025 不安定な心
「はぁ……。まったくえらい目にあったぜ……いつつ……」
「うん。これくらいの傷だったら相羽さんが作ってくれた薬で大丈夫かな」
討伐したデザートシャークの口から透を引っ張りだした僕ら。
彼が装備している軽鉄鎧には大きな歯型がくっきりと残ってしまっている。
僕はリュックから『HP回復薬(小)』を取り出し透の傷口に使用する。
見る見るうちに傷口が塞がり出血が止まっていく。
「すごい効き目だな。やはり有紀の作った薬は万能なのだな」
嬉しそうにそう言う澪。
何故か少しだけ鼻の穴が広がっている。
「でも鎧のほうの傷は塞がらないのね。ということは、武器や防具にも『耐久力』みたいなものがあるということかしら。分かる? 優斗くん?」
一部始終を眺めていたやよい先輩が僕に質問をしてくる。
耐久力……。
確かにそういうステータスがあってもおかしくはない。
僕はそのまま透を『解析』する。
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NAME トオル
LV 15
HP 188/188
AP 105/105
MP 0/0
ARTS 『二度撃ち LV.2』『跳弾 LV.1』
MAGIC -
SKILL 『必中』
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そしていつもの通りに瞬きをする。
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NAME トオル
JOB 銃剣士
WEAPON(R) -
WEAPON(L) 鉄棒
BODY 軽鉄鎧
WAIST 軽鉄腰鎧
SHOES 強化皮の具足
ACCESSORIES 身代わりの十字架
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(ここまではいつも通りのステータスだけど……)
僕は試しに『BODY 軽鉄鎧』の項目に視点を集中させた。
すると新たな表記が浮かび上がった。
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【軽鉄鎧】
Defense 27/30
Emblem -
Durability 85/100
EX
ごく普通の鉄で作った鎧。
軽量化してあるので非力な方にもおすすめ。
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「……うん。なんか色々と説明みたいなのが出てきた」
「へえ、どんな説明? 私たちにも教えてよお兄ちゃん」
僕の背中に抱きついてきた楓が興味深そうに質問してくる。
僕はリュックから紙とペンを取り出し、そのまま浮かび上がっている表記を書き出した。
「Defenseは『防御力』っていう意味でしょうね。その数字が減るってことは、攻撃を受けるたびに防具の防御力が下がってしまうって訳ね」
やよい先輩が皆にそう説明してくれる。
「この……でゆら? でゆらびぃ……?」
「『Durability』よ。これが『耐久力』かしらね。この数字も減ってるから、恐らく0になったら防具が壊れちゃうってことじゃないかしら」
舌を噛みそうな楓に代わり、再び説明をしてくれるやよい先輩。
「すごいな、やよい先輩……。英語力もそうだが、どうしてそんなにすぐに理解できてしまうのだ?」
素直に感動している澪。
「……やよいは暇があればゲームをしているからな。いつも俺を誘ってくるが、こいつと一緒にやってもまったく付いていけないのだが」
「うわっ! 来栖先輩がしゃべった!」
驚きのあまり変なポーズをとってしまう楓。
「……俺が喋ったらそんなに可笑しいのか」
「ふふ、そりゃビックリするでしょう。普段寝てるのか起きてるのか分からないんだから」
来栖先輩にそう突っ込みを入れるやよい先輩。
「あとはこの『Emblem』ですけど、これはたぶん『紋章士』である奈緒美先輩の能力に関係している項目だと思います。彼女のスキルは『武具強化』でしたから」
僕はそう皆に説明をする。
いずれは奈緒美先輩にも能力の覚醒をしてもらって、武具の強化を手伝ってもらうかもしれない。
どんな能力が付加されるのかは分からないが、きっと探索に役立つだろう。
透の傷の手当を終えた僕は立ち上がる。
「立てるか、透」
「……けっ」
僕の差し出した手を振り払い、透はつまらなそうに立ち上がった。
「ちょっと。その態度は無いんじゃないですか、小沼先輩」
「楓の言うとおりだ。皆に命を救ってもらっておいて、礼の一つも言えないのかお前は」
楓に続き澪までもが透に詰め寄る。
透はバツが悪そうにそっぽを向いたままだ。
「あら。さっそく仲間割れかしら」
「……やよい」
「いいじゃない。言いたいことを言えないパーティなんて、窮屈でゴメンだわ」
事の成り行きを楽しそうに見守っているやよい先輩。
来栖先輩の制止にもまったく動じない。
こういう時は、大輝だったらガツンと言って皆をまとめられるのだろう。
