031 聞き込み捜査
理事長室から出た僕らはその足で学園の中庭へと向かった。
そして大きく溜息を吐き、ベンチへと腰を降ろす。
「なんだか大変なことを頼まれちゃったね……」
僕の横にちょこんと座った瞳は不安げな表情でそう話す。
「うん……。しかも理事長は『極秘』だって言っていたから、大輝や里香にも相談できないしね……」
行方不明者2名の捜査と犯人の特定――。
警察でも探偵でもない僕らにそんなことが出来るのだろうか。
「でも、理事長の言ってたとおり、もしも今回の件で噂が広まっちゃうと大変なことになっちゃいそうだよね……」
瞳の言葉に僕は無言で頷く。
せっかく先の巨人発見のショックから少しずつだが立ち直ってきたというのに。
今度は学園のメンバーから犯人を捜さないといけないなんて……。
「でもどうしたらいいんだろう。『記憶に無い2人の人間を探す』なんて、まるで雲を掴むような話だよ……」
頭を抱え呻くようにそう言う僕。
しかし理事長は僕と瞳ならばできると言ってくれた。
そして悩んだ挙句、僕らは依頼を受けたのだ。
「とりあえず、この4人に話を聞いてみるしかないかもね。優斗くんがいれば『解析』でレベルアップをさせるっていう名目でそれとなく話を聞けると思うし……」
そう言った瞳は制服の胸ポケットから先程のメモを取り出す。
僕はそのメモをもう一度よく確認する。
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封印士/『封印』/蓮城白児/化学教師
催眠士/『催眠』/御神辰巳/用務員
詐欺士/『詐欺』/辻雄一郎/高等部2年1組
隠蔽士/『隠蔽』/上杉彩芽/高等部1年4組
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化学教師である蓮城先生は大抵、職員室か実験室にいるはずだ。
物理教師の島田先生とも仲が良く、食堂で一緒に食事をしている姿を何度か見かけたことがある。
用務員の御神さんは、この学園が転移したときにグランドビーストの集団を発見した第一発見者だ。
彼が咄嗟に正門を閉めてくれたお陰で、一匹だけの侵入で済んだといっても過言ではない。
2年の辻先輩はあまり特徴のない男子生徒で、正直どんな人なのかは詳しくは知らない。
そして――。
「彩芽ちゃんって、優斗くんと里香ちゃんのお友達だよね」
「え? あ、うん……。小さい頃はよく3人で遊んでいたんだけど、彩芽は別の中等部に行っちゃったからね。同じ高等部になって久しぶりに会ったから挨拶したんだけど、まったく口を聞いてもらえなくなっちゃって……」
「そうなんだ……。なんか、悲しいよね。そういうのって……」
僕の表情を察しそう言ってくれる瞳。
彼女の気遣いに気付いた僕は、無理に明るく振舞おうとする。
「行こう、瞳。こうしている間にも、もしかしたら行方不明の2人が危機に晒されているのかも知れない。僕らは僕らで出来ることをやろう」
「……うん、そうだね」
ベンチから立ち上がった僕らは校内へと向かう。
とりあえずここから一番近い職員室へと向かってみよう。
◇
「おお、どうした藍田。今日は那美木も一緒か。先生になにか用か?」
職員室に入ると、一番奥の席で本を読んでいた蓮城先生。
僕は当たり障りのない雑談を交わしたあと、先生のステータスを『解析』する。
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NAME ハクジ
LV 42
HP 398/398
AP 0/0
MP 245/245
ARTS -
MAGIC 『封魔 LV.5』『封技 LV.7』
SKILL 『封印』
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僕はいつもの通りに瞬きをする。
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NAME ハクジ
JOB 封印士
WEAPON(R) -
WEAPON(L) -
BODY 白衣
WAIST 茶色のズボン
SHOES 黒の革靴
ACCESSORIES 銀のジッポ
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「お、またレベルが上がったな。いつもすまないな、藍田」
「いいえ。僕にできるのはこのくらいしかないですから」
礼を言う蓮城先生にそう答える僕。
しかし僕は心の中で別の思考をしている。
蓮城先生のマジックは『封魔』と『封技』――。
名前どおりに効果を予想するならば、対象者の魔法や技を封じることができるはず。
ならばユニークスキルの『封印』とは――。
僕はそれとなく瞳に視線を向ける。
彼女は何も言わずにコクリと頷いた。
それは『暗記は任せて』という彼女なりのジェスチャーなのだろう。
僕は蓮城先生に向き直り、いくつか質問してみることにした。
「蓮城先生って変わったスキルを持ってますよね。普段はどうやって鍛錬しているんですか?」
