの叫び声。
僕らは身を屈め、両耳を押さえるので精一杯だった。
「な、なんだよ……。この馬鹿でかい鳴き声――」
身を起こした大輝の言葉が急に止まる。
その目は一点を見つめたまま静止していた。
「なに……あれ……?」
瞳が指差す先には、ドームの壁だと思っていた巨大な何かが。
それが大口を開けて叫びながら、目を覚ましたのだ。
僕は咄嗟にそれを『解析』する。
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NAME クイーンビースト
LV 455
HP 15480/15480
AP 5890/5890
MP 2240/2240
ARTS UNKNOWN
MAGIC UNKNOWN
SKILL UNKNOWN
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「女王……ビースト……」
僕の言葉に、皆の緊張が高まる。
「レ、レベルは? HPは……?」
里香が僕の解析結果を急かす。
「レベルは455……。HPは15480……」
「ひぃ……! か、勝てっこないよぅ! そんな化物!」
愛梨沙が悲鳴を上げ、腰を抜かしてしまう。
瞳は怯えた表情のまま、足元をガタガタと震わせていた。
「だ、大丈夫だ! 皆で力を合わせれば、なんとか倒せるはず――」
今度は真柴さんが言葉を止めてしまう。
なんだ――?
何か地響きのような音が――。
「お、おい……。この音って……」
「今度はなに!? もうやだ! おうちに帰りたいー!」
耳を澄ます大輝と泣き叫ぶ愛梨沙。
僕らは音の響く方向に視線を向ける。
「一箇所だけじゃないよ! あっちこっちから地響きが……!」
里香が武器を構えながら叫ぶ。
音はドーム全体から響き渡ってきているようだ。
僕は無意識に腕時計に視線を落とす。
時刻は午後7時――。
まさか――。
「き、来たぞ! ぞろぞろと出てきやがった!」
真柴さんの言葉どおり、ドーム内のあちらこちらに開いた大きな穴から、続々とグランドビーストの大群が集まってきた。
500、1000……。
いや、それどころではない数のグランドビーストの大群が――。
「くそ! こんなに居やがったのかよ! 学園の周囲に居たのはほんの一部だったってことかよ!」
「あ、あわわ……!」
悪態を吐く大輝と気絶しそうな瞳。
僕らの周囲にもグランドビーストの大群が迫ってくる。
どうする――?
このままでは、僕らは全員――。
『グギャギャギャギャギャギャギャ!!!』
もう一度大きく咆哮した女王ビースト。
それを合図として、グランドビーストの群れが殺気立った。
(もしかしたら……!)
僕はもう一度女王ビーストを『解析』する。
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NAME クイーンビースト
LV 455
HP 15480/15480
AP 5890/5890
MP 2240/2240
ARTS UNKNOWN
MAGIC UNKNOWN
SKILL 『統率』
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予想が的中し、僕の心はざわつきだす。
これならば、『勝機』はある――!
「みんな! 女王ビーストのスキルは『統率』だ! きっと女王を叩けば、群れの統率力が低下するはず!」
僕の言葉にハッとする仲間達。
「ナイス優斗! おい里香! 俺達でなんとかあのデカブツまでの道筋を切り開くぞ!」
「おっしゃあ! もうこうなったら破れかぶれよ! 里香ちゃん無双を甘くみないでよね!」
各々の武器を構え、前方の大群に突進していく大輝と里香。
「真柴さんと愛梨沙は大輝たちのフォローを!」
「よし分かった!」
「うぅ……。怖いけど、里香にばっか見せ場を作らせたら悔しいもんね!」
大輝らの後を追う真柴さんと愛梨沙。
「瞳。僕らは大輝たちがグランドビーストを引き付けてくれている間に、あの4人を救出しよう。協力してくれるか?」
「う、うん……。怖いけど、頑張ってみる……!」
僕と瞳は10体のグランドビーストに向かい、駆け出した。
僕は走りながら前方にいる男女2人を『解析』する。
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NAME キミヤス
LV 32
HP 142/142
AP 0/0
MP 632/632
ARTS -
MAGIC 『心肺停止 LV.12』『臓器移植 LV.7』
