034 遺跡内部
「もうアリス疲れたぁ。一体いつまで歩くのー? もう帰りたいー」
最後尾でトボトボと歩く愛梨沙。
そろそろ学園を出発してから2時間が経過する。
手元の時計は午後の3時を回ったところだ。
「ていうかこの先って、もしかして……」
真柴さんの後ろを付いていく大輝がなにかを思い出したように呟く。
「うん……。あの『グランドビースト』の巣だよ、大輝……」
大輝の後に続くように里香がそう呟く。
その言葉に皆が息を呑んだ。
「真柴さん。彩芽たちは確かにこっちに向かったのですか?」
「ああ。俺の『追跡』はそう言っているぜ」
真柴さんは自信ありげな表情でそう答えた。
もしも彩芽達がグランドビーストの巣に向かったのだとしたら、命に関わるかもしれない――。
「ど、どうするの……? 優斗くん……」
不安げな表情でそう言う瞳。
「とにかく急ごう。真柴さん。もう少しスピードを早められますか?」
「良いけどよ……。あの嬢ちゃんはどうするんだい?」
真柴さんは最後尾でうな垂れている愛梨沙を指差す。
足元はフラフラで今にも倒れてしまいそうだ。
「大輝ぃ! おんぶぅ!」
「はあ? なんで俺がお前をおんぶするんだよ……。優斗、タッチ」
「え? 僕? ちょっと僕じゃ力がないから……」
「うわぁ、優斗ひどいー! 私が重たいって言うのー?」
急に僕に絡みだした愛梨沙。
というか疲れているというよりも、ただ構って欲しいだけなのかも……。
正直、面倒臭い……。
「優斗ぉ~。私もぉ~、おんぶぅ~」
何故か里香が気持ち悪い声で僕の名を呼ぶ。
もしかしたら愛梨沙の声真似をしているつもりかもしれないけれど、全然似てない……。
「……里香ちゃん……」
深く溜息を吐く瞳。
「ああ、もう! うるせぇ女子共だな! そんなに抱っこして欲しかったら俺がまとめて抱っこしてやらぁ!」
「抱っこはいいや」「パス」「私、何も言ってないのに……」
大輝の言葉に3人は同時に返事をかえす。
「ひどくね……? なあ、優斗。こいつらひどくね……?」
大輝はすがるような目で僕に同意を求めてくる。
僕は苦笑しながら大輝の肩を叩いてやった。
「とにかくこの先に御神と上杉の嬢ちゃんはいるはずだ。急ぐんなら、早くしな」
痺れを切らした真柴さんに窘められ、僕らは気を引き締めなおす。
そして砂漠地帯の奥へと歩を早めたのだった――。
◇
延々と続くと思われた砂漠地帯。
しかしよくよく目を凝らすと至るところに陽炎――つまりは繫ぎ目の存在が確認できる。
今現在、僕らが発見した『場所』は、砂漠地帯の正式名称である『土竜の砂漠』と巨人がいた『深緑の森』。
そして主に食料が豊富に存在する『生命の砂浜』と、武具素材や薬の原料が豊富に採取できる『原始の幽谷』の4つだ。
そして今、目の前には地下へと続く遺跡のようなものが聳え立っている。
これが大輝らの言っていた――。
「ここだな。御神達はここにいる」
真柴さんは僕らに振り返りはっきりとそう断言した。
「マジかよ……。どうすんだよ優斗。理事長からはまだグランドビーストの巣には入るなって言われているんだろ?」
「うん……。でも、ここまで来て引き返すとなると、彩芽と御神さんの身に何かあったら――」
「ちょっとぉ! 優斗は犯罪者の命と私達の命、どっちが大事なのよー! 理事長は『入るな』って言ってたんでしょう? そんなの放っておけばいいじゃんー!」
僕の言葉に愛梨沙が猛反発をする。
確かに愛梨沙の言うとおり、僕は皆の命を危険に晒そうとしているのかもしれない。
でも、学園を出発する前からずっと嫌な予感がしていたのだ。
何かを見落としているような、そんな予感が僕の心を掻き乱している――。
「優斗くん……。私は、行くよ。優斗くんと一緒なら、どこへだって……」
瞳が僕をじっと見つめてそう言う。
思えば今回の件では瞳を頼りっぱなしだった気がする。
それなのに僕は、理事長の言いつけを破ってまで彼女を危険に晒そうと――。
「ちょ、ちょっと! もちろん私だって行くわよ! なに2人だけ良い雰囲気になってるのよ!」
僕と瞳の間に無理矢理入ってきた里香。
「……だってよ。どうする愛梨沙? 当然、優斗が行くなら俺も行くし、真柴さんだって理事長から『全員揃って生還』するように言われてるから、ここで引き返すわけにはいかないだろうし」
「うむ、そうだな。首に輪を括りつけてでも、御神を連れ戻すと約束したからな」
大輝の言葉に大きく頷く真柴さん。
皆の視線が愛梨沙に集中する。
「ああ、もう~! 行きますよぅ! こんなところで一人取り残されたら、行かないわけにはいかないしぃ……もう……」
半泣き状態の愛梨沙は渋々僕らについてくることを決心したようだ。
僕は全員の顔を確認し、それぞれに指示をだす。
「大輝と里香はこのまま前衛で。真柴さんは引き続き『追跡』で彩芽達の行方を調べてください。瞳は出口までの経路を『暗記』して僕らが迷わないように注意して。それに遺跡内は真っ暗だ。愛梨沙は光魔法で内部を照らし続けて欲しいんだけれど……」
