026 ひとりひとりが出来ることを
「くっ、殺せ! 私ごとその剣で貫け!」
「あなた、馬鹿? 早くそこをどきなさい」
魔獣を抱え叫ぶ澪と溜息を吐いたやよい先輩。
この砂漠地帯を探索しはじめてから5度目の戦闘だ。
「うわ、出たよ『くっ、殺せ』……。澪せんぱーい! 早くそこをどかないと、来栖先輩に氷漬けにされちゃいますよー!」
後方から『歌姫』のスキルで支援していた楓が澪らに声を掛ける。
その横では来栖先輩が氷魔法を詠唱中だ。
僕は魔獣に視線を向け『解析』する。
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NAME デザートゴブリン
LV 18
HP 35/224
AP 40/85
MP 0/0
ARTS 『棍棒投げ LV.3』
MAGIC UNKNOWN
SKILL UNKNOWN
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敵の残りHPはあと35。
次の来栖先輩の一撃で恐らく仕留められるだろう。
「《氷柱》」
「ひっ!」
来栖先輩の構えた木杖から魔獣に向けて氷柱が照射される。
慌てて魔獣から離れる澪。
『ブギィィィ!!』
見事魔獣にヒットするも、残りHP1で踏みとどまってしまう。
「あれ……? なんか、あのゴブリン、光ってない?」
楓の言葉に皆がゴブリンを凝視する。
確かにゴブリンの身体全体から淡い光が放たれていた。
「ふん、しかしあと一撃で倒せるのだろう? それなら――《回転斬り》!」
その場で一回転した澪は技を発動した。
しかしその攻撃を紙一重で避けるゴブリン。
「あ、あれ?」
「もう、澪先輩! なにやってるんですか!」
「ふふ、なら私が――《暗黒の裁き》!」
背後からゴブリンに飛びかかったやよい先輩も技を発動する。
しかしその攻撃も空を切ってしまう。
「ほらみろ! 私が悪いわけじゃないだろう!」
「そんな、鼻の穴を広げて偉そうに言われても……」
「なんだと!」
「ひー!」
いつも通りの喧嘩が始まってしまう。
まだ戦闘中だというのに、この2人は……。
「……藍田。『解析』を」
「え? あ、はい!」
来栖先輩に促され、僕はもう一度魔獣を解析する。
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NAME デザートゴブリン
LV 18
HP 1/224
AP 40/85
MP 0/0
ARTS 『棍棒投げ LV.3』
MAGIC UNKNOWN
SKILL 『火事場の逃避行』
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「あ……。スキルが追加されています。『火事場の逃避行』……?」
「……それだな。恐らく飛躍的に回避能力が高まるスキルなのだろう。……火事場の馬鹿力のようなものか」
そう呟いた来栖先輩は腕を組み考え込んでしまう。
回避能力が高まるということは、こちらの攻撃が当たりづらくなるということだろう。
あと一撃。
どんな攻撃でも良いから、あと一撃だけ確実にダメージを与えられれば――。
「……あ」
「……なんだよ、藍田」
僕らの背後でずっと静観していた透と目が合う。
彼はデザートシャークとの一戦以来、まったく戦闘に参加しなくなったのだ。
透は自ら回復役を買って出た。
仲間が傷つき倒れた際には、彼が率先して回復アイテムを使ってくれる。
「透。君のユニークスキルは『必中』だったよね」
「? ……ああ、そういうことか。しかし、銃剣装備じゃないから使えるのかは分からないぞ」
「ということは『可能性はある』ってことだよね」
「……けっ」
そう吐き捨てた透は、それでも鉄棒を構えこちらに近付いてきた。
「大丈夫なのかな……。また失敗するんじゃ……」
「ふふ、なんか面白そうね。いいじゃない、やらせてあげましょうよ」
怪訝な表情の楓と楽しそうにそう言うやよい先輩。
僕と来栖先輩、澪は事の成り行きを静かに見守っている。
『ブギ! ブギギギィ!』
「うるせぇな。さっさと死ね、タコ」
鉄棒を左手に構え、透は地面を蹴った。
『ピギギー!』
「あ! 跳んだよ! あのゴブリン!」
上空にジャンプしたゴブリンは棍棒を透の脳天に振り下ろそうとしている。
しまった――!
