028 圧倒的な力の差
蔦から解放された僕らは辺りを見回す。
鬱蒼とした木々が生い茂る森。
さきほど僕らが落ちてきた場所を見上げると陽炎が浮かんでいるのが見える。
この巨木を登り、あの枝から腕を伸ばせば元の砂漠地帯へと戻れるようだ。
先程やよい先輩がそれをやってみせた。
「どうする? そろそろ理事長の言っていた学園周囲20kmくらいにはなると思うけれど」
やよい先輩は歩数計を指差しながら僕に聞いてくる。
僕らの任務は学園周囲20kmまでの地形の状況、建造物の有無、魔獣の生息分布の調査だ。
ここで引き返して調査報告を済ませてしまっても良いのだけれど――。
「もう少し行ってみようよ! ここなら砂漠と違って素材も沢山集められるだろうし、食料も見つかるかも!」
「そうだな。確かにあの砂漠で食料を探すよりは、ここのほうが効率が良いかもしれないな」
楓の提案に澪が賛同する。
他の仲間の表情を見ても、否定意見は出なそうだった。
「ふふ、リーダーは優斗くんなのでしょう? 貴方が決めなさい」
僕を値踏みするような目で見るやよい先輩。
皆が僕の意見に注目する。
「……分かりました。もう少しだけ調査を進めましょう。ただし、日が落ちるまでには学園に戻ります。グランドビーストの群れに襲われたら大変ですからね」
僕は腕時計に視線を落とす。
時刻は午後1時。
残り1時間ほど探索をしたとして、あとは真っ直ぐ学園に向かえば日が落ちる頃には到着するだろう。
夜行性のグランドビーストが群れで活動する時間はほぼ深夜に近い。
これだけ余裕を持てば危険は少ないはずだ。
「じゃあ、決定ね。ほうら、玲人。行くわよ」
「……ん」
今にも寝てしまいそうな来栖先輩を揺り動かすやよい先輩。
この2人はいつでもマイペースなのだなと改めて感心してしまう。
「楓は日高さんから離れないように。さっきみたいにはしゃいで勝手に先に進んだら駄目だからな」
「うぅ……。ホントごめんなさいですぅ……」
「本気で焦ったぞ。楓の身体が半分になったときは死んだかと思ったからな」
肩を落とす楓にそう声を掛ける澪。
声色は厳しかったが、優しい目で語りかけている。
「透もあまり僕らから離れないでくれ。透の回復薬の使用のタイミングは正確だし、とどめの一撃の『必中』はかなり役に立つスキルだからね。近くに居てくれたほうが助かるから」
僕らとは少し離れた所にいる透にそう声をかける。
「……けっ。分かったよ、リーダー」
頭を掻きながら僕らに近付いてくる透。
少しずつだが彼も僕をリーダーと認めてくれているようだ。
僕らは先に進むやよい先輩と来栖先輩のあとを追う。
◇
「あ、お兄ちゃん! ほらこれ! 茸!」
足元にある植物を指差す楓。
そこには薄茶色をした茸が数本生えていた。
僕は咄嗟にそれらを『解析』する。
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『深緑の森』
脊椎茸×5
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「せきついたけ、かな……。せきしいたけ……?」
浮かび上がった表記には読みかながついていない。
不思議な形をした茸だが、確かに人間の脊椎の形に似ている……のか?
それにさきほど身体に絡まった蔦を『解析』したときにも分かったのだが。
解析できる素材を発見したときにスキルを使用すると、『現在地の名称』も同時に表示されるらしい。
その素材を採集した瞬間、表記から現在地の名称が消え、素材のみの表記となる。
このお陰でこの場所が『深緑の森』という名称だと分かったのだが――。
「クンクン……。確かに椎茸っぽい匂いがするな。他にもないか探してみよう、楓」
「了解であります! 澪先輩!」
俄然やる気になった楓と澪は辺りを隈なく探し始める。
「あ! こっちは木の実があるよお兄ちゃん!」
「優斗! こっちにもあるぞ!」
色めき立つ楓と澪。
これならば多少は食料確保にも貢献できるかもしれない。
「ふふ、この場所もあとできちんと理事長に報告しなきゃね。私達6人で確保できる食料なんてたがが知れているけれど、もっと沢山人数を集めて専属の『食料調達班』なんかも編成し直すのでしょうし」
「はい。この場所以外にも大輝達が見つけてくれたら、定期的に訪れることになるでしょうからね。出来ればもっと学園に近い場所ならありがたいのですけれど」
やよい先輩の言葉に同調する僕。
全982名もの人間が生きていけるだけの食料確保――。
いくら強い武器が作れても、レベルが上がったとしても。
餓死してしまったらどうしようもないのだから。
「……おい、やよい。何か聞こえないか?」
「うん? 何かって……」
来栖先輩の言葉に耳を澄ますやよい先輩。
僕と透も同じく耳を澄ます。
確かに何かが聞こえる。
低い唸り声のような、軽い地響きのような――?
