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017 責任の共有

 高等部の教室に戻り昼食を終えた僕は、その足で学園の正門へと向かう。

 もう少ししたら、また魔獣の唸り声が聞こえてくるのだろう。

 やはり夜行性の獣なのだろうか。

 探索に向かうのであれば、早朝が良いのかもしれない。


 正門に到着すると、そのあまりにも頑丈に強化された姿に驚いてしまう。

 元々高さのある正門が、さらに倍くらいの高さに補強されていた。

 しかもかなりの厚みがある。


「まるで要塞だな……」


 僕はそのまま周りを見渡し、金属音が鳴り響く場所まで歩いた。

 そこでは数名の教師や生徒、用務員らが作業をしていた。


「お、我らが救世主様のご登場だな」


 いきなり後ろから声を掛けられ驚く。

 振り返ると、そこには島田先生が豪快に笑って立っていた。


「驚かさないでくださいよ島田先生……」


「そうか? 別に驚かせたつもりはないがな。声が大きいのは元からだから気にするな藍田!」


 島田先生の実家は建設業を営んでいる大工の一家だ。

 この豪快な性格にも頷ける。


「それにしても凄いですね……」


 正門から始まり、今はぐるりと学園敷地内全体の補強工事を進めている島田先生のチーム。

 恐ろしいほど手際が良い。


「まあ、俺は指示を出しているだけで別になにもやってはいないがな。優秀なメンバーが揃うと、これだけ早く、正確に動けるってことだわな」


「優秀なメンバー……」


 僕にも島田先生のように選出できるのだろうか。

 異世界調査班と食料調達班のメンバーを……。


「理事長から話は聞いてるぜ。俺たちをレベルアップさせてくれるんだろ?」


「はい。お忙しいところ申し訳ないのですが、皆さんを集めていただけますか?」


「あたぼうよ! こっちとしても願ったり叶ったりだぜ!」


 そう答えた島田先生は、作業をしているメンバーに声をかけた。

 それぞれが作業の手を休め、僕の前に集まってくる。

 僕は大きく息を吐き、ひとりひとりを『解析』する。





「うお! すげぇ……! 力が湧いてくるぜ……!」


「これがレベルアップってやつか……! これなら作業も捗るよな……!」


 全員の解析を終え、皆がそれぞれ覚醒した能力を確かめている。


「お疲れ、藍田。ほれ」


「あ……。ありがとうございます、島田先生」


 島田先生は缶ジュースを手渡してくれた。

 そして傍らに置いてあった折り畳みの椅子に座るよう促してくる。


「これ、凄く冷えてますよね」


「あ? あー、それは冷蔵庫で冷やしたやつだからな。木田の、あの電気を起こせるっつう能力も大したもんだわな」


 もう一本の缶ジュースの蓋を開け、豪快に飲み干す島田先生。

 僕もそれを確認し、缶ジュースの蓋を開ける。


「これもそれも藍田、お前のおかげだな。理事長からも聞いてるぜ。友原は水を出せるようになったし、三浦も火を起こせるようになったってな」


「そんな……。僕なんて、みんなの力と比べたらぜんぜん……」


 島田先生とは反対に、徐々に声が小さくなってしまう僕。


「なんでぇ、自信がないのか藍田?」


「……はい」


 島田先生の言葉に正直に答える僕。

 どうしてそんなに、皆は頑張れるんだろう。

 最近の僕はいつも同じ事を考えてしまう。


「ふむ……。お前は元々引っ込み思案なところがあるからな。大友や木田を見てみろ。なーんにも考えてないぞあいつらは」


 そう言った島田先生は、また豪快に笑う。


「そんなこと無いですよ……。大輝はいざとなったら身体を張って皆を守ろうとしますし、武則だって普段はふざけてますけど、一生懸命特訓して皆の役に立とうと頑張ってます」


 これは僕の本心だ。

 だからこそ僕は劣等感を持ってしまう。


「お前、自分で気付いていないだろ」


「え?」


 笑うのをやめた島田先生は、真剣な面持ちで僕に向きなおる。


「お前の良いところは、ちゃんと一人一人を見ているってことだ。他人が見落としてしまいそうな所も、お前はきちんと押さえているじゃないか」


「それは――」


「だから逆に見えすぎちまう・・・・・・・のかもな。他人の長所を発見できちまうから、それが自身の劣等感に繋がっちまう」


「あ……」


 まるで僕の心を見透かすように。

 島田先生は僕が考えていたことをピシャリと言い当てた。


「……島田先生は、怖くないんですか?」


「怖い? なにが?」


 僕は思い切って聞いてみることにした。

 島田先生だったら、答え・・を持っているのかもしれないと感じたから。


「理事長から学園の設備強化を依頼されて……。それで皆に指示を出して……。あの魔獣の群れからこの学園と、生徒や教師の命を守るっていう大役を頼まれて……」


 もしもこの学園内に、あのときのように魔獣が侵入してきたら。

 そしてそれが一匹だけではなく、100匹とか200匹とかだったら――。


「……ああ。怖いな」


「え?」


「怖いさ、俺だって。この状況だろう? 教師だろうが生徒だろうが、怖くない奴なんていないさ」


 意外な言葉に僕は声を失ってしまう。

 豪快で大柄な島田先生でも、怖いと感じる――?


「でもな、藍田。怖くっても、できることはいっぱいあるぞ。恐怖から逃れようとするな。無理に頑張らなくても良い。人間ってのはな、そんなに強くできちゃいないのさ」


「島田先生……」


 少しずつ。

 まだ、はっきりとは分からないけれど。

 少しずつ、僕の心に突っ掛かっているものが溶けていく気がした。


「……お前、理事長からこの異世界の探索メンバーの選出を頼まれたんだって?」


「……はい」


 恐らく楠先生か誰かに聞いたのだろう。

 僕は正直に返事をした。


「お前の責任は重大だ。選出した生徒や教師の命が、お前の選択に掛かっていると言っても過言じゃない」


「……はい」


「でもな、一人でその責任を背負わなくったって良いんだ。責任は、俺たち全員にある。お前が誰を選出しようと、誰もお前を咎められない。……理由は分かるな?」


「……僕たち、全員が、生き残るために必要なことだから……」


 何故か僕は声が震えてしまった。

 怖いからなのか、話を聞いてもらって嬉しかったからなのか。


「そうだ。お前がやらなかったら、別の誰かがやるだけさ。でも、お前には『見る力』がある。他の誰も持っていない力だ。お前はその力を使って、みんなと責任を『共有』するんだ」


 そう答えた島田先生は椅子から立ち上がり、僕に背を向けた。

 責任の共有――。

 僕は、ひとりで全ての責任を背負おうと思っていたのだろうか――。


「……とまあ、偉そうに講釈しちゃいるが、これが俺の考えだわな。ま、参考程度にでもしてくれや」


 そして島田先生はそのまま作業に戻っていった。

 ひとり残された僕は、今の言葉を噛みしめる。

 もしかしたら島田先生は、自分自身に対しても――。


 

 椅子から立ち上がった僕は、島田先生の後姿を見送り、その場を後にした。


















島田勝一しまだしょういち

伊ノ浦学園の物理教師。

大柄な体格の熱血漢で、体育会系の生徒らの支持を集めている。

実家では建築業を営んでいる。


〇『建築』

建築士アーキテクトのユニークスキル。

建築物に関する設計や管理を行うことのできるスキル。

レベルアップにより技術が向上していく。

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