でも、僕にはそれが出来ない。
そもそもリーダーになんて向いてるはずもないのだ。
だから、僕は――。
「楓、日高さん。透だって別にグランドシャークに喰われたくて突っ込んでいった訳じゃないんだよ。僕だったら、いきなり目の前にあんな鮫が大口を開けていたら怖くて何も出来ないと思う」
そう――。
透はやよい先輩や来栖先輩の活躍に感化されただけなのだ。
楓や澪も各々のスキルを使い皆の役に立っていた。
自分だけが、『役立たず』とは思われたくない――。
僕だったら、そう考える。
でもきっと、行動には移せないで皆に守られてばかりだったと思う。
「……」
透が無言で僕に視線を移す。
別に庇ったわけじゃない。
僕はそんなに器用な人間じゃない。
「もう……。お兄ちゃんって、いつもそうなんだから。人を疑うことを知らないっていうか……」
「……格好良い……」
「え? なんか言いました? 澪先輩?」
「へ――? あ、いや! なんでもない! なんでもないぞ! さあ、そろそろ行こうか! いやー、良い天気だなぁ! あっはっはっは!」
「?」
何故か大声で笑った澪は、そのまま先に進んでしまう。
「ふふ、青春って良いわね。さ、私たちも行きましょうか」
「……ん」
澪に続きやよい先輩と来栖先輩が歩き出す。
「あー! ちょっと待って下さいよぅ! お兄ちゃん、置いてかれちゃうよ!」
「うん。楓は先に行っててくれるか。すぐに追いつくから」
「もう! また鮫に襲われても知らないよ!」
そう答えた楓は慌てて澪らを追いかけていく。
後に残された僕と透。
僕は何も答えずに、ただ黙々とデザートシャークの素材をリュックに詰める。
不思議なことに、まったくリュックが嵩張らない。
どういう仕組みなのかは分からないけれど、これなら素材をいくらでも持ち帰れそうだ。
「……お前は何なんだ? 偽善者か? 心の中では俺を笑っているんだろう?」
作業を続ける僕に話しかけてくる透。
僕は何も答えず、全ての素材を回収し立ち上がった。
「答えろ! どうせ腹の中じゃ俺を馬鹿にしてるんだろ! そうなんだろ藍田!」
堪らなくなった透はついに僕の服の胸倉を掴んだ。
でもその手は少し震えていて。
その瞳は僕を睨みながらも、今にも涙が零れそうで――。
「うん。透は格好悪いよ。出来もしないことをやろうとして、皆の足を引っ張って。もしかしたら、あのまま鮫に食べられて助からなかったかもしれない」
「てめぇ……!」
僕を掴む手に力が込められる。
このまま僕を殴るつもりなのかもしれない。
「だから、出来ることをやったらいいと思う。格好つけたって、死んだら何にもならないし。人ってみんな、それぞれ違うと思うんだ。だから、僕は透を『異世界調査班』に推薦したんだ」
「お前が……? 俺を……?」
僕が『異世界調査班』と『食料調達班』を1000名いる学園内の人たちから選出したのは、一部の人しか知らない情報だ。
もしも何かがあった時に、僕を守るための措置だと伊ノ浦理事長は言ってくれた。
「うん。透には透にしかない能力があるだろう? それがきっと皆の手助けになると思ったんだよ。――『銃剣士』。透の専用武器は剣と銃を切り替えながら戦える。でも学園にある素材だけじゃ銃剣を作り出せなかった」
「……」
透が今現在装備している武器は、僕と同じ『鉄棒』だ。
これでは透の本来の力を引き出すことはできない。
でも、透はそれを言い訳にしてこなかった。
彼のプライドがそれを許さなかったのだろう。
「僕はこの調査任務で、色々な武具素材を学園に持ち帰るつもりなんだ。その中にはきっと、透の武器を作りだす素材があるはずだと思っている。それまでに、透には『戦闘慣れ』をしてもらいたくてメンバーに加えたんだよ」
銃を作りだすことが出来れば、戦闘で生き残れる可能性は格段に増すだろう。
それは即ち、パーティ全体の生存率に関わってくる話だ。
僕の記憶では銃を扱えるJOBは透の『銃剣士』以外には数名しか居なかったはず。
「お前……。そこまで考えていながら、どうしてもっと……」
「え?」
何か言おうとした透だったが、最後のほうは上手く聞き取れなかった。
「……いや、何でもない。だが、覚えておけよ。俺はお前みたいな奴が一番嫌いだということをな」
「……うん。でも、ちょっとは分かってくれたみたいで嬉しいよ」
「……けっ」
そう吐き捨てた透は皆の後を追っていった。
僕は軽く息を吐き、空を眺める。
僕らの感情は常に不安定だ。
この死と隣り合わせの異世界で、生き残りを賭けて、がむしゃらに、出来ることをするしかない。
しかし、『不安定』ということは『心がある』ということだ。
つまり、僕らは人間なのだ。
喜怒哀楽があって当たり前――。
「さて、と……」
リュックを肩に掛け、僕は皆の後を追う。
この先も、延々と続く砂漠地帯が広がっている。
でも、皆と同じく僕も違和感を感じている。
まるで、作り物の砂漠のような、現実味をまったく感じない違和感――。
東の空から徐々に太陽の光が照らし出されていく。
僕は目を細めながら、その太陽さえも現実味を帯びていないことに首を傾げてしまった――。