「けっ、そうそう毎回やられて堪るかってんだよ! ――《跳弾》!!」
地面に鉄棒を投げつけ、技を発動させた透。
弾かれた鉄棒はあたかも跳弾した弾のようにゴブリンに襲いかかる。
『ブゲエエェェ!』
見事ゴブリンの腹部にヒットした鉄棒。
空中でボンッという音を立ててゴブリンは消滅してしまった。
「やった! 透!」
僕は嬉しくなって透の元へと駆けつける。
「な、なんだよ。俺が魔獣をやっつけたのがそんなに珍しいのかよ。馬鹿にしやがって……」
透はそのまま鉄棒を拾い、そっぽを向いてしまった。
でもその横顔はなんだか嬉しそうにも見えた。
「……あの2人って、いつの間に和解したんだろうな」
「あー。気にしなくてもいいと思うよ、澪先輩。お兄ちゃんって、いつもああだから」
「いつもああとは?」
「うーん……。なんていうか、他人から嫌われても他人の立場に立って考えちゃって、その結果丸く収まっちゃうというか……。本人は自覚がないみたいなんだけどね」
澪と楓がひそひそと何かを話しているが聞き取れない。
きっとまた僕の悪口でも言っているのだろうけれど。
「……小沼も変わってはいるが、藍田も相当変わり者なのだな」
「うわっ! 来栖先輩がまた喋った!」
「……もういいだろう。勘弁してくれ、そういうのは……」
「あーあ、もっとこう、男同士の熱いぶつかり合いとかを期待していたのだけれど……。まあ、これはこれで面白いから別に良いけれどね」
来栖先輩とやよい先輩も澪たちの雑談に混ざっている。
こちらを見て笑っているところをみると、やはり録でもない話に違いないだろう。
僕は溜息を吐き、魔獣の素材を拾い集める。
(でも、死の間際に発動するスキルとかもあるんだな……。もっと注意深く『解析』を使えるようにならないと……)
魔獣に対する解析では、『UNKNOWN』と表示されている箇所は、魔獣が一度でも技や魔法を使用すると表示されるようだった。
これは同じ種類の魔獣と2回目以降に遭遇しても、効果は継続することが分かった。
技レベルや魔法レベルは魔獣により熟練度はまちまちだ。
最初に遭遇したデザートゴブリンの『棍棒投げ』はレベルが4だったし。
僕を無言で見下ろしていた透は僕の横に屈みこむ。
そして素材を拾うのを手伝ってくれた。
「いいよ、透。拾うのは僕がやるから」
「うるせぇ。俺がやりたいと思ったからやってるだけだ」
そう答えた透は黙々と素材をリュックに詰めていく。
なんだか少し透の印象が変わった気がする。
何か良いことでもあったのだろうか。
「お兄ちゃーん! そろそろお昼ごはんにしようよー!」
後ろのほうで楓が僕の名を呼んでいる。
僕は咄嗟に腕時計に視線を落とす。
時刻は正午を回ったところだ。
確かに相次ぐ戦闘と慣れない砂漠道で疲労も溜まっている。
「行こう、透」
僕は立ち上がり透に声を掛ける。
何も返事をせずに立ち上がった透は、そのまま仲間たちのほうへと歩いていった。
首を傾げた瞬間、僕のお腹が鳴った。
今朝は早起きだったから、朝食を抜いてきたのを思い出した。
僕は今日初めての食事をとるため、皆の元へと駆け出した――。
【Acquisition】
『デザートゴブリン』
砂亜人の肉×1
砂亜人の強骨×4
砂亜人の鋭爪×3
折れた棍棒×1
錆びた兜×1