019 異世界調査班と食料調達班
「やあ、待っていたよ藍田君」
次の日の朝。
理事長棟の最上階にある理事長室に僕らはいた。
そこに集まったのは僕と大輝、里香、瞳、そして武則だ。
「ちょっと一言いいですか」
「? どうかしましたか、木田君」
手を上げた武則に皆が注目する。
そして大きく深呼吸をした後、武則が重い口を開いた。
「ていうか! なんで俺だけ階段で上がってこなきゃならないの!」
「なんだそんなことか。仕方ねぇじゃん。お前がブレーカーの所で電気を通さなきゃ、エレベーター動かないんだし」
「そういうこと言ってんじゃないの! お前らみんな楽してここまで来てよ! なんで俺だけハァハァしながら12階も上がってこなくちゃならんのじゃー!」
収まりきらない様子の武則。
僕らはなんとかして彼を宥める。
「ふふ、相変わらず元気な生徒達だ」
嬉しそうにそう笑った理事長。
武則のほうは里香達に任せて、僕は一枚の紙を提出する。
「昨日、一晩中みんなで考えました」
「そうですか。拝見させていただきましょう」
そう答えた理事長は紙を受け取り読み始める。
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『異世界調査班』
1藍田優斗/解析士
2日高澪/姫騎士
3看鳥やよい/魔剣士
4小沼透/銃剣士
5藍田楓/声奏士
6来栖玲人/氷戟士
『食料調達班』
1大友大輝/重戦士
2寺島里香/槍撃士
3濱田小百合/罠嵌士
4七瀬美紀/弓絶士
5九条直継/痺針士
6楠涼子/治癒士
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「ほう……。これは……」
興味深そうに僕に視線を上げる理事長。
「僕が異世界調査班のリーダーで、大輝に食料調達班のリーダーを務めてもらおうと思っています」
はっきりと、意思のある声でそう伝えた僕。
もう、迷いはない――。
「……敢えて危険な任務である異世界調査班のリーダーを買ってでますか……。それに大友君や寺島さんと行動を共にしない……」
「はい。この2人は僕がいなくても皆を守れると信じたからです。それに先日の魔獣との戦いでも、2人は相性が良いことも分かっていましたし」
「私は大輝と相性良いのは嫌なんだけどね」
「おい! どういう意味だゴルァ!」
後ろで騒ぎだした里香と大輝。
僕は苦笑しつつ話を進める。
「他にも食料調達班のメンバーは狩りに向いていそうな『罠嵌士』や『弓絶士』、それに魔獣を麻痺させることのできる『痺針士』のひとを選別してみました。そこに楠先生の『治癒士』が加われば、危険は少なくなると思います」
「なるほど……。しかし君の班には回復役がいないと思うのですけれど、このメンバーで大丈夫なのですか?」
理事長から予想どおりの返答がくる。
僕は用意してあった答えを落ち着いて話す。
「妹の楓のスキルである『歌姫』は、戦闘中に継続的にHP、AP、MPを回復し続けてくれるスキルです。それにやよいさんのスキルである『吸血』は、攻撃しつつ敵のHPを吸収できるそうです。僕がいれば全員の状態を常に把握できますし、相羽さんが作ってくれた薬を沢山持っていく予定ですので、こちらも問題ないと考えています」
「ふむ……」
顎に手を置き、思案している理事長。
僕は生唾を飲み込み、ただただ返答を待つ。
「……木田君や友原さん、三浦さんを選出しなかったのはこの学園に必要な人材だから、ですね?」
「はい」
自信を持ってそう答える僕。
電気や水、火は学園での生活に必要な能力だ。
同じ能力を持つ人間は2人といないことを考慮すると、当然の配慮だと思う。
「……正直、ここまで藍田君が考えてくれるとは思っていませんでしたよ」
「え?」
意外な言葉に素っ頓狂な声を上げてしまう僕。
「いや、それはいささか失礼な言い方かな。私は君を侮っていた、と言ったほうが正しい表現ですね」
椅子から立ち上がった理事長は、僕ら全員を見回した。
「君には良き仲間がいる。同じ悩みや苦しみを共感できる仲間が。これからもその方達を大切にしてください」
「じゃあ……!」
「ええ。申し分ない選出です。2日後の早朝、このメンバーで学園外の調査、及び食料の確保に向かっていただこうと思います」
「おっしゃあ! 理事長の許可が降りた!」
大輝のガッツポーズに僕らも一緒になって歓喜の声をあげる。
これから忙しくなりそうだ。
「……藍田君。ちょっと良いですか?」
「?」
騒ぎだした大輝らを尻目に、理事長は僕に耳打ちする。
「(先日、私のところに報告にきた後の話なのですが……)」
「(……?)」
なんだろう。
何か言い忘れたことでもあったのだろうか。
「(窓から君の姿が見えたのですが、泣いているように見えたので……)」
「!!」
理事長に見られていた……?