「どこかで魔獣でも居眠りしているのかしら。誰かさんみたいに」
そう答えたやよい先輩は笑いながら来栖先輩に視線を向ける。
「……冗談は好まんと、いつも言っているのだがな」
「あら、本当のことじゃない。ねえ? 優斗くん?」
僕に話を振ってくるやよい先輩。
苦笑いをした僕は、採集に躍起になっている楓と澪を呼び寄せる。
もしも魔獣だとしたら戦闘か、このままやり過ごすか――。
「とりあえず行ってみようぜ。『魔獣の調査』も俺らの任務なんだろ?」
透の言葉に皆が頷く。
僕らは細心の注意を払いながら、音がする方角へと歩を進めた。
◇
生い茂る森の先に荒野が広がっていた。
その先には山岳や湖などが見える。
「ここは繫ぎ目なしなのね。どういう基準で設けられているのかしら……」
一人ブツブツと何かを呟いているやよい先輩。
「……なんだ、あれは?」
来栖先輩が指差す先。
そこには先程僕が見た山岳が――。
「……ねえ、お兄ちゃん。あの山……動いてない?」
楓の声が震えている。
確かに山が大きく上下に動いていた。
いや、あれは――。
「おい、藍田……。さっきから聞こえてくる唸り声って……」
透の顔から徐々に血の気が引いてくる。
僕は生唾を飲み込み、遥か先にある山岳を『解析』する。
――そして、絶句してしまう。
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NAME 荒野の破壊者
LV 12495
HP 7846855/7846855
AP 3458000/3458000
MP 294500/294500
ARTS UNKNOWN
MAGIC UNKNOWN
SKILL UNKNOWN
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「あ……あ……」
声が、出なかった。
僕は今、なにを『解析』した――?
なんだ、あれは――?
「おい優斗! どうした! 『見た』のだろう? あれは一体なんだ?」
澪の声が遠くから聞こえる気がする。
駄目だ――。
あれは、駄目だ――。
「お、お兄ちゃん……? 一体どうし――」
楓が僕の身体を揺り動かそうとした瞬間。
――山が動いた。
「え――」
僕らは皆、その場で硬直してしまう。
山が、身を起こした。
いや、山だと思っていたのは、それの腹だった。
「な、な、な……!!!」
全員が腰を抜かす。
ものすごい地響きが辺りに広がっていく。
それは立ち上がり、大きく息を吸った。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
鼓膜が破れるかと思うほどの轟音が草原を駆け抜ける。
森の木々に止まっていた鳥達が一斉に羽ばたいていく。
一体どれくらいの大きさなのだろう。
もはや目測すらできないほどの、巨大な――。
「……巨人……?」
澪がそう呟いた。
しかし僕らは全員、すでに戦意喪失してしまっている。
勝てない――。
あんなのに襲われたら、勝てるわけがない――。
「に、逃げましょう……! 気付かれる前に、早く……!」
正気に戻ったやよい先輩が声を震わせながら僕らに提案する。
幸いにも巨人はこちらに気付いていないようだった。
大欠伸をしながら背中を掻き、そのまま同じ場所に寝転がってしまった。
「冗談じゃねえぞ……! あんな化けモンが居やがるんだったら、食料調達もクソもねえだろうが……!」
なんとか立ち上がった透は一目散に森へと逃げていく。
「楓! 起きれるか!」
「ご、ごめんお兄ちゃん……。腰が、砕けちゃって……」
今にも泣き出しそうな顔で楓が僕にそう返事をする。
僕はなんとか楓の腕を肩に掛け、無理矢理にでも起こそうとする。
「ああもう! 私が楓を背負うから、優斗も早く森に逃げろ!」
なかなか楓を持ち上げられないでいる僕にヤキモキしてか、澪が代わりに楓をおぶってくれた。
「玲人! なにしてるのよ! 早く逃げるわよ!」
「……ああ」
一人その場に残り巨人を眺めていた来栖先輩。
彼は怖くないのだろうか?
それともこの状況でも目が覚めないのだろうか?
「……やよい」
「何よ! 早く逃げなさいって言っているでしょう! 死にたいの!」
「……すまん。腰が抜けてしまったようだ」
「はあ?」
口をあんぐりと開けたままのやよい先輩。
僕も一瞬、来栖先輩が何を言っているのか理解が出来なかった。
「……頼む。助けてくれ」
「一体貴方は何なのよ本当に! ほら! 早く私の肩に腕を貸しなさい!」
「……恩に着る」
硬直してしまった来栖先輩を何とか引き摺っていくやよい先輩。
僕らは必死に森へと逃げる。
――僕はこのとき、本気で『死』というものを覚悟した。
今までは、なんとかなるものだと思っていた。
この異世界での生活も。
食料の調達も。
魔獣との戦いだって、皆がいれば乗り切れると思っていた。
でも、そんな甘い考えが一瞬で吹き飛んでしまった。
あれは、無理だ。
どう頑張ったって勝てるわけがない――。
森を抜け、慌てて木に登り、陽炎へと身を投じながら――。
――僕の心はあの巨人の咆哮に、いとも簡単に潰されてしまっていたのだった。
第三節 脅威の巨人 fin.