SKILL 『治療』
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NAME キミヤス
JOB 医士
WEAPON(R) -
WEAPON(L) -
BODY 白衣
WAIST 皮のズボン
SHOES 黒の革靴
ACCESSORIES -
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NAME マオ
LV 29
HP 110/110
AP 0/0
MP 252/252
ARTS -
MAGIC 『注射器 LV.9』『ガーターベルト LV.3』
SKILL 『献血』
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NAME マオ
JOB 看護士
WEAPON(R) -
WEAPON(L) -
BODY 白のシャツ
WAIST 茶色のスカート
SHOES 紺のハイヒール
ACCESSORIES ハートのイヤリング
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(キミヤスさんとマオさん……)
やはり僕の記憶にない人間だ。
しかしあのとき、全校集会で『解析』した覚えが確かにある。
「瞳! 僕はあのグランドビースト達をなんとか抑えるから、君はあの2人を!」
「うん!」
瞳が2人の元へ駆けていくのを見送り、僕は地面に右手を翳す。
「――《分解》!」
グランドビーストの群れに伸びた一本の線。
そこから徐々に、扇状に地面が割れていく。
この遺跡が『霊妙石』という石で作られていることは、すでに入り口で拾った素材で判明している。
それをダンジョン探索中に『分解』してみたところ、『霊砂』と『妙砂鉄』という素材に変化した。
両方とも非常にサラサラとした素材で、もしも突然、足元にそれらが出現すれば――。
『ブギィィ!!』
『プギャァァ!!』
足元を掬われたグランドビーストたちは、抱えていた彩芽と御神さんをその場に落とす。
僕は慌てて駆け寄り、全身に巻かれた糸状の物を引きちぎろうとする。
「くそ、固い……!」
伸縮性がありなかなか引きちぎれない。
しかし、こうも全身に巻かれていると『分解』を使う訳にもいかない。
「優斗くん! 《四則演算――加算》!」
僕に向け杖を振り、魔法を使用した瞳。
徐々に力が湧いてきた僕は、力いっぱいに糸を引っ張り上げる。
ブチィッ――!
という音と共に糸が引きちぎられ、中から気を失った彩芽が現れた。
僕は続けざまにもう一方の糸を引きちぎる。
「御神さん!」
そこには足から血を流した御神さんの姿が。
ダンジョン内に落ちていた血痕は御神さんのものだったのか……。
『グルルゥ……』
なんとか2人を救出し、態勢を立て直しつつあるグランドビーストと対峙する僕。
僕は背後にいる『医士』と『看護士』に向かい叫ぶ。
「キミヤスさんとマオさんですよね! 御神さんの傷を治すことはできますか!」
「え? あ、ああ! それなら今すぐに……!」
僕らの戦いぶりに呆気に取られていた2人は我にかえり、御神さんと彩芽の状態を観察してくれた。
あの2人はジョブ名から察するに回復職のスペシャリストなのだろう。
彩芽たちの事は任せておいて、今はこいつらをなんとかしないと――。
「わ、私も加勢する……! これくらいの数のグランドビーストが倒せなかったら、あの女王なんてとても無理だもの……!」
杖を構え臨戦態勢の瞳。
僕も彼女の言葉に頷き、鋭鉄棒を構える。
前方に視線を凝らすと、大輝と里香がグランドビーストの大群に向かい無双しているのが見えた。
真柴さんも愛梨沙も、なんとか2人をサポートしている。
「こんな少数に時間を掛けていられない……! 一気に倒して、大輝達の加勢に向かおう!!」
そう叫んだ僕は、瞳と共に地面を蹴った――。
〇遠藤公康
伊ノ浦学園の生物教師。
温厚な性格で生徒らからの人気も高い。
実家は都内のはずれにある『遠藤医院』を経営している。
〇畑中真央
伊ノ浦学園の保健教師。
元々保健教師だった楠の後を引き継いだ新人教師。
愛嬌のある笑顔が特徴的。
〇『治療』
医士のユニークスキル。
対象のHP、AP、MPや様々な状態異常を回復することができる。
レベルアップにより効果が増大する。
〇『献血』
看護士のユニークスキル。
自らのHPを犠牲にして仲間のHPを大幅に回復することができる。
レベルアップにより様々な追加効果が発動する。