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013 保健室にて

「うぅ……。さむい……」


 びしょ濡れになった上着を固く絞り、僕は保健室へと向かっていた。

 教室は皆がいるから着替えられないし、男子トイレは汚水が溜まって異臭を放つようになってしまったから行きづらい。

 保健室だったら誰もいないだろうから、そこで学園のジャージに着替えてしまうつもりだ。


 恵理子はこれから屋外プールで水魔法の訓練をするそうだ。

 担任の先生と用務員さん数名も付き添いで、プールを一旦清掃し。

 そこで恵理子が『無詠唱』のスキルと『命の水』のマジックを使用する。

 そうすればプール内に水も確保できるし、広い場所だから他人に迷惑をかけることなく訓練もできる。

 まさに一石二鳥だ。


「……へくしょん!」


 それにしても、恵理子の召喚した水はものすごく冷たかった。

 もしかして、レベルが上がれば水の温度とかも調整できるようになるのだろうか。

 そうなればお風呂に入ったりシャワーを浴びることもできるのかもしれない。



 階段を降り、一階の職員室前を素通りする。

 中から教員らの声が聞こえたが、恐らくまた会議をしているのだろう。

 今日から島田先生を中心に、学園外壁の補強作業が始まると聞いている。

 確か『建築士アーキテクト』以外にも、そういった補強工事に向いていそうなJOBはいくつか解析した記憶がある。

 もしあとで時間があったら瞳に聞いてみようか。

 彼女なら『暗記』しているかもしれない。


 廊下の曲がり角を右に曲がり、突き当たりにある保健室の前に立つ。

 一応ノックをしてみたが、なにも返事がない。

 僕は扉を開け中に入る。


「うわ……。もうトランクスまでビショビショだ……」


 僕はそのまま制服のズボンを脱ぎ、保健室の奥にあるロッカーを開ける。


「お、やっぱりまだあった」


 ロッカーの奥に仕舞ってあったジャージを取り出す。

 この学園が異世界に転移してしまう前日に保健室で健康診断があったのだが、僕はジャージをロッカーに置き忘れてしまったのだ。


「……でも、さすがにトランクスの換えは無いか」


 ひとりそう呟いた僕は、意を決しトランクスを脱ごうとする。

 と、その瞬間、保健室の扉が開いた。


「……あ」


 一人の女子生徒が扉の前で立ち止まる。

 そしてマジマジと僕の姿を――。


「う、うわああああああ! ちょっと、いま、着替えて――」


 慌てて手に持ったジャージで身を隠す僕。


「……うん。ごめんなさい」


 そう答えた女子生徒はそのまま扉を閉めて中へと入る。


「ちょ、どうして入ってくるの!?」


 もう何がなんだか分からなくて、声が裏返ってしまう僕。


「どうして……? 用事があるからに決まっているじゃない……」


 抑揚の無い声でそう答えた女子生徒は僕の前まで歩いてくる。

 そして右手を突き出して――。


「ひっ……!?」


「どいて。ロッカーにあるものを取りたいの」


「え――?」


 思いっきり瞑った目を恐る恐る開く。

 すると彼女はロッカーに入っている救急箱を指差した。


「……クラスの子が怪我をしちゃって。それを借りに来たの」


 そう答えた女子生徒と目が合ってしまう。

 そして――。


------

NAME ミカコ

LV 1

HP 4/4

AP 0/0

MP 15/15

ARTS -

MAGIC -

SKILL 『連続詠唱』

------


(ミカコ……? まさか……)


 僕は慌てて瞬きをする。

 そして新たなステータスが出現する。


------

NAME ミカコ

JOB 炎術士フレイムマスター

WEAPON(R) -

WEAPON(L) -

BODY 私立伊ノ浦学園の制服

WAIST 私立伊ノ浦学園の制服

SHOES 紫のスニーカー

ACCESSORIES キャラクターバッジ

------


「……君、もしかして……三浦美香子さん?」


「? ……うん。そうだけど」


 やはりそうだ。

 三浦美香子みうらみかこ

 1年5組の生徒で、他の中学校から転入してきた生徒だ。

 一度、体育館で『解析』したはずだったんだけど、ほとんど面識が無かったから忘れてしまっていた。


「僕は――」


「……知ってる。貴方、有名人だもの」


「僕が、有名?」


 それはあの魔獣襲撃事件と全校生徒を『解析』したことを指しているのだろうか。

 それに僕のJOBは皆とは少し違う。

 他者の力を数値化して見ることが出来たり、どんな能力があるのかを知ることが出来る。

 恐らく『戦う能力』はほとんど無いのだろうけれど……。


「でも、良かった。君を探していたんだ」


「……私を?」


 少しだけ表情が変化した美香子。

 そして真っ直ぐに僕の目を見つめてくる。


「うん。理事長から君の力――『炎術士フレイムマスター』の力を開花させて欲しいと頼まれているんだ」


「私の……力……」


「君は火の魔法を操れるはずだ。僕らがこの世界で生き残っていくには『火』はとても重要なんだよ」


 僕の言葉を聞きながら、美香子は自身の両手に視線を落とす。

 その表情からは感情が読みとれない。


(『見る力』とはいっても、人の感情までは解析できないってことなのか……)