楠先生と理事長の仲に気付いて泣いていたのを……?
僕の顔は徐々に赤みを増していく。
「(……やはりそうですか。誤解をしているようなので、君には伝えておきましょう)」
「(……誤解……?)」
「(ええ。君は恐らく私と楠先生が『婚約者かなにか』だと勘違いしているのではありませんか?)」
「(そ、それは――! ……って、え?)」
勘違い――?
じゃあ、もしかして……。
「(私と楠先生――涼子は、兄妹なのですよ。母親は違いますがね)」
「!!」
あまりにもびっくりして声を上げそうになってしまった。
伊ノ浦理事長と楠先生が――兄妹?
「(これは内緒にしておいて下さい。いらぬ噂が広まっては私も涼子も立場が悪くなる恐れがありますから)」
「(……で、でも……。どうしてそんな大事なことを僕に……?)」
「(ふふ、どうしてでしょうね……。私も君を信頼してみたくなった……。そんなところでしょうか)」
「……」
悪戯に笑う理事長はそのまま僕に背を向けてしまった。
僕の目に少しだけ涙が浮かぶ。
それを必死に隠そうと、僕は急ぎ袖で拭う。
「あれ? 優斗? うわ、なんで泣いてるの……?」
「え? うわマジだ! おーいみんな! 優斗が泣いてるぞ! 写メ、写メ!」
騒ぎ出す里香と携帯を取り出す大輝。
「……お前、それ電池切れてんじゃねぇかよ」
「でも、優斗くん……。なんだか嬉しそう……」
大輝に突っ込みを入れる武則と僕を見つめる瞳。
「な、泣いてなんかいないよ! ほら! あまり騒ぐと理事長の邪魔だよ!」
僕は皆を無理矢理に理事長室から追い出す。
そして部屋から出る間際、こちらを振り向いた理事長に一礼する。
「ちょっと優斗! お尻触ってるんだけど!」
「あ、ごめん里香。あまりにも固いから大輝のお尻だと――」
「なっ! なんですってー!」
怒り狂う里香。
どうやら僕は地雷を踏んだようだ。
「ずるい……。里香ちゃん……」
「いや、ずるいってあんた……」
いまにも僕に雷が落ちそうだったが、瞳の一言で収束した里香。
彼女が何を言ったのかは、僕には聞こえなかったのだけれど。
「あ、じゃあ武則。下まで行ってまたブレーカーんとこで電気流してエレベーターよろ」
「おいいいい! 大輝てめぇ! 悪魔か!」
大輝の胸倉を掴む武則。
そっぽを向いて口笛を吹く大輝。
僕らはこの友情を決して壊さない――。
皆で必ず生き残って、元の世界に戻るんだ――。
僕はそう固く心に誓ったのだった。
〇看鳥やよい
高等部2年2組の女子生徒。
高校生とは思えないほど色気のある生徒。
蚊に吸われやすい体質らしい。
〇小沼透
高等部1年4組の男子生徒。
女子からはあまり評判が良くなく暗い性格。
ミリタリーオタクで有名らしい。
〇来栖玲人
高等部2年3組の男子生徒。
クールな性格であまり冗談は好まない。
低体温で朝は低血圧らしい。