「うん? ああ、まあそうだな。『封印』とはいっても、なにか対象を決めてスキルを発動しているわけではないからな。空いている時間に宙に向かって『封印するイメージ』を固めるというか……。うーむ、説明が難しいのだがな……」
腕を組み、考えて込んでしまった蓮城先生。
しかし何となくニュアンスは伝わってくる。
僕の『解析』も似たようなものなのだから。
その後も色々と雑談を交わしたが、これといって決め手のある証言は得られなかった。
もしも蓮城先生が瞳の『暗記』を封印した張本人だったとしたら、あまり突っ込んだ質問もできない。
僕らはきりの良い所で話を切り、職員室を後にした。
「……なかなか『聞き込み』って難しいよね」
廊下を歩きながら溜息混じりにそう言う僕。
「うん……。でも蓮城先生は本当に何も知らなそうだったよね。もしかしたら、演技でそうしているだけなのかも知れないけど……」
こめかみを押さえながらそう答える瞳。
いまの蓮城先生の会話をしっかりと脳内にインプットしているようだ。
「このまま上の階の1年4組と2年1組を回って、最後に用務員室に向かおう。今のところ何も手掛かりが無いし、瞳が言ったとおり4人全員に話を聞いた方が早いかもしれない」
「うん。私もしっかりと『暗記』するね」
僕らはお互いに顔を向け、力強く頷いた。
◇
4組の彩芽、2年1組の辻先輩、用務員の御神さんと立て続けに会い『解析』を行った僕と瞳。
しかし何一つ犯人の手がかりとなりそうなものは発見できなかった。
本当にこの中に犯人がいるのだろうか。
僕と瞳は再び中庭のベンチに座り、大きく溜息を吐いた。
「うーん、どうしよう……。全然手掛かりが見つからない……」
イライラして頭を掻き毟る僕。
そもそも僕なんかに探偵の真似事なんて無理だったんだ。
これ以上4人に話を聞いても逆に怪しまれてしまうし、行方不明者の目撃情報を得ようにも、理事長が言っていたように『人の記憶を封じるスキル』を持った人の犯行だとしたら誰も覚えていないはずだ。
「あれ? おーい、優斗と瞳じゃんか。なにしてんだお前ら?」
廊下の窓から声を掛けられ振り向く僕と瞳。
そこには手を振っている武則の姿が。
「……あ。もしかして、デートとか?」
「ち、ちちち違うよ武則くん! これは、あの、ええと……」
武則の言葉に顔を真っ赤にしながら否定する瞳。
なにもそこまで必死に全否定しなくても……。
ベンチから立ち上がった僕は、雑談ついでに武則に4人のことを質問してみた。
「あー、辻先輩のことは俺もよく知らないなぁ。蓮城先生は島田先生と同じ大学の出身だってのは聞いたことあるけど」
「へぇ、そうなんだ。あの2人って旧友なんだ」
それならばあれだけ仲が良いのも頷ける。
「あとは、そうだな。これは噂なんだけどな――」
武則が僕に耳を貸せとジェスチャーする。
なんだろう。
瞳に聞かれたらまずいことなのだろうか。
しかし、今彼女は顔を真っ赤にしながら未だに見えないなにかと戦っているけれど……。
「(4組の上杉彩芽と用務員の御神辰巳って、付き合ってるらしいぜ)」
「えっ!?」
ついびっくりして大声を出してしまう。
彩芽と御神さんが――付き合っている?
「(馬鹿! 声がでかいぞ! ……4組の女子が噂してたから、恐らくマジもんなんだろうけど、御神って27くらいだったろ? 10歳以上も離れた男とよく付き合えるよな、上杉も)」
その後も武則は4組の女子から聞いた噂話を延々と僕に聞かせてくれた。
しかし、それらのほとんどを聞き流していた僕は、ある仮説を立てていた。
皆の記憶と瞳の『暗記』を封じ。
そして2人もの人間をどこかに隠す――。
これらを果たして、一人の人間で行えるのかどうか――。
彩芽のスキルは『隠蔽』――。
そして御神さんのスキルは『催眠』――。
「ごめん、武則! 続きはまた今度聞かせてもらうから! 行こう、瞳!」
僕はまだ顔を真っ赤にしたままなにかと戦っている瞳の腕を引き、走り出す。
「あ、おい優斗! さっきの話は秘密だからな! 俺から聞いたとか言いふらすんじゃねぇぞ!」
後ろから武則の叫び声が聞こえた気がするが、僕の耳にはもう届かない。
とにかく今の情報と僕が立てた仮説を理事長に報告して判断をしてもらおう――。
「ゆ、ゆゆ、優斗くん……! どうしてそんなに険しい顔で、私の腕を引いて……! も、もしかして……? あわわ……」
そのまま目を回してしまった瞳。
こんな時に倒れられてしまっては困る。
今はすぐにでも理事長に報告をしなくちゃ――。
僕は瞳の頬を叩きながら、そのまま理事長室へとひた走る――。
〇『催眠』
催眠士のユニークスキル。
催眠術を使い他者を操ることができる。
レベルアップにより操れる項目が増加する。
〇『隠蔽』
隠蔽士のユニークスキル。
人や物を隠蔽することができる。
レベルアップにより隠せる対象が増加する。
〇『封印』
封印士のユニークスキル。
一定条件の下、対象のスキルを封印することができる。
レベルアップにより徐々に条件が解除されていく。
〇『詐欺』
詐欺士のユニークスキル。
対象に対し確率により詐欺を働くことができる。
レベルアップにより成功率が上昇する。