 所詮は数値化された情報や装備品を確認できるだけの能力。

 力を得たとはいえ、過信は禁物ということか。


「……藍田くんに教われば、私もみんなの力になれるの?」


 そのまま顔を上げ、再び僕の目を直視する美香子。

 疑うことを知らない、純粋な瞳――。

 つい心の奥を覗かれているようで、目を逸らしてしまいそうになる。


「う、うん。もし良かったら、これから教えてあげるよ」


「そう……」


 そう答えた美香子はそのまま後ろを向く。


「? どうして後ろを向くの?」


「……そろそろ服を着ないと、風邪を引いちゃうと思って」


「へ――?」


 美香子に言われ、自身の状態に改めて気がつく。

 濡れた全身。

 手にはジャージの上下を持ったまま。

 トランクス一丁――。


「う、うああああああああ!!」


「……大丈夫。誰にも言わないから」


「そそそそういう問題じゃないよおおおおお!!」


 慌ててジャージを着る僕。

 もうトランクスが濡れたままだとか、そんなことはどうでも良かった。

 とにかく早く服を着たい。

 というか、裸のまま僕は一体なにを格好つけて言ってたんだ!?

 恥ずかしい……!!


「……はぁ」


 ジャージを着た僕は、今日一番の溜息を吐いた。

 頭から水を被ったり、女子生徒に裸を見られたり。

 ほんと散々な一日だ……。


「じゃあ、まず――」


 僕は今までのように美香子にレベルを上げる方法を伝える。


「……うん。分かった。でも、ここでやっても大丈夫なの……?」


「ああ、それは大丈夫だよ。三浦さんの場合は『連続詠唱』だから、まだ魔法を覚えていないうちは詠唱して魔法陣が浮かび上がるだけだと思う」


 今まで武則と恵理子もユニークスキルを使用しただけでは魔法は発動されなかった。

 恐らく美香子も2人と同じく、光り輝く魔法陣が出現するだけだろう。

 コクリと頷いた美香子は目を瞑り詠唱を始める。

 武則のときと似たような言語だったが、詠唱時間が随分と長い。


「……これを何度か繰り返せばいいのね」


 詠唱を終え、目を開いた美香子。

 僕が首を縦に振ると、彼女は再び詠唱を始めた。

 そして何度目かの詠唱の後に、彼女のステータスが変化する。


------

NAME ミカコ

LV 2

HP 8/8

AP 0/0

MP 21/21

ARTS -

MAGIC 『火刺し指 LV.1』

SKILL 『連続詠唱』

------


「……これは……?」


「うん。三浦さんのレベルが上がったんだ」


 表情に変化はないが、雰囲気で美香子が喜んでいるのが分かる。

 これで彼女も訓練を積めば、自在に火が操れるようになるかもしれない。

 思いがけない場所で、2つ目の宿題をクリアすることができた。

 このあと、すぐに理事長に報告に向かおう。


「……ありがとう。藍田くん」


「ううん。これから一緒に頑張ろうね」


 笑顔でそう答える僕。

 しかし、美香子はまだ何かを言いたそうな目で僕をじっと見つめている。


「? どうしたの?」


「……服、濡れたままだよね」


「あ、うん……。でもそのうち乾くから」


 僕が脱いだ制服をマジマジと眺めている美香子。


「……私が火の魔法で乾かしてあげる」


「え? いいの?」


「……うん。だから、それも脱いで」


「……脱ぐ?」


 一瞬、なんのことだか理解が出来ない僕。

 しかし、美香子は僕のジャージのズボンを指差している。


「……トランクス」


「いっ!?」


「……濡れちゃってるんでしょう? それも一緒に乾かしてあげるから」


「こ、これは大丈夫ですうううう!!」


 そのまま逃げるように保健室をあとにした僕。

 

 三浦美香子――。

 まったく感情が読めないけど、きっと悪い子ではないのだろう。

 でも、さすがにトランクスは脱げない――。



 ――僕は廊下をただひたすらに走っていったのだった。 


















〇『連続詠唱』

炎術士フレイムマスターのユニークスキル。

自身の持つ火属性魔法を連続で使用できる。

レベルアップにより連続詠唱回数が増加する。

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