「はいはい分かったよぅ。MPがやばそうになったらすぐに回復させてよね、優斗」
僕の言葉に全員が首を縦に振る。
一体この遺跡の内部はどうなっているのか――。
――息を呑んだ僕らはグランドビーストの巣へと足を踏み入れたのだった。
◇
遺跡内部入り口を愛梨沙が光魔法で照らしてくれる。
僕はその辺に転がっている石を拾い『解析』する。
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『土竜獣のダンジョン』
霊妙石のかけら×1
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「ダンジョン……?」
この遺跡の名前は『土竜獣のダンジョン』というらしい。
霊妙石というのは、この遺跡を形作っている石の名前なのだろうか。
僕は石をリュックに詰め、遺跡の奥に視線を凝らす。
内部は真四角に形づくられた石造りの通路が延々と続いている。
広さは大体、学園の渡り廊下と同じくらいだろうか。
これくらいの狭さであれば、グランドビーストの大群に囲まれても各個撃破が可能かもしれない。
あとは背後からの急襲に注意すれば――。
「里香。前衛は大輝ひとりに任せて、里香は最後尾についてくれるか? もしかしたら挟み撃ちに合う可能性もあるし」
「うん、分かった」
僕の指示通りに動く里香。
これでポジショニングは前衛が大輝、前中衛が僕と真柴さん、後中衛が瞳と愛梨沙、後衛が里香となった。
僕らは薄暗いダンジョン内を慎重に進んでいく。
ある程度進むと左右の分岐点が見えてきた。
右の通路に視線を移すと、そのさきにも分岐点が見える。
左の通路も似たようなものだった。
「左だな。御神達はこっちにいる」
真柴さんの言葉に従い、僕らは左の通路を進むことにする。
「ここってずっとこんな感じで迷路みたいになってんのかなぁ。それだったらマジで瞳がいなきゃ迷子になってんな、俺ら」
警戒を怠らずに大輝が話しかけてくる。
確かに遺跡の内部がこんなに複雑になっているとは予想していなかった。
たまたま僕と瞳がこの行方不明事件に気付かなかったら、いずれ編成される遺跡探索班は遭難していたかもしれない。
(運がいいのか、悪いのか……。でも今は前向きに考えて、意識を集中して進まなきゃ……)
ここは土竜獣のテリトリーだ。
気を抜いたら最後、僕らは奴らの腹の中かもしれない。
一匹一匹は大したことはないかもしれないけれど、やはり大群で攻められるのは脅威だ。
「……いたぞ」
大輝が小さな声で僕らに警戒を伝える。
僕は前方に向け『解析』を発動する。
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NAME グランドビースト
LV 6
HP 53/53
AP 21/21
MP 0/0
ARTS 『喰い破り LV.2』
MAGIC -
SKILL 『救援』
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NAME グランドビースト
LV 4
HP 42/42
AP 15/15
MP 0/0
ARTS 『喰い破り LV.1』
MAGIC -
SKILL 『救援』
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NAME グランドビースト
LV 9
HP 85/85
AP 42/42
MP 0/0
ARTS 『喰い破り LV.3』『地面もぐり LV.1』
MAGIC -
SKILL 『救援』
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・・・・・・・・・。
「ひい、ふう、みい……。全部で10匹だね……」
全てのグランドビーストを解析し、皆に情報を伝える。
レベルは3から12まで様々だが、これくらいの数であれば問題なく捌くことができる。
「一斉にいくぞ……。優斗、愛梨沙。援護を頼むぜ」
「あ! こっちからもきた! 後ろ後ろ!」
里香の叫びに僕らは後方を振り返る。
そこにはグランドビーストが3匹――。
「そっちはお前一人で行けるだろ! 真柴さんは瞳を頼む!」
「おう、任せろ。チャンスがあれば俺も攻撃に加わるぜ。そのために日夜特訓してきたんだからな」
ニヤリと笑った真柴さんは警鉄棒を構え、瞳を自身の背後へと庇う。
「うえぇ、ここ狭いから『跳躍』は使えないし、『千年木の長槍』は振り回せないし……。戦い辛いよぅ……」
泣き言を言いながらも武器を構える里香。
確かにこの狭い通路で戦うには、小回りの効く武器のほうが良いのかもしれない。
「泣き言言ってんじゃねぇ! いくぞ! 《そこを動くんじゃねぇぞ! 土竜野郎共!》」
大輝の『咆哮』が石造りの通路に響き渡る。
前方に犇いているグランドビーストの群れが一気に硬直する。
そしてそれが、僕らの戦闘の合図となった――。